秘密結社からの依頼
結騎 了
#365日ショートショート 143
「我々は悪の秘密結社ドゥームズデイである」
米澤は眉をひそめた。思わず身を乗り出し、ディスプレイに顔を近づける。
「なんですって」
「我々は、悪の秘密結社、ドゥームズデイである」
フリーのデザイナーとして活躍する米澤は、SNSサービス・ツイッピピーを依頼の窓口にしていた。動画サイトのサムネ作成から、同人誌の表紙デザイン、企業や団体のロゴデザインまで。まだまだ大きな仕事はなかったが、ネット上では確実に実績を積み始めていた。
我が社のロゴを作成していただきたい。そんなDMが届いたのは昨晩のこと。詳細はよく分からなかったが、まずはしっかり聞いてみなければ始まらない。米澤は、案件の引き受けの条件として、クライアントとのウェブ面談を掲げていた。まずは顔を見て話をし、依頼の内容や方針をしっかり擦り合わせるためだ。
「すみません、その……。仮面、でしょうか。それは外せないのでしょうか」
ウェブ面談の当日、画面に現れたのは仮面を被った男だった。ピエロと骸骨を足して割ったようなデザインで、おまけに声はボイスチェンジャーで変えてある。警察ドキュメント番組に出てくる容疑者のような、やけにくぐもった声だ。
「すまない。素顔を見せることはできない。我々は秘密結社。素性を明かしてはおらぬ。また、これからも秘密裡に行動せねばならないのだ」
「はぁ……」
仕方がない。変わったクライアントだ。しかし、ちゃんとやり取りができてお金が貰えるならそれで構わない。さしたる問題はないはずだ。
「それでは、えっと、ドゥームズデイさん。今回のご依頼ですが、御社の企業ロゴの作成ということでよろしいですね」
「左様である」
「差し支えなければ、用途をお聞かせいただけますか。例えば会社案内のパンフレットに載るとか、名刺にデザインされるとか。用途によってデザインの密度も変わってくるので」
「……それは言わねばならないのか」
「あ、いえ。可能であれば、なのですが」
なんだ。良からぬことでもあるというのだろうか。
「用途としては、我々ドゥームズデイのアジトにおける、
「はい?」吊るす? なにかのイベントか? 仮装だろうか。「それはサイズは……」
「サイズは、成人男性が両手を広げるより大きく。あと、我々が戦地に送り込む改造工作員のベルトのバックルにも、ロゴを造形したい。アルミ素材だ」
「はあ、ベルトのバックル……」
一体なんの話をしているのだ。あ、いや、貰えるものが貰えればいいのだ。深くは考えまい。要は、どんなサイズや材質でもしっかり視認できるデザインが良さそうだ。
「なにか、リクエストはありますか。デザインの方向性といいますか」
「我が秘密結社がシンボルとして掲げている犬を、シャープに、スマートに、デザインしていただきたい」
なるほど、動物モチーフか。犬をかっこよく、オオカミ寄りに仕上げればなんとかなりそうだ。手元でメモを取りながら、米澤はデザインのラフを走り書きしていた。しかし、ふと思いついて
「あ、大事なことを聞き忘れていました。この案件、実績公開は可能ですよね」
「なんだと」
仮面の男の声色が変わった。明らかに動揺している。
米澤はSNSのプロフィールに「実績公開可の案件のみ受注します」と記してあった。こういうデザインをやりましたとSNSで実績を公開することが、最も効果的な宣伝に繋がるのだ。
「……すまない、公開はやめていただきたい。我々は秘密結社ドゥームズデイなのだ。世に隠れ、世界を裏側から操作するために結成された。公開などできん」
「では、今回は厳しいかもしれませんね。残念です」
正直、あまり残念ではなかった。米澤はマウスを操作し、通話を終了しようとする。
「待ってくれ、もう改造工作員は生み出してしまったのだ。ノイジラスとゴーアタッカーズの抗争が終わりかけた今、我々が名乗りを上げるタイミングは迫っている。あとはバックルのデザインなのだ。どうにか」
「すみません、うちの決まりなので。申し訳ないんですけど」
では、さようなら。ぷち、っと画面が消えた。逃げるように切断してしまったが仕方ない。どう見ても怪しかった。
しかし改造工作員だって。はは、笑っちゃう。そのうち、襲われでもするのだろうか。
秘密結社からの依頼 結騎 了 @slinky_dog_s11
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