2-2 それどころじゃない

「結局、二人は付き合ってるのか?」


 昼休み。昨日の空き教室では、井崎くんによる尋問会が執り行われていた。出席者は井崎くんの指示通り、僕、グリムさん、そして井崎くんの三人きりである。


「斗真、この人は?」


 グリムさんは、二人分の弁当箱を広げて、既に空き教室で待機していた。そんな彼女からすれば、井崎くんの存在は不審極まるものだろう。説明する余裕がなくて、本当に申し訳ないと思う。


「ええと、この人は井崎くんで、ひとまず僕を匿ってくれてる味方」


「匿う……?」


 いまいち理解できないらしく、彼女はコテンと首を傾げている。匿われるような状況を作ったのは君だとか、そういうお小言は今は置いておこう。口から出かかったけど。


「とりあえず、怪しい人ではないよ」


「斗真、ね」


 一方で、会話を聞いていた井崎くんが僕の名前をボソリと呟き、意味深な視線を僕に向ける。


「名前呼びとは、これまた大胆だな」


 そう言ってニヤニヤされると、ちょっと恥ずかしいんですけど。ていうかそうだ、グリムさんは一体いつの間に僕のことを名前呼びに?


「その方が適切だと思いましたので」


 聞くと、グリムさんはそう答えた。確かに、言ってることは間違いではない気がするけど、だからといってさっきみたいにまた人前で呼ばれると、僕の命がいくつあっても足りない。


「そう思ってくれるのは嬉しいんだけど、ほら、まだ日も経ってないじゃん? 最初は、普通に『和田くん』とかでも」


「分かりました斗真」


「分かってないよ!?」


 返答が適当すぎる……。

 名前呼びは彼女のこだわりなのか? 二人きりならともかく、人前で呼ばれるのはご遠慮いただきたいんだけど。

 グリムさんは、そのまませっせと昼食の準備を進めている。ホント、マイペースだな。


「ぷっ……!」


 見ると、井崎くんがお腹を抑えて、声を殺すように爆笑していた。


「想像以上だこりゃ」


「こっちは気が気じゃないんだけど……」


 僕だって、週明けまではまさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。まあ、命があるだけ良かったんだろうけど。


「それで、やっぱり付き合ってるんだな」


「いいえ、付き合ってないですよ」


 井崎くんの言葉に、グリムさんが即答で返していた。僕の言葉をまだ忠実に守ってくれているらしい。


「あれだけいちゃついてよくも……」


 井崎くんは呆れたように笑っている。それから、確かめるように僕の方を見た。


「で、どうなんだ。言っとくが、誤魔化す気なら即通報だからな」


「うん、そうだね……」


 これだけ厄介をかけといて、今さら嘘などつけない。

 僕は、グリムさんの方を見る。


「グリムさん。井崎くんには本当の事を話して大丈夫だよ。それ以外の人には内緒のままだけど」


「そうですか」


 そう言うと、グリムさんは席から立ち上がり、井崎くんの方を向く。そしてぺこりと頭を下げた。


「先程は失礼致しました。いかにも、私と斗真は恋人という設定です」


「設定……?」


「ちょ、グリムさん!?」


 その言い方は色々とまずいよ!?

 僕は渾身の目力で、グリムさんに言い直すよう訴えかける。それに反応したグリムさんは、はっと何かに気付いた様子で、その後咳払いを一回。


「すみません、今のは語弊がありました。私たちの関係は設定などではなく、そうですね……」


 何と言うべきか言葉につまるグリムさん。いや、普通に付き合ってるって言えばいいだけなんだけど。

 そうして、グリムさんは一つの答えを出した。


「私たちの関係は、斗真が私を一方的に偏愛するあまりできあがった関係です」


 デデン! と効果音がつきそうなくらい堂々とした回答だった。

 ま、間違いって言ってやりたい……。

 聞いている井崎くんも、もはや引き気味の様子である。


「和田、お前……」


「違う! いや、違わないけど、違わないけど……!」


 言いたい……! 洗いざらい吐き出してやりたい!! そんな葛藤が僕を苦しめる。


「……まあ、お前らの関係にとやかく口出しするつもりはないけど」


 疑問を飲み込むように、井崎くんは目を閉じ、追及の手を止めてくれる。ごめんね、ホントにごめんね。でもそれで納得しないでほしいって気持ちもあるんだ井崎くん。僕はまともだよ!


「とりあえず、お前らの関係がどうあれ、ちゃんと弁解しないと今日みたいなことを繰り返すぞ」


「うん、それはそうだね」


 目下の問題はそこだ。ひとまず、みんなの怒りを鎮めないと、まともな学校生活を送ることもできない。

 そのためには、情報の発信元であるグリムさんからの言葉が必要不可欠だ。

 井崎くんも、同じ考えに行きついたらしい。


「まず、グリムさんは、今日の放課後、クラスの人たちに付き合ってるっていうのは嘘だって伝えるんだ。そうだな……、告白は断ったのに、和田がしつこくせがんできたから、懲らしめるつもりであることないこと言ってやったと」


「それ、まだ僕危なくない?」


「うるさい。そもそも、事の発端はお前だろ? 告白されたグリムさんも、情報に振り回されたクラスの奴らも、言わば被害者だ」


 そ、そんな殺生な……。

 その言葉はこじつけなようで、でも正しかった。事情が込み入っていようが、そんなこと、他の人からすれば関係の無いことだ。僕が彼女を呼び出さなければ、状況が狂うことはなかった。


「少しいいですか?」


 グリムさんが間を割って疑問を口にする。それは、僕ら二人に問いかけているようだった。


「どうして、私たちの関係がバレてはいけないのですか?」


 それに、井崎くんが答える。


「さっき見ただろ。グリムさんと付き合うって、それだけで他のやつの妬みを買うんだよ。関係を隠してた方が、快適に生活できるって話だ」


「それは、斗真に人望がないというだけの話ではないですか」


「うぐっ……!?」


 その一言だけで、思わずその場にうずくまってしまった。


「ま、まあ、こいつがぼっちでどうしようもないってのはその通りなんだけど」


 取りなすように笑いながらも、井崎くんはグサグサと追い打ちをかけてくる。もはや、地面にめり込みそうな勢いだった。ホント、生まれてきてごめんなさい。

 でも、次のグリムさんの言葉に、僕は反射的に顔を上げた。


「私は、とても窮屈です」


 その一言には、強く力がこもっているように思えた。


「斗真がどうしようもない人であったとしても、付き合った以上、私は斗真に、私をいつも以上に楽しませてくれることを期待しています」


 グリムさんの瞳が、一瞬僕の方を向く。空色の瞳はいつも以上に輝いて見えた。


「もう斗真は、私の中の特別です。他の人なんてどうでもいい」


 恥ずかしげもなく、彼女はそう言ってのけた。


 ……不覚にも、ドキッとしてしまった。

 僕は、彼女がアンドロイドだと知っていて、今の言葉にも深い意味などないと分かっているのに。

 心が、羽がついたみたいに軽くなるのだ。


「……へえ、そっかそっか」


 そう言いながら、井崎くんの見つめる先は僕だ。すっごいニヤニヤしながら見つめてくる。僕は必死になって目を逸らした。

 何も喋れるわけがない。今喋ったら絶対上ずる。

 一通り満足したのか、井崎くんが咳払いを一回。


「グリムさんの気持ちも分かる。でも、よく考えてみろよ」


 そう言って、井崎くんは人差し指を突き立てる。


「いいか? 二人の仲に嫉妬する連中は、グリムさんにとっての邪魔者だ。二人を引き剥がそうとするんだからな。そんな奴らに、折角の二人の時間を邪魔されたくないだろ? これは、そのためのこっちの応戦術だ」


 グリムさんは、井崎くんの言葉を無言で聞いている。まるで、彼を見定めているようだ。


「賢くいこうぜ」


 ダメ押しとばかりにそう締めくくる井崎くん。それに、数秒沈黙を続けたグリムさんだったが、最後に答えを出した。


「なるほど、一理あります」


 ため息混じりに、そう答えるのだった。


「部外者に言いくるめられるのは、あまりいい気分ではありませんが、実例を見てしまった以上、放置というわけにもいきませんからね」


 そうして、話はまとまった。

 ……ホントに井崎くんは頼りになりすぎる。僕なんて、この騒動ではただ膝を抱えることしかできなかったのに。

 反省しなければ。いつまでも井崎くんにばかり頼っていてはいけない。ちゃんと、僕が上手く立ち回るんだ。

 彼にも、彼女の正体を知られてはいけないのだから。


「よーし、それじゃあ昼飯にしようぜ」


 切り替えるようにそう切り出した井崎くんは、元々くっつけてあった二つの机に、もうひとつを合体させる。そういえば、今日はグリムさんがお弁当を作ってきてくれたんだった。おかずを分けてくれるくらいでよかったのに、まさかここまでしてくれるとは。律儀というかなんというか。


「グリムさん。ありがとね、お弁当」


「大したことではありません」


 グリムさんは既に食べる準備を整えていた。僕も席に着いて、銀色の弁当箱をそろりと開け、そして目を見張る。


「すごい……」


 卵焼きに、ほうれん草のおひたし、それに唐揚げ。スタンダードなメニューながら、どれも冷凍食品ではないことがひと目でわかる。


「おぉ、すごいな」


 井崎くんも、隣から感嘆の声をあげていた。ホントにすごい。目の前のお弁当が、贅沢品か何かのように見える。


「ちょっと、俺にもくれよ」


 そう言って、井崎くんが手を伸ばしたその時だった。


「……邪魔者」


 微かにそう聞こえたのと同時に、グリムさんが井崎くんの伸ばした腕を掴む。

 そこからは、一瞬の出来事だった。


「え?」


 一瞬で井崎くんの懐に潜り込むグリムさん。そのまま井崎くんを思い切り宙に浮かせ、そのまま投げ倒す。

 ……せ、背負い投げ。


「い、井崎くん!?」


 我に返ると、僕は急いで井崎くんのもとに駆け寄っていた。井崎くんは、自分が何をされたのか理解していない様子。


「大丈夫!?」


「え、あ、俺は、一体……」


 そう言い残して、井崎くんの意識は遠く彼方へと消え去ってしまった。


「井崎くーーーん!!」


「いただきます」


 僕の叫び声と、グリムさんの号令が虚しく響く。第二回目の昼ごはん会も、散々たる結末を迎えた。




 ΦΦΦ




「悪いな、急に意識がとんだみたいで」


「いやあ全然気にしないでよ。……悪いのこっちだし」


「なにそれ、どういうこと?」


「え!? いや、こんな面倒事に巻き込んで、むしろこっちが申し訳ないというか」


「ホントそれな。俺も俺で、何をやってんだか」


 そう言って頭を搔く井崎くんだが、本当に彼はお節介だと思う。ちゃんとした事情も説明してあげられないのに、不思議なくらい親身になってくれる。


「井崎くん。ホント、ありがとね」


「やめろよ気持ち悪い」


 心底嫌そうな声だった。でも、きっとこんな感謝じゃ足りないくらいだ。


「ホントだよ。ホントに僕は感謝してて」


「だから気持ち悪いっつってんだろ、ばーか。そろそろ戻るぞ。グリムさんも、誤解を解いてる頃だろ」


「うん、そうだね」


 前を歩く井崎くんに続いて、僕も教室に向かおうと足を踏み出した。


 その時。


「ウヒヒっ」


「……?」


 ぱっと後ろを振り返る。そこには、細長く続く廊下があって、教室も全て閉まっている。そもそも人通りの少ない特別棟に、五限間近の時間。人などいるはずもない。


 多分、ただの気のせいだろう。


 僕は、気を取り直して、小走りで井崎くんのあとを追った。

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どうやら、彼女は僕の恋人という設定らしい @F-Saku

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