第2話


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sword・one:ごめんなさい。聞きたいことがある。さっきテレビで福岡で戦争が起きているって聞いた。本当?

pixie:(笑顔)

pixie:そんな話は聞いていない。大丈夫。多分マフィアか何かだろう。

pixie:仮に、本当に戦争になったら、保証しよう。私が全部吹き飛ばす。叩き出す。

pixie:大丈夫、何も起きない。きっと全てが時間をかけて元通りになる。

sword・one:分かった。ごめんなさい。

pixie:また。

sword・one:また。

pixie:(笑顔)

sword・one:(笑顔)

sword・one:大丈夫だよ。ソード・ワン、もし戦争が起きたら、私が絶対に守る。


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2019.3.25 10:00 対馬沖 西南西


 高興郡付近から出発した使い捨て用の「救援隊」用の輸送船の船腹の底にはボロを来た一段が声も出さずにうずくまっていた。

 彼らは遠いチベットやウイグル、あるいは他の中国国内から遥々「収容所半島」に強制移住されてきた人々である。

 いや、人、というよりは国家がエントロピーとして排出した不穏分子、言うなれば排泄物だ。

 その糞山の奥底で、何者かが動いている。

「お母さん。日本についたのかなあ?今大きい揺れがした。」

 少年の声に母親が目を覚ます。それは波だと頭をなでながら説明する。息子は、そうかあ、といい、この暗い船内はもう嫌だ、息が詰まると嘆く。

「でも、もうすぐ日本なんでしょ。」と少年は目を光らせる。手には、マガジンがない56式自動歩槍が握られていた。

「偉い人が言っていたように、日本人を十人殺せば自由になれる。そしたら、俺、一杯働いて母さんに楽させるんだ。」

 ありがとう、そう言って母親はまた頭を撫でる。

 ぼろぼろの棄民船はそんな人々の思いなど知らぬかのようにぎーぎーと軋む音を立てて走り続ける。




『いたぞ。船団だ。』

先行する趙の一言がMiG-29Kの無線を通じて後ろから迫る1機のSu-37とF-15Kに伝達される。

『このまま私とコラギ2は接敵を続行。攻撃隊は攻撃まで電波封鎖。』

 指示を受けた攻撃隊は返答しない。

 政珉らは電波高度計を使って海面を這っている。

 轟轟としたエンジン音が鳥すらもいなくなった黒に時々血よりも濃い赤が交じる海を這うように低空をひたすら飛ぶ。F-15Kの前方をまるで幻獣の金切り声のようなエンジン音を響かせていく機体がる。

 Su-37、かつて伝説的な経歴を残したSu-27M(旧Su-35)の最上位グレードの機体、航空傭兵全盛期にはモニターとしてロシア系の傭兵に配られ、歴史を作った機体。

 機体には翼端の電子戦装置、短距離空対空ミサイルのR-73、そして、中距離空対空ミサイルのR-77がそれぞれ二組、残りのハードポイントは黒々とした爆弾に埋め尽くされている。

対空装備は日本帰還時点で装備していたもの。そして、爆弾は唐突な地震で行き場を失って同じ島に降りたJ-フォースの機体から拝借したものだ。

データリンクで共有されている船団の位置は船舶用の民間レーダーすら動いていないらしく低空での接近に気づくのも不可能。上空に姿を表したMiG-29Kの警告から襲撃を予見しても対処できるシステムは彼らにはない。

「(しかし、それでも……)」

 政珉は前方を飛ぶ機体を見ながら思いに耽る。ブリーフィングの時だ。妖精は自分が先頭を切って突っ込むと宣言した。その時の傭兵のギラギラとした目、若者たちはたじろいたあの目。

「(あの異様な目は何なんだ。)」

 決意の目であることはわかる。だが、その意味がわからない。人間のような、それでいて人間でないような、異様なブラックボックス。

 考えるのをやめた。それは彼女の問題だ。好奇心を殺してディスプレイに表示される戦況表示モードの画面に映る海上を走る船舶を見る。

 HUDを睨む。100の表示のまま水平飛行。フィート表示だから、おおよそ30メートル。もう一度戦況表示画面、残りは25キロ、もうすぐ相手の視界内だ。

『ムクファ13よりムクファ4、行くぞ。傭兵に遅れを取るな。』

 無線封鎖を解除して一声を送り、操縦桿の更に手前にあるパドルスイッチを操縦桿から話した小指で小さく引く。自動操縦は解除された。

 機体が上昇する。マスターアーム確認、アーム、対地モード。

 後席の兵装システム士官に照準を任せて更に上昇。兵装ページからレーザー誘導爆弾を選択。HUDにピッパーが表示。船団は対空戦闘の準備はないらしい。HUDの指示に従って船団上空へ侵入。投下カウントを一瞥する。

 多機能ディスプレイで投下を監視する。引いたカメラの端で閃光。自分の期待のものではない。妖精だ。偶然基地にいたJ-フォースの輸送機からおろしたのは通常爆弾で、どこまでやれるかと不安視していたが、予測はいい方に外れたようだ。遅延信管で2隻に1発づつ、きっちり艦底で爆破したらしい。

『すげえ、通常爆弾だけで先頭のやつを二隻やったぞ。』

 政珉は驚いた。まともな陣形が組めないまま密集で航行していた船団は。先頭艦2隻を真っ二つに折った妖精の活躍により、統制を完全に失った。沈んだ船の後ろの船はその残骸を乗り越えようと舵を切り、それは接近する次の船を減速させる。その間にこちらの爆弾も着弾。薄い鉄板をまとめて突き破った大型のペイブウェイはその艦底部で爆発。立て続けに船団の足並みが乱れる。

『船団が乱れる。』

 ムクファ4が呟く。船団を構成するのは様々な廃船、訓練不十分な、ただ、位置がわからなくなったら南南東を目指せば日本にたどり着くとだけ言われて有視界で船団維持してきた彼らの混乱は明らかだった。距離が詰まっている分、当然の結果だ。

『ムクファ4、見たか?少なくともコラギ1の絶賛は過剰ではなかったようだ。』

 冗談を飛ばすとムクファ4も同意する。政珉は狭い操縦席で身を捩って船団を確認する。そこから上昇してくる機体を認める。妖精だ。その機体は鋭く弧を描き、次の目標を品定めする。

 


 輸送船では突然揺れがああった。異常はすぐに見つかった。天井に大穴が空いている。それをニューロンではなく意識が判別する前にまた新たな異変が起きる。

どん、という大きな音が遥かに下からした。それと、衝撃、破片。

うわあああああああ!という叫びが寄る辺のない「救援隊」に襲いかかる。

「お母さん、怖い、」

先程まで母を励ましていた少年は恐怖から母親を抱きしめる。混乱、船がねじ切られる音、爆発、

母親は爆発の断片を避けるために目の前に出していた傷ついた手をどけて前を見る。

そこからは海が見えた。船の中からは見えない海が。赤々とした血のような海が。

「お母さん、怖い。」

少年が震えた目で母親を見つめる。母親に出来ることはない。ただ、大丈夫だよ、大丈夫、何があっても大丈夫だ、そう言い聞かせるしなかった。



 中型クルーズ船と思しき船が繋がる筈がない無線を延々と出している。

 その様子に歓喜する味方など一顧だにせず、単独で飛ぶ妖精はMANPADSを警戒して離脱、高度を取り、船団の「後ろ」に回り込む動きをする。混乱のただ中にある船団のうちの一隻に目標を定める。ムクファ13も同じ動き動きをする。次はMANPADSが飛んでくる。ミサイルの断熱圧縮を感知した防御システムの設定はフレアを大盤振る舞いするように設定した。反転のための高度は稼いだ。あとは突っ込むだけだ。

 アフターバーナーを使わず高度差を速度に換算して悠然と降下する。政珉にはそれは戦闘機などではなく村を襲うドラゴンのようにも見える。ドラゴンブレスならぬフレアを撒きながら降下、まるで軽音楽をかけてタップダンスを踊るかのような軽快さ。それでいて災害。兵士と兵器の形をした災害としか言いようのないそれは進路方向を合わせることに成功した貨物船の艦首を狙って爆弾を投下する。それから、その先にいたもう一隻に投下。

爆発、そしたまた爆発。少し距離をとって高度を上げる。20はいたであろう船団の船はこの時点で数隻に減っていた。妖精の戦果を爆弾百発百中で艦底部に叩き込んで4隻、大半は誘導爆弾が上げた成果だが、妖精の動きはそれに勝るとも劣らない戦果を上げていた。

重油を撒きながら迷走する船団、沈む船から飛び降りる人々、その上を、その全てを喰らわんと飛ぶ妖精。

『(妖精……か。)』

 政珉は業火を現在進行系で生み出している怪物を見ながら、まったく、先輩パイロット達が言っていた伝説通りだな、と兵装システム士官に笑う。パイロットたちのフォークロア、「妖精」と呼ばれる全てを焼き尽くすパイロットたち。それとともに紹介される真偽不明の「妖精」のTACネームのパイロット達。その中にある彼女と同じ名前。

 彼女は伝説そのものだ。敵を喰らい、戦況を一変する。悪魔。

 不意にあの、スマートフォンをいじくる彼女の顔が浮かぶ。柔和な笑顔。そのスマホを弄る手で、ミサイルを発射し、爆弾の諸元を入力する現在。

 そういうのが戦争だ、言われるまでもなくそれは分かる。間違っている所はない。だが、なんだろうか、目の前の機体の飛行とあの柔和な顔が鮮やかな陰陽を形成している、そんな想像が湧き出てくる。まるで、戦争と平和が一人の人間の中にあって、その2つの世界に同時に生きているような、異形感。

 考えるのをやめる。

 彼女は自分にとって何者か。同じ空を飛ぶビジネスパートナーに過ぎない。大体、何で見ず知らずのパイロットの人生が気になるのだ。

 おそらく疲れているのだ。そうに違いない。そう言い聞かせて再び爆撃コースに入る。

 投下、しばし自由落下をしていたペイブウェイはレーザーポインターの指示を確認すると動翼を動かして目標へコースを取る。妨害はおろか誘導を完治すら出来ない廃船は船底までぽっかり穴が空いた後、下から戦隊そのものを叩き折られる。一隻に二発、これで十分だ。

 爆発。再び廃船同然の船の船体が竜骨ごと真っ二つに折れる。

『ムクファ13よりノルティス4へ、配達は終わった。』重油が漏れて黒々とした色に変わっていく海を見ながら政珉は言葉をかける。返事はない。

『あとは交代までここを守ろう。』

 妖精は、まだだ、と言って今度は低空で船団に接近する。船の甲板よりも低い高度、機銃掃射かと一瞬思った。

 違う、と気づいた時には遅かった。低速で飛ぶ合金の竜はその場でコブラ軌道を取る。

 重油で黒ずんだ海の真上で垂直になりながらアフターバーナーを思いっきり吹かせるとどうなるか。重油の発火温度を超えた炎を付けられた海はまたたく間に燃え始めた。

『あいつ、何やってんだ。』

 あっという間に火の海が現れた。燃え広がる重油。行足を止められた船が即座に鍋やフライパンに変身した。あつい、あついとわらわらと人が甲板に現れては我先に海に身を投げ出す。しかし、そこも燃える炎の中、飛び込んだ人たちは炎の海で苦悶の表情を迎える。

『まて、ノルティス4、一体何のつもりだ!』

『戦争だ。』そっけなく妖精は返答した。『爆弾がもう無い……残された方法はこれしか無い。』

『あんたのやっていることはただの大量虐殺だ!!』

 遮るもののない火炎は広がり船を人を飲み込んでいく。いつしか、空には黒い煙が登り始めた。

『これはスポーツではない。戦争だ。規則を守っていては勝てるものも勝てなくなる。』

流石にこれには腹が立って『女子供も殺すのか。』と問うと、『動きが鈍いからだ。』と間髪置かず返ってくる。

 政珉は済のように濁った海に視線をやる。それが何か、とえも言いたげな、ソフトな言い方を選んでも人の心がないとしか言いようのない言葉を残して燃える重油の海を背景に妖精は上昇する。

『「戦争は全て道徳に反するものなのだ。」、貴様の先祖をヤポンスキーの圧政を空から解放した男の言葉だ。』

 黙れ、と心の中で罵る。そして、平静を保つ。もう、起きてしまったことは仕方がない。せめて、燃える人々が酸欠で苦しまずに死にますようにと願いながら妖精が飛び去った空をじっと睨んだ。基地でのスマホを手に取る姿が思い出される。どうも一つの像を結ばない。平気で大量虐殺に手を染めながら、それでいて普通の人間。

 一体この人はどんな人なんだ、その問いを終わらせたのはレーダーとRWR、それとムクファ4の警告だった。それらは今からの仕事が平易な仕事ではないことを告げていた。

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