推理小説未満・番外編

橘 永佳

金庫は【いつ?】開く・√B(前編)

 こんなトコに何でいんの!?


 じゃなかった、アンタ誰!?


 口には出せないけど、あーツッコミたいっ。山ほどツッコミたい!


 何でメイド!?

 ヤクザの事務所こんなところに!?

 若頭補佐にガン飛ばしてんのに、何で補佐はキレないワケ!?


「あー、すまねえな翠蘭スイランの姉さん、もうちっと我慢しててくれや」


 若頭補佐の鬼怒川さんがフレンドリーに話しかけてるのに、メイドの方は憮然としたまま。


 鬼怒川さんが笑顔で接客って……並の人より一回りはゴツい強面の鬼怒川さんが……。

 相手のメイドはアジア系か、綺麗な黒髪と黒い瞳の美人さん。だけど、鬼怒川さんと並ぶと父娘にしか見えない。いや、全っ然似てないから親子じゃないのは確定だけどさ。


 若頭の部屋で、応接セットに向かい合って座る二人。

 ゴツい方が接待モード、モデルみたいな小娘メイドが仏頂面。


 うん、異様だわ。

 特に鬼怒川さんの笑顔がキモチワルイです。


「谷山ァ! 茶ァ持って来い!」


「は、はいっ!」


 唐突に呼ばれて震え上がった。

 いつも通りの怒声で縮み上がるけれど、何かちょっと安心した。

 うん、若頭補佐はいつも通り通常運転だ。


 ……なら、あの翠蘭スイランってメイドがヤバいのか?


 とにかくさっさと茶を用意して、さっさと戻って出す。

 一度だけ、ちらっとこちらに目を向けただけで手は出さず、メイドは鬼怒川さんへとき始める。


「若頭の龍田様は?」


「あー、うん、若頭は不在でな」


「龍田様に言伝ことづてと届け物を持参しただけなのですが」


「おう、それは俺が預かっとくわ」


「ではおいとましても?」


「いや、そう急がんでも、な?」


 煮え切らない返事に、メイドの目つきが露骨に険しくなる。

 鬼怒川さんの笑顔がヒクヒクと小刻みに引きつって、やがて天を仰いで大きく息を吐いた。


「見りゃあ分かんだろ、翠蘭スイランさんよ。今席を外されちゃあ困るんだよ」


 鬼怒川さんが顎で指す方向を、メイドがちらっと見た。


 金庫が開いている。


 そう、これで事務所はただ今てんやわんやの大騒ぎ中なんだ。

 若頭が入れている金庫の扉が、何故か今朝、開いていた。

 そして、中に仕舞ってあった鍵が一つ無くなっていた。

 そして、その第一発見者が、この翠蘭スイランっていうメイドだった。


 そりゃ帰せないよね。

 でも、メイドにしてみれば心外らしい。


「私には関係ございません」


 全く興味がない、とメイドの表情と声が言い切っていた。

 で、鬼怒川さんがため息を吐く、と。


「だから、こっちには関係があるっつってんだろ? ちょっとは妥協してくれや」


信一郎様主人に頼まれて先ほどこちらにお伺いして、そこの方に応接で待つように言われたのでこの部屋に入り、金庫が開いてるのを見て進言しました。以上です」


 途中の「そこの方」で俺を見られた。


 いやいや、ちょっと待って? 俺が言ったのは「応接室で待ってろ」で、「若頭の部屋の応接セットで待ってろ」とは言ってないよね!?

 普通、ヤクザの事務所で若頭の部屋へダイレクトに行っちゃうなんて思わないよね!?


 流れ弾が来るかと焦ったけれど、鬼怒川さんはソコは気にしなかった。


「それは分かったけどな? 金庫の中身がそろってるのが確認できればこっちも快く帰せるんだよ」


 だから確認がとれるまでは残れ、と口には出さないけど、要するに鬼怒川さんが言いたいのはソコだ。

 で、残れっていうのがメイドには不満らしい。チラチラと腕時計を見ているから、何か用事でもあるってところか?


 とか想像してたら、メイドからスマホの着信音が鳴って、スッと取り出して応答し始めた。

 ――いや待て、今どっからスマホ取り出した? 超自然だったけれど、どこから出てきたか分からなかったぞ?


「はい。……いえ、用事は済んだのですが……どうも、そのようで……それは何とも……そうなのですか?……そ、それは……!――


 ——あ゙ぁ゙ん?」


 普通の会話っぽかったのに、最後、メイドから異様にドスの効いた一言が出たとたん、俺の腰が抜けそうになったっ。


 すっげえ殺気……っ!!

 ま、マジか!? 絶対カタギじゃねえわ!


 けど、その殺気も一瞬で消えた。いや、表情はすっごい不愉快そうだけれども。

 で、おもむろにスマホがスピーカーに切り替えられる。


『あー、もしもしー、聞こえてるかなー?』


 これまたすっごい場違いな感じの、軽いノリの男の声が響いた。


「あー、聞こえてるよ、信一郎の旦那だな?」


『あ、鬼怒川さんかい? お久しぶりだねぇ、元気してた? 龍田くんは不在なのかな?』


「ああ。若頭はちょいと出張ってるところでな。今日の夕方には戻るはずなんだが」


 若頭補佐どころか若頭まで馴れ馴れしく呼ばれてるっ。

 のに、鬼怒川さんは全く気にも留めてない。え? もしかして大物だったりするの?


『それはまあいいや。ウチの翠欄スイランがお世話になってるみたいだけれど、帰してもらっていいかな? 僕も手伝うからさ、何かあったんでしょ?』


 いやいや、それで言うわけないでしょ?


「金庫破りだよ」


 言うんだっ!?


「朝になったら開いててな。お宅の翠蘭スイランがそれを見つけた、まあ第一発見者ってやつだ」


『間違いなく閉めてあったの?』


「若頭の不在中は、大体鍵をかけっぱなしだよ。確認で夕方に一回開けるぐらいだな」


『ってことは、最後に開けたのは、昨日の夕方?』


「おう」


『そのときの様子は?』


「様子も何も、いつも通り中をざっと見て、閉めてロック。以上そんだけだ。そうそう、谷山がちょうど騒ぎやがってな、何事かと思って行ったらムカデにビビったってだけで、思わずシバいちまったわ」


 景気よく笑われて、ヒクつく俺。

 いや、流れ弾にならないか、もう冷や汗ダラッダラなんスから、ホントにヤメて下さいませんかねえ!?


『ん? 新入りくんかな? 虫は苦手かい?』


「いや、その、ムカデだけはちょっと……」


 今度こそ話が流れてきちまった……からみたくねぇー!


『どこに居たのか知らないけれど、頼りになる鬼怒川さんが駆けつけてくれて良かったねー』


「いや、谷山こいつ、ドア出たところで腰抜かしてやがったんだよ」


 もう掘り返さないでっ! いやマジで!


『それはそれとして、金庫ってどんなの? 鍵の方式は?』


 よ、良かった話が戻っていく……。


「テンキー式だよ。暗証番号を知ってるのは若頭と俺だけだな。盗難防止機能付きで、ちょっとでも動かせば問答無用でロック状態になる」


『何それ珍しいね、型番とか分かる?』


「ん? えっとなあ……○×工業製のNK-2012、か?」


 スピーカーの向こうで「どれどれ」って言うのと併せてカタタタタタタッて音が。

 キーボードを打ってる?


『へー、壁か床に子機を仕込んでおいて、電波でリンクさせるのかぁ。電波は汎用の2.4GHz帯ね』


 何で分かる――って、ネット検索しながら話してんのかこの人!?


『ふむふむ、本体と子機との距離が変動、もしくはリンク切れなどの異常を検知すると強制ロック状態になる、と。異常がなくなればロックする前の状態に戻る、か。なるほど?』


 何がなるほどなのか知らんけど、何かイヤな予感がする人だな?


『じゃあ後は2つほどかな。鬼怒川さん、その部屋の金庫とドアって、位置的に一直線上になる?』


「ああ、なるな」


『じゃあ最後。昨日ムカデ騒動の後で戻ったとき、金庫の鍵をだったのか、だったのか、どっちだい?』


「それはかけた後――だった、はず? だぞ? 俺が部屋の中に戻って、後ろから『鍵閉めた』って――そうそう、鍵がもうかかってたしな、後だわ、うん」


『はい終了っと。じゃあ翠蘭スイラン、帰っておいで』


「「「は?」」」




(続く)

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