第3話 マナー違反は同調圧力で潰す

「マナー違反?」


 どこからともなく聞こえてきた声にコーシュは困惑する。


『そうです。マナー違反は許しません』


 質問を返したわけではないのに追加の回答があった。

 体内から聞こえる不思議な声。

 それに導かれるようにコーシュは自然と手を掲げていた。

 まるでそうするのが当然であるかのように。


「マナー・ブック」


 それは自然と声に出た。

 すると装丁の整った一冊の本が出現する。

 魔法のようだ、コーシュがそう思っていると、宙に浮いたままの本がパカッと開いてページがぺらぺらとめくられていく。


★聖剣使用のマナー

・使用者は妖精への敬意を欠かしてはなりません

・使用前は相手方に鍔に備え付けられた宝玉を向けることで妖精に「これからこの相手を切ります」と示します。事前のご挨拶は大切です。

・聖剣を鞘から抜く際には一度気持ちを込めてお辞儀をすることで妖精に感謝の気持ちを示しましょう。


 本にはそのように書かれていた。


「なんだこれ」


 コーシュが声を上げると、本はぱたんと閉じられた。

 本全体がプルプルと震え始め、一度大きく光ると姿を変える。


「マーナ神の使いです。マブナと呼んで下さいね」


 本の代わりに現れたのはちんまりとしたサイズの女の子だった。

 羽が生えているせいか、宙にふゆふゆと浮かんでいる。


「おお!これは精霊の使徒!」


 解説役っぽくなった司祭が声を上げる。

 位階の高い精霊の中には使徒と呼ばれる存在を作り出すものもいた。

 精霊の声を届けたり、精霊の加護を間接的に与えたりできる。

 マブナはマーナ神のリモート端末のような存在だった。


「私はマナーを記録し、監視し、処罰を与えるもの」


 どうやら先程テキトーにネタで作ったマナーは記録されたらしい。

 だが、コーシュとしては言いたいことがあった。


「聖剣使用のマナーって、こんなのバカすぎるだろ……」


 魔物を斬り殺した後はちゃんと布で拭きましょうとか、そういう内容だったら理解できる。

 しかし実際に記録されたのは何一つ意味のない礼儀ごっこだ。

 こんなマナーに果たして意味があるのだろうか。いや、ない。


「バカな内容を考えたのはコーシュなので甘んじて受け入れて下さい」

「ちなみにマナーを無視したらどうなるんだ?」


 怒りますよ、その程度の回答を期待した。

 このちんまりしたミニミニちゃんの怒った姿なら別に構わないとコーシュは思った。


 するとマブナは純粋無垢なニコニコ笑顔を見せて言う。


「潰します」


 あっけにとられたコーシュを無視してマブナはより具体的に言う。


「第一位階魔法で潰します」


 世の中には様々な魔法が存在する。

 そして第一位階に属する魔法はどれも伝説レベルだ。


「ひ、ひぃっ!」


 隣で聞いていた司祭が一番驚愕した。

 第一位階の精霊・マーナ神の代行者マブナの発言は冗談では済まない。


「それってさあ、すぐに潰されるわけ?」


 のんきに質問したのはイーサーだ。


「いいえ。もちろん何度か警告をしますよ。マナーを学ぶ機会は必要ですからね」

「ふーん。どんな風に警告されるんだ?」

「それはですね」

「あ、いいや。実際に試してみよ」


 言うが早いか、イーサーは聖剣に手をかけた。

 しかも既に天職「勇者」の力を発動している。

 どのような警告が来ても対処できるための戦闘モードだ。


 そして聖剣を引き抜こうとした瞬間だった。


「ぎぇぇぇぇーーーッ!!?!?」

「イーサー!?」


 イーサーは発狂したように頭を掻きむしって地面に倒れた。

 もう勇者の力は完全に弾け飛んでいる。

 完全にダウンしていた。


「あびゅっ……あびゅっ……あびゅっ……」


 びくんびくんと気持ち悪い動きをしているイーサーをコーシュと司祭がドン引きしながら眺めていた。


「勇者の力を持つイーサー様が、こんな気っ色悪い死にかけのミミズのような不気味な動きをするほど苦しむとは……!」


 司祭の情け容赦ないコメントにもイーサーはろくに反応しなかった。


「これが警告です」

「これで!?」


 精神が潰されて廃人になったのではないかと思うコーシュだった。

 少しするとイーサーはどうにか意識を取り戻した。

 全身から嫌な汗をかき、恐怖に顔を染めている。


「まるで、世界の人間全てに憎まれているような、魂を押し潰すような悪意が、世界から忘れ去られたような疎外感が、終わりの見えない恐怖の圧力が、頭の中に一気に流れてきた……」


 誰に言うでもなくイーサーは恐怖体験を語った。

 マブナは満足げに微笑む。


「マナー違反する人はみんなから嫌われますし、信用されないのです」


 ふふん、と得意げなマブナを見てイーサーが後退りした。

 よほどの恐怖だったらしい。


「こんなマナーは……」


 コーシュがマブナに向かって話しかけた瞬間のことだった。


「大変だ!村に魔王軍の魔物が現れた!」

「なんだって!?」

「村の男たちが戦ってるが、とても勝てねえ!とんでもねえ強さだ!」


 その村人は腕に大怪我を負っていた。

 こんな辺鄙な村にまで魔王軍は侵攻してきているのだ。


 コーシュもイーサーも故郷の村は魔王軍に滅ぼされている。

 そのためこの出来事をとても他人事とは思えなかった。


 魔王軍は許せない。

 自分たちが倒してみせる。


 コーシュとイーサーは顔を見合わせた。


「へっ!魔王軍なんてこの勇者イーサー様がぶっ殺してやらぁ!いくぜぇッ!」


 イーサーは勢いよく鞘から聖剣を抜いた。


「ぎぇぇぇぇーーーッ!!?!?」

「イーサー!?」

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チートジョブ「マナー講師」で魔王軍に糞マナー押し付けて無双します!~勇者様、聖剣を抜くときはおじぎをするように斜めに抜いてください~ ゆずぽんず @yuzupons

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