第3話


『旧金海国際空港から四機。』

 ムクファ4が警告する。戦況表示ディスプレイに不明の機体が表示される。カーソルを画面に割り当てて不明期に重ねる。JF-17、速度はマッハ0.8、高度エンジェル10、3300メートル。IFF反応なし。

 やるしか無いな。とスロットルを押し込み、高度を上げる。F-15Cから増えた重量をカバーするために搭載された大出力エンジンF100-PW-229がフランカーのそれと比べるとだいぶ下品な音を立てて回転数を上げる。

まるで垂直かと思うような上昇でなんとか15000フィートを確保する。高度は多少優位だ。彼我の状態を推測。こちらはF-15Kのが2機、Su-37とMiG-29Kが1機づつ……コラギ2の離脱が痛い数的優位を取るには燃料の残りが足らな過ぎた。……。全機、対空兵装は短距離ミサイルと中距離ミサイルを二発づつ。おそらく相手も同じだろう。スクランブルの機体に兵装がそんなにあるとは思えない。

『いくぞコラギ1。』

『一番槍は任せた!』

傭兵が2機先に上昇して、それから高度を下げ始める。高度を運動エネルギーに置換しただけミサイルは早く飛ぶ。当たり前の話だが、政珉は目の前のフランカーの動きを見て手際が良いと思った。こちらより、コンマ数秒の話だが。

 RWRが反応する。互いが互いの索敵レーダーが捉えた未だに増速。高度を速度に換金しながら残り20キロまで接近。

『FOX3!』

『FOX3!』

全員がほぼ同じタイミング。政珉も、ムクファ4も、コラギ1も、そして妖精もだ。だが、軌道が違う。政珉と妖精は小さく円を書いて、残りの二人は少しだけ大きな円。敵も同じだ。先行した互いの部隊の2機はそれぞれが先に探知、ミサイルを撃って向こうの編隊運動を乱さねばならない。

ミサイル発射。政珉と妖精にとって最後の視界外戦闘用ミサイルが発射される。敵も、同様だ。

 政珉はHUDの右下のカウントがミサイルの自律までの時間ではなく着弾の時間であると確認。確認と同時にRWRが警報を発する。

『ムクファ4、インします。』

後続の機体がもう二発。だが、敵も味方も、一機も落ちない。

どうする、逃げるか、それとも、後続が来るまで短距離ミサイルを撃ち合うか。どちらかを提案しなければならない。迷うことは許されない。それは間違った回答をすることより許されることではない。だが、ほんのコンマ何秒か、迷った。

『殴り合いになるぞ。正規軍。』

 妖精の即断が全体を調律した。その判断に全体が変わった。即断は明晰な判断に勝る。それが心臓数拍分であっても、その間に飛行機は何百メートルも進んでしまう。政珉もそれは分かってはいるが、その判断の僅かな時間の差の違いには踏んだ場数の差がそのまま現れてくる。一体、どれだけ場馴れしているんだ。と政珉は毒づいた。

 接近戦闘になる。親指で兵装をAIM-9Xに切り替え、シーカーの中の回転体のカカカカという甲高い音が響く。その時だった。警報が鳴り響いた。

『一機だけまだ視界外戦闘が出来るぞ。』

『撃たれたのは誰だ!』

『俺だ!』

 反転、加速。次の瞬間、大きな衝撃が走った。としか言い表すことが出来ないそれ、それが飛行で生じない揺れだと分かって死んだと思った。だが、『ムクファ13、被弾!』がムクファ4から聞こえる。死んでない。

『右エンジンが死んだ。左も回転数が落ちている。』

『フィーヤより各機へ、離脱する。ムクファ13の直接の援護は私がやる。』

『ムクファ13、出来るだけ低く。方位は190。』

その方位には覚えがあった。

『さっき殴ってた船団じゃないか。』

『歓迎式を開いてくれるさ。』悪戯でもするかのような元気のいい声が返ってきた。『ケーキにキャンドルに、全部揃っている。』

 何を……という声を無視して妖精は敵とムクファ13を遮るようにチャフを撒く。彼らは今だ混乱から立ち直れないのか、ミサイルは飛んでこない。

 またRWRにミサイル警報、必中距離からの発射だ。中距離ミサイルを撃ち尽くした味方はもがいてはいたが、その機体には届かない。万事休すだ。


『ヘディング165、そこを通れ。』

 声がした。そして、目をやると海が燃ている。迷っている暇はない。降下して灼熱地獄に突っ込む。以前警報は鳴り続ける。水平がやっとの機体で海を擦る。妙に機体が揺れる。まるで乱気流だと政珉は思った。

(上昇気流……火災旋風か……)

後方を振り向く。ミサイルが見えた。高い位置にいる。だが、それは高度優位を意味しない。正確には火災で広がった上昇気流で持ち上がって軌道をなんとか押さえつけて前進しようともがいている所だった。そして、そのせいでみるみるうちにエネルギーを失っていく。

 助かった。その安堵とともに妖精は何処にいる!?という疑問が浮かぶ。後ろ見ると超低空で灼熱の炎と船の金属と海面のクラッターにまぎれて飛ぶ機体があった。妖精の機体だ。鷹のような俊敏さをもって地獄の底から上昇する機体の後ろにはミサイルが外れ、何を考えたのか未だ…といっても外れたのを理解して数秒だろう…直進する敵機があった。その機体が妖精は捉える。ほんの少し低空、短距離ミサイルの射程内、ほら、獲物だよと誘い込み、追わせる。そして相手がそれに乗った瞬間、真後ろに向けてFOX2、先程とは逆に妖精のミサイルはその火災旋風で高度を手に入れ、射程を伸ばす。一方敵が発射したミサイルはそいつと正面衝突を目指すミサイルとは違い逃げる妖精を追うことになる。火災旋風の中でそのミサイルは力尽きる。一方、妖精の放った攻撃は命中。直撃を受けた機体は反転するだけの距離の余裕がなかった。そのまま平行を保ちながら火の海に突っ込んだ。パイロットは脱出。

 妖精は反転する。

 何故?答えはなく、『ガンズ、ガンズ』の声。妙に生気の籠もった声。思えば、空中に上がってからのこの人の声は、地上よりトーンが高い。撃ち落とされるパラシュート、落ちる先は、地獄か。

 妖精は火炎地獄から浮かび上がった。機体は炎に煽られ、照り輝いていた。

 まるで、悪魔だ。

 畏怖ですらない恐怖。それを薄っすらと感じた時、政珉の頭の中で妖精の姿は一つの像を結ぶ。あれは、もしや……。

『こちらノルティス4、ムクファ13は機体の損傷具合から帰投は不可能と判断。これよ対馬まで援護、対馬空港に降ろす。』

 ウィルコ、と返信した政珉はその瞬間、体が急に重くなるのを感じた。戦うは終わった。だが、彼は先程見た地獄の炎をかすめて飛ぶ妖精の禍々しい飛び方が頭に焼き付いていた。

 だが、とりあえずそれを頭の片隅に追いやった。それから、先程までのそれが頭の中を再び覆い尽くさないように無線とTACANの設定に没頭した。


 妖精と趙の二人はそのままJ-フォースとの連絡が入り、何処かへ飛び立っていった。

対馬空港に残された政珉は空港職員の厚意で入ったターミナルの中でウォーターサーバーから汲んだ水を片手に真っ暗になった空を眺めていた。

(あれは……)

 先程、空で理解したそれをそこまで意識の表層に浮かべた後、手元の水を飲み干す。そして、深呼吸をした後、真実に向き合う。

(あれは、人間だ。)

 飛び跳ねるように殺戮を喜ぶ怪物は、たしかにあの時スマートフォンで誰かと会話していた。一見人間と非人間に分けれそうな行動。いやしかし、そうではない。

 我々、「普通」の世界は実のところ広大な人間精神の世界における監獄であり、囚人の視線で持って世界を語っている似すぎない。プラトンが言う、洞窟、影の真実。我々はそれをうまく利用して世界を作り上げられてきた。世界人権宣言の神と、祖父世代が習わされた高天ヶ原と言葉の上では何が違う。

 我々は、傷つくのが嫌いで、偽りの太陽に手を合わせた。「殺すなかれ、盗むなかれ。」そうして都合のいい、弱く、朦朧としたものを正義と呼んだ、大方大半の人間には弱い方に合わせたほうが生きやすい。その結果愛は性欲や家族愛という狭い言葉に押し止められ、善行は、至福に対する相互の服従に言い換えられた。人は自ら洞窟の囚人となった。そして、それが本物の太陽だと信じ込ませるために立派な言葉で偽装した。

 だが、その外には広大な世界が広がっているのだ。ヒトラーも人間らしく笑ったことがあるだろう。スターリンが人間らしく泣いたこともあるだろう。ポルポトも、ヒロヒトラーもそうだ。怪物や悪魔と呼ばれた存在も、みんなそうだ。理解し難い理由を持って愛を語る。その愛で持って、愛の囚人達には、考えつかない行動を取る。先程思いあげた人々も、聞けば、雄弁に愛を語り、その愛の為に無限の殺戮がいかに必要化、一切のためらいもなしに語るに違いない。そう、それは我々が人間の精神と呼ぶものと同じ構造であり、ある意味では相似形なのだ。

 母親にカーネーションを買う子供の純粋な気持ちと、民族への愛のために他民族を絶滅せんとするナチスのあのおぞましい純真な民族愛は恐ろしいほどよく似ている。だが、我々は後者を偽者の太陽で異端と呼んで安心する。あれは人間ではないのだと。

 それはまるで、人間の世界を見下ろす邪神たちの嘲りのようだ。工事現場で踏み潰されたアリに工事について何が分かる。同じような肉体を持つ生物の間にもそれだけの断絶が有ある。ただ単にブーツが邪悪なのはアリが理解できる範囲で不快で不利益だから、異端と切り捨てただけの

 妖精は、殺し合いをするために、理由が必要だったのではないか。

 戦う理由が。

 だが、それは家族のために働く親と何が違う。仲間や集団のために貢献したいという普遍的な精神と何が違うだろうか。

 スマートフォンの先にいる人物は、分からない。だが、彼女への愛のためには殺しが必要だったのか。そして、それが生きる存在意義として、彼女には必要だったのではないか。その理由は、海底のクトゥルフのように複雑で、解くことは出来ないか。

自分のアイディンティティのために人殺しの理由が必要だ。そんな予感が浮かび、脳がオーバーフローし尽くした彼は水を汲むべく再び立ち上がった。それから、この戦争が終わったら、自分は二度と戦闘のための空を飛ばないと心に決めた。なぜなら、そんな化け物たちがいる空には、自分は不釣り合いだからと感じたからだ。

あくまでも伊 政珉は小市民で、彼に必要なのはイデアではなく、小さく使いやすく、便利で温かい、卑小で無価値な嘘だからだ。





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pixie:ただいま。

sword・one:おかえり。

pixie:変わりないか。まあ、こんな時にこういうのも何だが

sword・one:電気は止まってたけど、回復しだ。水道はまだだけど。家はあるし、問題な

      いよ。

pixie:よかった。すぐ助けが入るだろうから、しっかりしているんだぞ。

sword・one:早くまた一緒に飛べるようになれるといいね。

pixie:ああ、でも、すぐにそうなる。

sword・one:(笑顔)

pixie:(笑顔)

sword・one:ねえピクシー?

sword・one:戦争になったらどうなるの?

pixie:そんあものは起きていない。

pixie:それに、本当に戦争が起きたら、私が排除する。

pixie:今は、戦う理由は、ちゃんとあるから。

pixie:だから、落ちない。

sword・one:分かった。信じる。

sword・one:だからお願い、あの約束、守ってくれますか。

pixie:誕生日の話か。

sword・one:(同意の笑顔)

pixie:分かった、約束するよ。5月の5日だったよな。

sword・one:そうだよ。

pixie:それまでいい子にしているんだ。いいか、絶対にポカやらかすんじゃないぞ。

    政府の言うことを聞いて、安全にしているんだ。

sword・one:ありがとう。また、いつかのように空で。

pixie:おやすみ。また空で。

sword・one:おやすみ。



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Fairy Tales : Sky Hariti 2019.3.24 森本 有樹 @296hikoutai

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