第2話 聖剣には敬意を持とう

「マーナ神からのご加護を得られたこと大変素晴らしいことです」


 儀式が終わったところでコーシュは司祭にそうコメントされた。


「司祭様、マナー講師とはいったいどのような " 天職 "なんですか?」


 自分は聞いたことがないけれど、司祭なら知っているだろう。

 そんなことを考えてコーシュは質問をした。

 しかし司祭はうむむむと唸るばかりだった。


「第一位階の精霊はほとんど顕現した例がありません。その位階の天職も……」

「そうなんですか?」

「初代国王の前に顕現されたのも第一位階の精霊です。その時は大英雄という天職を得たと伝わっています。それくらいです」

「つまり、よくわからないと」

「残念ながら……」


 会話をしていると、一人の若い男がコーシュに近寄った。


「よう、コーシュ!よくわかんねえけどやったじゃねえか!第一位階の精霊なんて大当たりだろ!」


 その男の名前はイーサーという。

 コーシュの幼馴染だ。

 第二位階の精霊を顕現して "勇者" の天職を得た国の英雄の一人でもある。


「よくわからない天職は経験で覚えるしかないって!落ち込んでないで試してみようぜ!」


 イーサーは脳みそが筋肉じみているが、悪い奴ではない。

 謎の天職を得て困惑しているコーシュを気遣ってくれたのだろう。


「そうですね。天職はその身で試してみるのが一番です」


 完全に投げっぱなしになった司祭の言葉にコーシュは頷く。

 実際、よくわからん天職は実際に試すしかなかった。


「やり方を教えてやろうか?」

「大丈夫だ。イーサーが天職を発動しているところは何度も見ているから」


 コーシュは目を閉じた。

 そして自分の中にある精霊のパワーを感じ取る。


「お?どうだ?強くなったか?」


 イーサーはそう言って剣の鞘を使ってコーシュの腹を叩いた。

 勇者の天職を発動すると肉体が一気に強化されるため、コーシュも似たような効果があると考えたためだ。


「いてっ! 痛いからやめろ!」


 だがコーシュが強化されているようには見えなかった。


「おや?天職は発動しているように見えますが……」


 司祭はコーシュの体をつつむ加護を確認できた。

 今なら何かしらの効果が出ているはずだった。


「本当か?おい、コーシュ!本当は痛くないのか?おい」


 ガンガンガン、イーサーが鞘でコーシュを叩き続けた。

 やめろ、やめろとコーシュは抵抗する。

 しかし勇者の天職を持つ者の動きにはついていけない。


「このバカ!やめろ!」


 鞘を握って殴られないようにする。

 握った鞘を見てコーシュは呆れた。


「イーサー!聖剣で遊ぶな!」


 聖剣は妖精から人類に贈られた奇跡の一品だ。

 凶悪な魔物に対抗する人々の希望である。

 勇者という天職を得たイーサーは、それを国王から下賜されたのだ。


 そんな大切なものをオモチャのように扱うイーサーにコーシュは腹を立てる。


「聖剣は丁寧に扱え!敬意を持て!」

「敬意って、俺はちゃんと手入れしているぞ」

「嘘つけ」


 その手入れが割りとテキトーなものであることをコーシュは知っていた。


「嘘じゃない。大事にしてる」

「宿屋ではそこらへんに投げ捨ててるし、魔物を切ったあともろくに血を拭かずに鞘に収めてるだろ」

「妖精の加護で勝手にキレイになるから別にいいじゃん」

「いや、良くないだろ。こんな大切なものを……」


 はあ、とイーサーは投げやりな態度になる。


「じゃあどうやって扱えばいいんだよ。敬意を払うってどんな感じだ」


 そこでコーシュは少し考えた。

 こういうとき、コーシュは冗談を言う癖があった。


「聖剣を使うときは妖精に対する感謝が必要だ」

「なるほど、感謝」

「旧王国時代の文化に『お辞儀』と言うものがある。頭を下げて敬意を示すらしい」

「戦闘中に頭を下げるのか?」

「いや、それは危険だからやらない」


 しかし、とコーシュは笑った。


「お辞儀をするくらいの気持ちが籠もっていることはアピールしなきゃダメだ」

「誰にアピールするんだ?」

「そりゃ妖精だよ」

「妖精がいるのは妖精の郷だから、アピールする意味なくないか?」


 馬鹿野郎、とコーシュは声を上げる。


「礼儀というのは誰かに見られているからやるもんじゃない。気持ちを示さないと」

「なるほど、そういうものなのか」

「そう。そしてこうやるんだ」


 コーシュは鞘に入ったままの聖剣を借りた。

 そして鞘の、グリップではなくブレイド、鍔に近いあたりを片手で握る。


「まずこうして、宝石を敵に向ける」


 聖剣は鍔の部分に赤い宝石が埋め込まれていた。

 コーシュはそれを見せつけるようにイーサーに向ける。

 イーサーは赤い宝石を見た。


「これからこの敵を切ります、と妖精に事前にご挨拶をするわけだ」

「赤い宝石が妖精の目みたいなものか」

「そう。最低5秒は向ける。そうしたら次はこうだ」


 コーシュは手首を曲げて、剣全体を前に倒して斜めにした。


「聖剣で『お辞儀』をするんだ」

「はあ」

「敵を切るために力をお借りします、と妖精に感謝を示す。お辞儀で」

「なるほど」

「もちろんパッとやるのはダメだ。礼が不足している」


 この馬鹿馬鹿しいやりとりは、二人の間ではよくやる遊びだった。


「1、2、で前に倒し、そのまま3、4、5、と待機。5、6で少し起き上がらせて斜めにキープしたままゆっくり、音を立てずにそっと鞘から剣を抜く」


 刀身があらわになったところで、コーシュはイーサーを見た。


「この疑似的なお辞儀をすることでようやく抜剣が許されるんだぞ」


 全く意味のない礼である。


「その手順を守らなかったらどうなる?」


 どうにもならない。

 そう言ってコーシュはネタトークを終わりにするつもりだった。


 しかしそれに答えたのはコーシュの体内に眠る「天職」の力だった。


『それはマナー違反です』

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