金庫は【いつ?】開く・√B(後編)

 部屋にいる3人のリアクションがかぶった。

 若頭補佐が思いっきりため息を吐く。


「信一郎の旦那よ、だから解決しねえのに帰られちゃあ困ると――」


 あ、ヤな予感っ。

 ものすっごいヤな予感!


『ああ、ごめんごめん、犯人は谷山くんだよ?』


 やっべ!!


 予感に従ってダッシュ――出来ねえっ!?

 足がもつれる、つか前に出なくて顔面から床へっ。


「っでぇ!」


 顔からがっつりぶつかりに行って悲鳴が出ちまった。

 足にひもからまってる? ひもの先端におもりって、鎖分銅くさりふんどうかよ!?


「鎖ではありませんが、ケブラー製のコードです。切れにくいですよ?」


 ひものもう片方の端を持つメイドが淡々と言う。

 忍者かアンタはっ!?


『えっと、翠蘭スイランが捕まえたのかな?』


 スピーカーから聞こえるのほほんとした声がホント憎らしいっ。

 それにメイドではなく若頭補佐が応える。


「ああ、相変わらずおっそろしい手際だな。しっかし、何で谷山なんだ?」


『何でって?』


 首をかしげる鬼怒川さんに、スピーカー向こうの相手も疑問形で返してきた。

 質問が通じてないっぽい。


「いや、こいつは暗証番号はもちろん知らんし、昨日の夕方も、金庫の開け閉めの時はそもそも部屋の中に居なかったぞ? ドアの外んところでムカデに腰を抜かしてたぐらいだからな」


だよ』


「は?」


『成立条件を満たすのは、鬼怒川さんが金庫を閉める瞬間にドアの外にいる人間なんだよ』


「え……っと? 分かるように言ってくれねえか旦那?」


 今のうちにどうにか……って、寒っ!

 急に寒気がっ!?

 

 少ーしだけ振り返ると、すぐその先にメイドの足が! いつの間に!?

 見下ろす目が冷たっ!!

 ダメだこれ、動いたら殺されるパターン……。


『そうだねぇ……まず、種明かしとしては、要するに金庫の盗難防止機能を逆手にとったんだよ』


「盗難防止機能をか?」


『そ。金庫本体、壁か床の子機、それらを2.4GHz帯の電波でつないでおいて、そのリンクが切れたらロックする。ちょっと便利な機能だけれど、2.4GHzって、かーなーりーよく使われてるんだよねぇ。そして電波って混線するんだよね。スマホの横で電子レンジ使ったときにネットが切れる、アレだよ』


「お、おぅ? よう分からんが、で?」


『同じ2.4GHz帯を使う機器を上手く置けば、電波の混線でリンク切れを誘発できちゃうんだよ。つまり、狙って盗難防止機能を作動させる、強制ロックできるんだよね。で、解除したら元の状態へ戻るわけで』 


「ほぉ?」


『鬼怒川さんが金庫の扉を閉めた瞬間、テンキーで鍵をかけるその直前を狙って強制ロックできれば、んだよ』


 バレたあああぁぁぁっ!


「ほお――出来んのか旦那?」


 若頭補佐が席を立つ音。

 響く靴音。

 止んだ。


 メイドの逆サイドからもの凄い圧がっ。

 お、重ぉっ!? 圧迫感がヤベぇ!!


『仕様上は可能だね。ちょっと検索してみたんだけれど、使えそうな小道具もあったし。おもちゃの小型トランシーバーなんかイイ線いってるなぁ』


 ビンゴ! じゃなくって当てるんじゃねーっつの!!


『例えば――


 ①まずトランシーバーの片方を電源を入れて待機状態のまま金庫の裏側にでも隠す。


 ②もう一つは電源を入れて持っておく。


 ③そしてドアの外でスタンバイ。


 ――で、鬼怒川さんが扉を閉める音が聞こえたら、


 ④大声で注意をひきつつ、


 ⑤持ってるトランシーバーをスイッチオン、発信。


 ――とすれば、


 ⑥金庫とドアは一直線上だから、トランシーバーに挟まれた金庫は同じ2.4GHz帯の電波で混線してリンク切れを起こしてしまう。


 ⑦すると強制ロックが働いて、金庫は鍵のかかった状態になる。


 ――でもこれはリンク切れが理由だから、


 ⑧トランシーバーをオフにすれば元の状態へ、鍵のかかっていない状態に戻る


 ――って寸法さ』


「しかしな、信一郎の旦那よ。自分が鍵をかけたわけじゃないなら気付くもんじゃないか?」


『そこも兼ねて大声で騒いだんだよ、谷山くんは。慣れちゃった作業って意識に残りにくくなる。インパクトの強い記憶があると余計に曖昧になるもんだよ。そうなれば、一言付け加えるだけで、人は結構記憶違いをするもんさ』


「一言?」


『鬼怒川さん、多分、ムカデ騒動から金庫へ戻るときに、『金庫の鍵閉めたんですね?』とか言われたでしょ?』


「あ。そういやあ……」


 アンタ見てたのかよ!!

 ポンポン言い当てないでくれるかな!?


『で、そうかもとか思いながら試しに金庫を開けようとすると、開かない。目の前で、自分の手で、鍵がかかっているのをはっきりと確認する。なら――』


「鍵をかけた、と思いこむわけだ」


『そーゆーこと。後は誰もいない時にトランシーバーを切って、ゆっくりと欲しい物を取り出せばいい。この方法だと鍵を正しく閉めるのは出来ないから、まあ夜中に金庫破りにでもヤられたことにするのが無難かな?』


 なんなんこの人……もうイヤ……。


 横の重圧の主が目の高さへとくだってくる。

 目があった。

 にいっと、ドスの利いた笑顔が、ソコに。


「谷山ぁ、ちょおっとお話しようや。なあ?」


 あ。


 俺、んだ。




(了)

※このお話は『推理小説未満 —翠の徒然なる日々—』の番外編です。

 本編では電話口の向こう側からの視点で描かれた話となっています。

 よろしければ、そちらもお目通しください。

https://kakuyomu.jp/works/16816927862252198697/episodes/16817139554877539356

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推理小説未満・番外編 橘 永佳 @yohjp88

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