リアルリモート会議

結騎 了

#365日ショートショート 142

「おっと、大臣の腕を折るなよ。気をつけろ」

 業務部主任・道永の鋭い注意が飛ぶ。国際ホテルの大会議室では、等身大のマネキンの運搬が行われていた。

「よし、降ろせ。足元のケーブルに気をつけながら。せーのっ!」

 ゆっくりとマネキンを椅子に座らせる。やや前傾に姿勢を固定し、腕をテーブルにのせ軽く組ませる。机上の名札には大臣の名が記してあった。

「しかし、このリモート会議にもすっかり慣れましたね。最初はどうかと思っていましたが」

 昨年より業務部に配属された清村は、運搬の疲れか違和感が残る腕をぐるぐる回していた。

「これがこれからの時代のスタンダードだ。仕方ないさ」と、道永。

 パンデミックから数年。リモート会議の有用性は全世界に示されたが、顔を突き合わせることの重要性や現地に集う社会的意義を唱える声は依然として大きかった。それを解決するために普及したのが、リアルリモート会議である。

 A社が開発した専用のマネキン、それは表面が白く艶やかなのっぺらぼうだが、インターネットを経由して設定を行うと、登録された人物を表皮に映し出すことができる。まるで往年のSF映画におけるホログラム映像のように、無垢なマネキンが一瞬にして人に変身するのだ。A社が提供する立体スキャン技術と超薄型表皮ディスプレイは、「物理的に集い遠隔でコミュニケーションを取る」という無理難題を実現のものとした。

 大企業はこぞってこのマネキンを導入し、全国で毎日のように輸送が繰り返されるようになった。マネキンと一緒に資料や手土産を送れば、マネキンを操作して本当にそれを手渡しすることができる。もちろんカメラも付いているので、相手と会話ができるのだ。輸送費は旅費より安く、宿泊費もかからない。また、移動中の人身事故もなく、なにより働き方の改革に繋がるため、A社は世界中から相次ぐ発注でパンク状態にあった。

「でも、会議の場所を提供するホテル側としては、こうしてマネキンをひたすら運ぶわけでしょう。これまでになかった労働ですよね、これ」

 清村はわざとらしく毒づいてみせる。働き方改革のために新しい仕事が増えては元も子もない、と言いたげだ。

「そう言うな」。道永は置かれたマネキンを数えながら後輩をたしなめた。「ようこそいらっしゃいませ!……と、幾度となく頭を下げなくてよくなったじゃないか。こうしてあらかじめマネキンを決まった席に運んで、電源ケーブルにさえ繋いでおけば、勝手に参加者がアクセスして会議が始まるのだ。長い目で見ればこっちの方が楽だと思うな」

「ふうん、そういうものですかね」

 席次とケーブルの確認が終わり、ふたりが引き上げようとしたその瞬間、道永の携帯がけたたましく鳴った。「はい、道永です。……ええ、なんだって!」

「どうしたんですか、なにかトラブルですか」

 清村も察したのだろう、どうやら只事ではない。

「ああ、どうやら近くの発電所で大規模な火災が起きたらしい。間もなくここら一体の電気の供給が止まるそうだ」

「そんな!それでは、ここまでせっかく準備したのに会議ができないじゃないですか」

「それよりお前、わ

 ぷつん、と灯りが落ちた。続いて物が倒れる大きな音。道永と清村だったは、表面が白く艶やかなのっぺらぼうとなり、死体のように横たわっていた。

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