第11話
◇
スフェール王国が戦争に負けたことが各国の公館にいち早く伝わった。これによりエーデルシュタイン王への不満が高まった。というのも、王妃というのは王に次ぐ権威の象徴、そういった形を蔑ろにするのは王制を敷く国々にとって決して良いことではない。
モジャウハラート一国に追い払われた、それこそスフェール王国の今の限界。王都サフィールを中心に、公館へあることないことを吹聴して回り、オーニュクス宰相の訪問を直接受けていた北方の王国ドラゴツェン王国とゲムマ王国はこれを機と捉えてモジャウハラート国に同調、マリン王女への仕打ちに対する非難を行った。
「高度な文明を持つ国家は、いたずらに他国の王族を辱めるような真似をすべきではない。それと知って行うような野蛮人は国家の主であるべきではない」
家臣を蔑ろにする者は家臣の忠誠を失う、同じように権威を蔑ろにする者は国家の信頼を失う。別に他国に何と言われようとスフェール王国は独立した主権を王家が持っている。ましてやエーデルシュタイン以外に成人王族の男子が居ない今、ここで王を排斥するわけにはいかない。
しかしこのままでは周辺国家の圧力を受けて、貴族が領地ごと寝返ることが立て続けに起こってしまう。難癖付けて連合国家が攻めて来る可能性もある、何せ今の今まで他国を攻めては滅ぼしてきたスフェール王国だ、恨みを買っているのは決して少数ではない。
併合した地では反乱の気配もあり、エメロード宮では善後策を大至急練る必要に迫られ、昼夜を問わず重臣が集まり話し合いをしていた。大筋がまとまり、ついに王の来座を願う。
「太陽の如き神聖さを備えた偉大なるスフェールの王、エーデルシュタイン陛下のご入来!」
重臣が膝をついて頭を垂れて待っている場に、オニチェを連れてやって来ると玉座へ腰を下ろす。
「顔をあげよ」
宰相が立ち上がり前を向き礼をすると、皆がそれに従い王へ礼をする。馬鹿らしくても、恥ずかしくても、このようにこのようにして王という存在を神聖化し続ける。国の権威とはこのようにして連綿と守り続けられているから。
「話があるそうだな宰相」
「申し上げます。先のモジャウハラート侵攻戦に失敗し、スフェール王国の威信が低下。ドラゴツェン王国ならびにゲムマ王国が不穏な動きを見せております」
「そのような小国が何を吠えようと、余が気にすることはあるまい」
確かに今までならばその通りだった、総合力で優るスフェールの考えこそが絶対の正義。しかし先の戦に負けてから、不透明な総合力と言わざるを得なくなっている。命令に従わない者が出てくる可能性が高いから。
「祖であるテソロ王より続くスフェール王国の民は、陛下を頂き繁栄を望んでおります。どうか国家の害悪を除き、正しく領導なされるよう、臣らが願い奉ります!」
「王よ、どうか我等をお導き下さいませ!」
重臣らが唱和して立礼した。エーデルシュタイン王とて何を言いたいのかは理解している、隣に座るオニチェに視線をやった。
「あなたたちが無能で戦いに負けたせいでこうなってるんでしょ!」
勝てばこうはならなかった、それはその通りではある。ではその先はどうなっていたか、失敗するまで繰り返していたに違いない。いつか必ず行き詰まる、たまたまモジャウハラートとの件がそうだっただけのこと。
「ねぇ、エドも何か言ってよ!」
ひじ掛けに身体を預けている王が、宰相と視線をかわす。
「余はこの国の絶対の主ではないのか」
「仰せの通りでございます。陛下こそこの国の全てです」
その国がなくなりかけていると、皆まではいわない。今日ばかりは重臣らもあいまいにして先延ばしにすることは出来なかった。武官列に並んでいるグルナ将軍、もし王が拒んだら刃を以て己がオニチェを成敗するつもりで参列していた。
「全てか。ふん、笑い種だな。この国には余の自由になるものなど何一つない。せめて愛する者だけでも傍に置きたいとこうしてきたが、それすら自由にならんとは」
宰相は王がどのような心づもりをしていたかを初めて知る。思えば王子として生を受けてから、確かに自由など無かった。王になってからもそれは同じで、全てスフェールの為と言われ続けている。我がままを言ったのはオニチェだけ、市井の者を見初めて傍に置いた。
だからと同情することは出来ない、してはいけない。宰相は心を鬼にして言葉を重ねる。
「王は全ての民に公平でなければなりません。より多くの幸福を与える為に存在しているのです」
エーデルシュタイン王は宰相を睨んで微動だにしない。エメロード宮は緊張した空気が張り詰めていた。それを破ったのは王。玉座を立つとオニチェの隣へと行く。突然顔を寄せると口づけをした。
「あっ……」
自分を選んでくれた、オニチェが恍惚の表情を浮かべる。そして、急に目を見開く。胸に鋭い刃が突き刺さっているからだ、王の手には宝石がはめ込まれた剣があった。どうして、そんな表情になるが声が出ない。
「美しい姿のまま先に逝って待っていてくれ。心配するな、長くは待たせん」
オニチェの目に涙が浮かんで頬を伝う。その場で絶命すると、王は上着を脱いで彼女に被せた。
「宰相、講和を行うぞ。速やかにモジャウハラートへ使者を送れ。マリン王妃の亡骸を引き渡し、王への会談を望むと伝えよ。余が出向く」
「畏まりました、我が王よ。今一度この身を捧げて忠誠を誓います」
重臣らが皆膝をついて首を垂れる。エーデルシュタイン王はそれを見て小さく呟く。
「……たとえどれだけ離れようとも、余は、余だけはオニチェの味方だ」
最前列に一人居る宰相にだけは微かに解る呟き。もしかすると二人の間にあったのは本物の愛だったのかもしれない、王とその寵姫でなければ幸せに暮らしていたかも。少しでもそう思わせる口ぶりだったことを彼は一生忘れることは無かった。
一ヶ月後、スフェール王国とモジャウハラート王国は和睦を結ぶ。マリン王女を殺してしまったことを正式に謝罪し、莫大な賠償金を支払うことで合意。二年、スフェール王国の王族男子が一人成人すると、エーデルシュタインは自害した。サフィール郊外の丘にあるオニチェの墓の前でだった。
古今東西ある、多くの国々の歴史の一幕でしかない物語
イラスト付☆人質の姫が害されてしまい開戦待ったなし 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka
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