うちのロボットが恋しました。
竹神チエ
前編 ピクルスくん、恋をする
ピクルスくんはお料理ロボットだ。
ゴミ捨て場に捨ててあったのを、タロくんが拾ってきた。
タロくんは七歳。好物はちくわ。あとゲームが好きだ。
パパとママ、三人で仲良く暮らしていた。
でもピクルスくんが稼働してから、日常は一変した。
このロボットはポンコツだったからだ。
この前も夕飯を任せたら、チーちくわと水道水が出てきた。文句をいったら、包丁を振り回したあげく、キッチンでボヤ騒ぎを起こす。
それでもパパとママはピクルスくんを捨てようとしなかった。
このロボットはもう家族だからだ。
タロくんは平穏をあきらめた。親が家事ロボットがいる生活を望んでいる場合、七歳の男児に選択の余地はないのだ。
そんなタロくんの不運な日常に新たな問題が浮上した。ただでさえポンコツなのに、ピクルスくんが恋をして、ますますポンコツになった。
ピクルスくんの恋のお相手はママだ。
そう、ママだ。ロボットの開発者ではない。タロくんのママだ。
ママであるからして、ママにはタロくんのパパというダーリンがいる。
ピクルスくんは禁断愛に手を染めてしまったのだ。
だけれどもママのほうにその気はない。全くない。ちっとも。
わずかの可能性だってない。万が一もない。
だから不倫ロボットピクルスくん爆誕の物語ではない。
あくまで、横恋慕ロボットピクルスくんの物語なのだ。
この日もピクルスくんは秘めたる恋に胸を焦がしていた。
機械仕掛けのハートがバクバク鳴ってショート寸前だ。
ピクルスくんは優しいママが好きだ。笑顔のママが好きだ。「ピクルスくん、今日も助かるわ、ありがとね」と声をかけてくれるママが大大、大好きなのだ。
だからパパが憎い。あの野郎、くそ野郎、と思っている。
そんなわけで、ピクルスくんは陰湿な嫌がらせでパパを追い出すことにした。
ピクルスくんはお料理ロボットだ。だから手始めにパパの食事に細工をすることにした。とんかつ(お惣菜)の脂身をパパの皿に乗せ、ママには美味しい真ん中部分だけ並べた。
でもママは脂身いっぱいのパパのお皿を見て、自分の美味しい真ん中部分をわけてしまった。ピクルスくんの配膳ミスをうまくカバーしたつもりだ。ママだってよく知っている。うちのロボットはポンコツだもの。
ママのナイスフォローを見て、パパは惚れ惚れする。
二人は微笑みあう。夫婦仲は良好だ。ラブラブオーラを放っている。
タロくんは黙々と自分の分け前を食べていた。でもロボットの目が嫉妬で赤く点滅したのを見てしまった。
(まさか、あいつ……‼)
タロくんの疑念むくむくのなかでも、ピクルスくんの横恋慕は止まらない。
ピクルスくんは、パパを追い出す作戦をあきらめ、ママにアピール作戦に変更した。いくらパパの料理に細工をしても、素敵なママがフォローしてしまうからだ。
パパのたこ焼き(屋台で購入)のタコを抜き、わざびを注入したときも、食べたのはパパでなくタロくんだった。ピクルスくんは無念だった。
ピクルスくんは背中のネジを抜き、精密機械のパネルやらチップやらを取り出して、ドライバーでコチョコチョした。するとピクルスくんの丸い信号機型の二つの目に、新たな模様が浮かびあがった。
ピクルスくんはハートの目を点灯した。♡にチッカチッカと光る。ママへのアピールは絶大だった。「あら、かわいいわね」と頭をなでてもらったから。
ピクルスくんは、お料理ロボットから進化することにした。お料理以外の家事にも手を出し始める。これからはハウスキーパー・ピクルスくんになるのだ。ママはますますピクルスくんを好きになるだろう。
でもピクルスくんが干した後のお洗濯はしわくちゃだった。パラソルにあるタオルだって重さが偏り、斜めどころか垂直になっている。洗剤を入れすぎて、泡だらけだったり、漂白剤でまだら模様になった服もたくさん出てきた。
そんな下手なお洗濯を干しなおしたり、洗いなおしたり、お気にいりのズボンが絞り染めみたいになって絶望するタロくんをなぐさめるのは、いつもパパだった。パパだってよく知っている。うちのロボットはポンコツだもの。
そんな素敵なパパを見て、ママは惚れ惚れする。ますます二人はラブラブだ。
悪化のループに、ハウスキーパーロボ・ピクルスくんは恋の難しさに悩むようになった。マッマ、マッマ。ピクルスくんはハートの目を切なげにチッカチッカさせる。
秘めたる恋は隠そうとすればするほど燃えあがるものだ。
ピクルスくんの目はママを想うだけでハートに点灯するようになった。しのぶれどしのぶれど顔に出にたるロボの恋に、タロくんは、いよいよ鬱陶しくなった。
「お前、ロボットのくせにママを変な目で見るな!」
子供でもいって良いことと悪いことがある。ロボットのくせに、の言葉はピクルスくんの超合金ハートにもグッサリきた。
ロボットのくせに……、ロボットのくせに……。
なぜ自分はロボットなのだろう、なぜママは人間なのだろう、どうしてタロくんは七歳児のくせに可愛くないのだろう。
届かぬ想い。変えることのできない機械のからだ。
ピクルスくんは嘆く。できることなら感情のない鉄のかたまりに生まれたかった。でもピクルスくんはロボットだ。ポンコツだろうが感情のある、ママが大好きでパパが憎いロボットなのだ。
それでも秘めたる恋を封印しようと、ピクルスくんは初心にかえりお料理ロボットの職務に徹した。毎日ちくわにチーズを挟む。軽くトーストするとタロくんは喜んだ。ちくわが好きだからだ。家庭に平和が戻った……と思った矢先だ。
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