エピローグ 〜舞台裏とその後〜
プロバカラ師を引退して半年。
今だからこそ当時を振り返り、僕はあえて自分の中であの時代の自分の事をプロバカラ師、と呼んでいた。
親父に強制的に拉致され、それを引退する事を余儀なくされてしまってから半年近くの月日が経った頃。
僕は親父の会社の事務員をそつなくこなしながら、安定した日々を過ごしていた。
今の暮らしはとても穏やかだ。
なんの心配もいらないし、言われた通りの事をやっているだけでお金が貯まる。
だが、反面刺激という要素はほぼ皆無であった。
親父に連れ戻された当初よりも今はだいぶ自由にさせてもらえる様にはなったが、当然ギャンブルはご法度である。
せめて麻雀くらいはやりたいが、そもそもメンツがいない。
親父は麻雀だけは大好きなので、一緒に遊ぶ事はあったがそれもごく稀だ。
一度だけ、
僕はそれまで知らなかったのだが、実は美作さんは親父とも知り合いだったのだ。
というより、僕の親父はそもそも美作さんに僕の事を見守らせていたというのだから驚きであった。
元々は僕が大学時代の時、偶然美作さんに出会ったのだが、その後、僕が美作さんに麻雀を教わっているところをこっそり様子見に訪れていた親父も彼の技術に目を奪われ、そして僕のいない間に仲良くなっていたそうだ。
親父は美作さんの考え方に意気投合し、もしも僕が道を外す様な事があれば指導をしてもらいたいとお願いしていたそうだ。
しかし僕が雀荘の経営が落ち着きだして、バカラ屋に行く様になった頃からあまり美作さんには会わなくなっていたのだが、どうも美作さんはその頃、大病を患って長期入院していたらしい。
そしてこれは聞きたくなかったのだが、その後無事退院した美作さんは、たまたま闇カジノに出入りしている僕を見つけてしまう。
それをあまり良しとしなかった美作さんは、その事を親父に連絡。
親父もまさか息子が闇カジノに出入りしているほど愚か者ではないと思ったのか、もう一度探らせる為に深田さんを使った。
深田さんが繁華街付近で接待がてら闇カジノに行く、という話を聞いていたのもあり、親父は深田さんに闇カジノの中で目を光らせておいて欲しいと頼んだ、という流れだったのだ。
通りで雀荘の処分とかの手筈が良過ぎたわけだ、と僕は呆れ返ってしまった。
どちらにせよ過ぎた事は僕ももう諦めた。
そんな中、美作さんからの新事実を聞かされた数日後。
また少し刺激的な事が起きた。
半年ぶりぐらいに花守くんから電話が掛かってきたのである。
花守くんは変わりなく元気そうであった。
ただあの界隈では、この半年間で大きな変革があったらしい。
まず驚かされたのは、僕らがいたあの繁華街一帯の闇カジノが一斉摘発された事。
どうも、警察が本格的に捜査に乗り出し、街の治安向上と反社会的勢力撲滅運動が加速した為、違法営業店や闇カジノの類いにも操作の手が次々と伸びていったのだという。
花守くんは運良くその日は風邪で寝込んでいた為、僕らのいきつけ闇カジノ『モンテカルロ』にいなかったので助かったと言っていた。
そう考えると僕も親父に救われた事になる。
また、その花守くんの内容の端には違法な賭け麻雀店もいくつか摘発されたとの事なので、僕もあのままでは危なかったのかもしれない。
親父には、僕は健全な麻雀店をやっている、などと嘯いていたが、異様に勘の良いあの親父の事だ。当然僕の店が賭け麻雀店だった事もわかっていたに違いない。
もしかすると、警察の動きなどの情報も事前に察知していたのもあって僕の店を処分した、と考えると親父の先見性や行動力にはやはり目を見張るものがある。
そして僕らの仲間のキドケンさんは結婚後、今も『梁山泊』で、活躍しているのだとか。
しかし最近はパチンコメーカーやホールの対策もかなり厳しくなり、更には『梁山泊』の名前が有名になり過ぎた為、シノギがだいぶ苦しくなってきたらしい。将来性はなんとも不透明だと言っていた。
ユウシについてはやはり、あれから音沙汰は一切無いとの事。おそらく関西にはいないだろうと僕らは思った。今頃どこで何をしているんだろうか。
森田さんのキャバクラ店はとりあえず合法だったので、今もなんとか営業を続けながら、変わらず麻雀をしているそうだ。
広山については柿沼さんに色々怒られたのち、あの繁華街から姿を消したそうだ。どちらにしても広山はあちこちに借金を作っていて返済の目処など無いので、おそらく逃げたのだろう。
そしてその柿沼さんの事が一番驚かされたのだが、彼はなんと何者かに殺されてしまったのである。
花守くんが最後に柿沼さんと会ったのは、バカラ屋が摘発される少し前で、その時には特に変わった様子はなかったそうだ。
ただ後々に聞いたところによると、ヤクザ絡みの他、街中のチンピラ共にも色々と疎まれていたりしていたらしいので、どこかで反感を買い過ぎていたのかもしれない。
とある日に路地裏で腹を刺され、出血多量で亡くなってしまっていたのが発見されたそうだ。
僕と花守くんは特に可愛がってもらっていたので、柿沼さんが亡くなったのは実に悲しかった。出来る事ならお線香でもあげに行きたかったが、花守くん曰く、それはやめた方が良いと言っていた。
相手はやはりヤクザ者だ。僕らはたまたま柿沼さんとだけ仲が良かっただけで、柿沼さんの組の人らと仲が良いわけではない。これ以上素人が下手に首を突っ込むのはヘブ蛇かもしれないとの事だ。
そして花守くんは今、僕らのいた繁華街より遥か東方面、東京へと進出して、タクシーのドライバーをしているそうだ。
花守くんは関西でバカラ屋が摘発された後、この地に未練も無くなったので都内へ進出しようと考えたらしい。
今はとりあえず就ける職としてタクシーのドライバーを始めたそうだが、夜になると都内の闇カジノに今も出入りしているそうだ。
だが、環境も違い色々条件も異なる為、『シーカーズベット』はうまく扱えないそうだ。しかしそれでも平打ちではなくカウンティングを駆使して、ベットポイントを見定めているらしい。
都内での生活が慣れたら花守くんはカジノ関係の仕事に就くと言っていた。
ベルさんもやりませんか? と、誘われたが、まだまだ僕は親父の支配下だから無理だろうと告げた。
そして僕らはお互い過ごした日々を懐かしむ様に語り合い、あの日々は二度と戻る事のない、アレもかけがいのない青春だった、と話した。
たった半年前だが、僕ら二十代の半年は大きい。
まるでとても昔の事の様に僕らは語り合ったのだ。
そして花守くんは、また定期的に連絡しますと言って電話を切った。
彼も頑張っている。
僕も野望を捨てずに頑張らねばと気合を入れ直したのだった。
●○●○●
それから更に一年あまりの時が経ったとある日。
僕はすっかりバカラ時代の頃を忘れかけていた時、深夜に実家の電話が鳴った。
こんな夜中に誰だと思って僕が電話に出ると、相手は様子を伺いながらこう言った。
「……ベルさんか?」
僕は一瞬、誰だかわからなかったが、
「俺や、ユウシや」
と相手は名乗った。
電話の主は本当にあのユウシだったのである。
ユウシはあれからずっと地方を逃げ回りながら、とある組織に身を置いて、ようやく最近落ち着いたのだそうだ。
そして顔を少し整形し、姿形を変えて、久々に僕らの居た繁華街に戻ったところ、色々なモノが変わってしまっていて驚いたと言っていた。
そんな中、変わらなかった森田さんに運良く出会い、そして花守くんから僕の事情を聞いていた森田さんより、僕の実家の電話番号を教えてもらったそうだ。
ユウシは自分のせいで迷惑をかけた、本当にすまなかったと延々僕に謝罪をしていたが、僕はそんな事よりもユウシが無事に生きていてくれた事を喜び、互いに涙した。
――それから数日後、ユウシは突然僕の実家に訪ねてきた。
何事かと思ったのだが、ひとまず実家の僕の自室に彼を招待すると彼は「何も言わずにこれだけは受け取ってほしい」と言って茶封筒を僕に押し付けた。
すぐに金だとわかったので、こんなのは受け取れないと言ったが、ユウシはせめてもの恩返しだと言って聞かなかった。
そして互いにまた積もる話を交わした。
だが、おそらくこれが最後の付き合いになるだろう、とユウシは告げた。
何故ならそれは、彼がカタギでは無くなってしまったからである。
彼はとある大きな組のヤクザの一員になったのだ。
自分の身を守る為の最終手段として彼はそういう選択をした。
そんな自分と付き合いがあっては、必ずベルさんに迷惑を掛ける。だから今日で本当の最後のお別れを告げにきた、と言っていた。
僕はそんな事気にするなと言ったが、ユウシは首を振った。
やはりヤクザ者は所詮反社会的勢力。
そんな人間とは付き合うべきではないと、僕の身を案じてそう言ってくれた。
そして最後の別れをし、本当にその後ユウシとは生涯会う事は無くなったのである。
後ほど茶封筒を開くとそこには現金十万円と手紙が入っていた。
手紙には、僕へのお礼とあの時のお金の一部に過ぎないけど返させてほしい、という一文が添えられていた。
しかしこの十万円は相当に大金である事を僕は充分に理解している。
彼はヤクザ者になった後も、様々な借金があった。逃亡時の資金繰りや、生活費などで借金を重ねていたらしい。
そんな中、無理をして僕に十万円も包んでくれたのだ。
僕はそんな彼の事を思うと、自然と涙を流していたのだった。
――後日。
花守くんからまた久しぶりに電話を受けた。
内容はやはりユウシの事だ。
ユウシは花守くんのところがにも訪れ、そしてお金とお礼を渡していったそうだ。
そんなこんなで僕のプロバカラ師時代は、思い出のカケラたちをあちこちに足跡として残し、完全に終わったのである。
●○●○●
――十数年後。
僕は今独立し、不動産経営者となった。
そして実は最近、気になっている事がある。
それは、以前花守くんがチラッと口にしていたアレ。
そう、オンラインカジノだ。
これがどういうモノなのか、さっぱりわからない僕はTwitterでアカウントを作り、経験者や有識者たちとコミュニケーションを図り、手を出し始めていた。
そこでの僕は自身のハンドルネームをかつて花守くんから頂いた言葉からそのまま取り、『BERSERK』と名乗った。
しばらくしているうちに、このオンラインカジノというモノでも色々考察すべき点があるとわかると、僕は夢中でオンラインカジノについて調べ始めた。
そして気づけばカジノ配信者たちやカジノプレイヤーたちと交友を深めていた。
そこで知り合ったひとりのプレイヤーが、まさかこの僕の人生に興味を持ち、こうして自伝を仕上げてくれる事になるなどとは、その時はまだ予想だにしなかったのである――。
BERSERK ~In the professional age~ ごどめ @godome
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