後編 新しい恋を見つけるピクルスくん

 パパとママがケンカした。


 きっかけは知らない。ママが泣き、家を飛び出した。びっくり仰天したピクルスくんは、ボッカンと頭から煙を噴いて機能停止してしまった。


「まいったな」


 パパは困ってしまった。でもタロくんは平気だった。


 ロボットは静かになったし、この夫婦は定期的にケンカをしてママが家出するパターンなのだ。前回はママのアイスをパパが間違って食べたのが原因だった。今回もそんなもんだろう。


 だからママの家出もすぐ終わる。パパもそれがわかっているから、仲直りのため、ごちそうを作って待つことにした


 ――数分後のことだ。


 お料理ロボットピクルスくんは、リビングの床で転がっていたが、プスンと鳴って起動した。むくりと起きあがる。ゲームをしていたタロくんが顔をあげた。


「おい。今日は久しぶりにまともな料理が食べられるんだから、パパの邪魔をするなよ、わかったな!」


「……?? ピピッ」


 ピクルスくんは嗅覚モードで匂いを確認した。キッチンから香ばしい匂いがする。ピクルスくんは見に行くことにした。


「あっ、だから邪魔するなって! んもうっ。寝ているすきにバッテリーを抜いとくんだった」


 タロくんは憤然としたが、ゲームはやめなかった。


 ピクルスくんがキッチンに顔を出すと、フライパンをゆすっていたパパが振り向いた。


「よかった、ピクルスくん起きたんだね。心配したよ」


 タロくんとは違って優しい言葉だった。でもピクルスくんの聴覚には届かなかった。ピクルスくんは知らなかった。ママの家出がすぐ終わるなんて。


「ヒドイッ!! この野郎、くそ野郎っっ!!!」

「ピ、ピクルスくん??」


 優しいパパも、ピクルスくんの目には、お料理ロボットである自分の領域を犯すばかりか、ママを探しにもいかずフライパンで遊んでいる男にしか見えなかった。


 ピクルスくんの目がつり目に点灯した。頭についている赤ランプも激しく回転して、轟音のサイレンを鳴らす。タロくんが耳をふさぎながら駆けてきたときには、ピクルスくんは窓をぶち破って外に飛び出していた。がっしゃーんっ。


「パパ、どうしたの」

「わ、わからないよ。ピクルスくんが暴走したみたいだ」

「ほらね。あいつ、不良品だって。ぼく、前からいってたでしょ」


 パパは何もいわなかった。でも顔には「そうかも」と書いてあった。そもそもあのロボットはゴミ捨て場にあったのだから。


 ピクルスくんはガッシャンガッシャンと金属音を鳴らしながら近所を走った。ママを探していた。あんな男は捨て、自分と暮らそう。そう告白するつもりだ。


 もちろんママが望むならタロくんも一緒に暮らしてもいい。お邪魔虫だ。でもそれくらいのガマンはできる。


「ママーッ」


 暴走するロボットを通報する人間もいたが、ピクルスくんは止まらなかった。お巡りさんもなんのその、ママを探して走り続ける。幸せをつかむために!!


 ……と、その頃。


 ママの家出が終了していた。今回は短期記録を更新したかもしれない。どうやら、ママのほうに非があるケンカだったようだ。ママはプリンを買って帰っていた。全部で四つ。パパ、ママ、タロくん。そしてピクルスくんの分だ。


 ピクルスくんは人間の食べ物は必要ない。でも目で楽しみ、匂いを楽しみ、触感を楽しむくらいはできる。だからロボットだってプリンをもらうと嬉しい。


 でも。


「あら、ピクルスくんは? えっ、その窓は何があったの!?」


 ピクルスくんが暴走して窓を割ったのだとパパが説明した。タロくんが、「あいつ、今ごろ、スクラップ工場だよ」といった。暴走ロボは処分するのが社会のルールだからだ。ママはびっくりした。


「そんなっ。だったら早く工場に迎えに行かないと!!」


 ママはまた家を飛び出した。今度はパパも飛び出した。仕方なくタロくんもついて飛び出した。でもピクルスくんは工場にはいなかった。お巡りさんもピクルスくんを捕獲し損ねていた。ピクルスくんはいくら探しても見つからなかった。


 ――そして、一週間が経過して。


 ピクルスくんはフラフラ歩いていた。やみくもに走ったあげく迷子になっていたのだ。ママは見つからないし、家がどっちの方向かもわからない。あいにくの天候不順で太陽光パネルは十分な充電ができずにいた。あとわずかのバッテリーいのちだ。

 

 でもピクルスくんはハイブリット型なので、太陽がなくても充電できる。だから、おうちにピンポンして声をかけた。


「すみません。コンセント貸してくれますか?」


 でも世間は冷たかった。通りすがりのロボットに電力を分ける気のない人間ばかりだった。ぱたんとドアは閉まり、次々ピンポンしてもみんな同じだった。


 ピクルスくんはカックンカックンした足取りで進んだ。いよいよ限界だ。


 太陽があれば……、でも見上げた空はくもりだった。


 ごってん、とピクルスくんはたおれた。奇しくもそこはゴミ捨て場だった。


 もう一ミリも動けそうになかった。それでもメモリーは稼働している。ロボットにも走馬灯が走るのだ。たくさんの場面。ママ。タロくん。憎いパパ。そして数々のちくわ料理……。


 バッテリーがカラになり数日経ってしまうと、ピクルスくんは初期化してしまう。そうなると新たに充電しても記憶はなくなって、ママやタロくん、憎きパパや生み出したちくわ料理のレシピだって思い出せなくなる。


 ピクルスくんは最後のエネルギーを振り絞り、目をハートに点灯した。雨が降り始めた。まるでピクルスくんが泣いているかのようだった。


(ママはどうしてるだろう)


 無事に家に戻っていたならいいんだ。ピクルスくんは思う。彼女が幸せならそれでいい。ロボットは人間を守るため、助けるためにあるのだから。


 ハートに点灯している目がゆっくり色をなくしていく。終わりだ。


 グッバイ、ハニー。グッバイ、タロくん。さよなら、ちくわたちよ。パパのことはもう消去していた。


 と、雨ざらしのピクルスくんに傘をかかげてくれる男の子がひとり。


「お前、またこんなところにいたのか」

「た、た、たろ、たろ、く、くん」

「しゃべるな。バッテリーがなくなるぞ」


 タロくんはポケットからモバイルバッテリーを出した。ピクルスくんの後頭部のプラグにつなぐ。みるみる充電するピクルスくん。ハートの目が輝きを取り戻し、頭のランプも真っ赤に点灯して回転する。ウーウーウーー!!


「タロくん!!」

「うわっ」


 ピクルスくんはタロくんを押し倒してしまった。タロくんは死にかけた。ピクルスくんはタロくんと身長はそう変わらないが、鉄の塊だ。重すぎる。


「タロくんっ、タロくんっ、タロオオオクンンン!!」

「わ、わかったから。どけって。く、苦しい……」


 ピクルスくんが戻ってくると、パパとママは大喜びした。二人は探しロボのポスターを作って近所に配り、スクラップ工場には、ピクルスくんが来たら連絡してくれるよう頼んでいた。ピクルスくんは家族なのだ。ポンコツでもたいせつなロボットだ。


「よかった、よかった」

「おかえり、ピクルスくん」


 タロくんは、「フーっ、ヤレヤレ」と息を吐く。

 まったく手のかかるロボットだった。


 さて。


 現在のピクルスくんは、パパとママの幸せを願うようになっていた。だってピクルスくんは新しい恋をしていたから。


「タロくんっ」


 ピクルスくんの目はハートに点灯していた。チッカチッカと光る。


 タロくんの顔は引きつる。でもピクルスくんは何もいわない。


 ただひたすら愛情を込めてちくわにチーズを挟むだけ。

 タロくんはちくわが大好物だからだ。ロボットの恋はいつだって一途だ。



 🤖おしまい🤖

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちのロボットが恋しました。 竹神チエ @chokorabonbon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ