一軍女子(仮)の東海さんは北上くんと付き合いたい

百度ここ愛

一軍女子(仮)の東海さんは北上くんと付き合いたい

「私のこと好きじゃないなんて、間違ってるよ」


――やってしまった


 何度目の後悔か分からない言葉に、ついしゃがみ込んでしまう。北上くんはこんな私をいつも優しく受け入れてくれてた。でも、今日のこれは確実にもうどうにもならない。


 目の端に映った雑草で心を和ませる。猫ちゃんの肉球スタンプを見つけて、つい気が逸れてしまった。


「東海さん?」


 北上くんの優しい声と、私の目の前を覆う影に気付くのが遅れた。ハッと顔を上げると、もっさりとした前髪で目を覆った北上くんが不安そうにこちらを見つめていた。


「あ、ごめん」

「ううん、大丈夫?」


 直前にあんなことを言ってしまった私に対する言葉とは思えない優しい言葉。ぎゅっと唇の端を噛み締めた。でろりっと重たいリップの味が口の中に広がって、マスクの下でしかめ面を作ってしまう。


「だ、大丈夫」


 握りしめた手のひらにネイルが突き刺さって、ほんのり痛い。みんなでお揃いにした少し大人っぽいヌーディーピンク。キラキラと散りばめられたラメが、ちょっぴりと心を慰めてくれる。


「東海さんは、不思議な人だね」


 その一言で私の妄言を、暴言を、スルーできる北上くんもなかなかだと思う。北上くんを前にするといつも素直になれない。


「だいたいさ、北上くんはもっと前髪短くしなよ!」

「なんで?」

「目が見えないから?」


 私のエゴだ。たまたま見てしまった細長い瞳に心を奪われてしまったから。アホな一言にも飽きずに付き合ってくれる北上くんに、胸の奥は甘く蕩けてしまう。


「東海さんはやっぱり変わってると思うんだ、はい」


 前髪をさっと右手で上げた北上くんの顔に両手を合わせる。尊い。北上くんしか勝たん。食べたいくらい尊い。


 切長の瞳も、少し困った眉毛も、目の下にある小さい黒子も全部好き。


「結婚したい」


 両手を合わせたまま出た言葉は、ただの限界オタクの一言だった。なのに、北上くんから帰ってきた言葉は予想外な言葉で。


「高校卒業したらいいよ」

「は?」

「え、僕に言ったんじゃないの?」

「え?」


 思考停止で脳みそはオーバーヒート。心臓が好き好き好きと高鳴る。驚きすぎて心臓痛くなってきた。


 唇から出る言葉は、たった一文字の驚きを表す言葉なのに。脳内ではうるさく弾幕が流れていく。


――結婚してもいいよ? って言った?


 意味がわからない。だって、私のこと好きじゃないって。好きですの返事は「それだけなの?」だった。いや、好きじゃないとは言ってないか、たしかに。そう言う問題じゃなくない?


「東海さーん」


 私の目の前でヒラヒラと右手を揺らして、北上くんが微笑んでる。微笑んでるように見える。目も口も見えないのに。


「は? え?」

「落ち着いた?」

「どう見たらそう見える?」


 クラスでは見せられない素が出てしまってる。今はそれどころじゃない。北上くんの言いたいことがわからない。


「いやー東海さんいつも何考えてるか分からないからさ」

「北上くんも大概だけどね?」

「たじろぐ姿も可愛いね」


 不穏な空気を感じ取って後退りすれば、思いの外近かった校舎の壁に背中を打ち付けてしまった。


「だ、だれだ、君は」

「北上ですけど」

「だって、北上くんはそんなこと言わない」


 太ももにざらりとした校舎の壁が触れて、ちくちくする。心臓を押さえつけて、真っ直ぐ北上くんを見上げる。


「どれもこれも、僕だけど?」


 困ったように首を傾げてるけど、変わらず目元は見えないし。マスクで覆われた唇がどんな形になってるかも想像つかない。


「おかしくない?」

「何が?」

「だって、北上くんそういうタイプじゃ」

「どちらかといえば陰キャで黙りこくってる感じ?」

「そうそう、いやそうじゃない」


 くくくっとこぼれ落ちた笑い声が耳に響いて、怯む。私の想像の中の、いや、今まで関わりのあった北上くんはこんな感じじゃない。


 ぶつかられても「大丈夫だよ」なんて言って微笑んでたり、変なことばっかり言う私に優しく返してくれたり。独特な変な間が心地よくて好きになった。


 今の北上くんからは、やんちゃな普通の男の子のオーラが出てる。


「騙した?」

「何が」

「だって、らしくない」

「じゃあどうしたら、の?」


 至近距離に居る北上くんのフワッとした甘いコロンの香りに酔ってしまいそうだ。コロンなんていつも付けてたっけ?


「わかんないよ」


 形成逆転。別に私の方が強かったわけじゃないけど。惚れた方の負けだから、最初から私の負けは確定してるんだけど。


「東海さんはいつも強がって、メイクとかネイルとか武装がすごいよね」

「それ、偏見じゃない?」

「他の人には思わないよ、東海さんにだけ」


 ぐうの音も出ず息を飲み込む。見透かされてる。友達に釣り合いたくて無理して書き込んだメイクとか、ゴテゴテに飾り付けられたネイルとか。


「で、さっきの話に戻すんだけど」


 心拍数が急上昇してる私のことは気にもせず、北上くんは続ける。


「東海さんのことは好きだよ、だからね、好きだけで終わらせてほしくないんだ」


 好きって言った。今、死んでもいい。恥ずかしさとよくわからない感情で涙が出そう。


「どういうこと」

「付き合おうか」

「なんで」

「東海さんは僕が好き。僕も君が好き。じゃあ恋人になっていいんじゃないかな」


 そっと北上くんに持ち上げられた右手が尋常じゃないくらいに汗をかく。


「その先は、愛してるに変わって結婚したいなって思ってるよ」


 愛の告白をしに来たのに、なんで私が口説かれてるの? おかしくない? おかしいよね?


「東海さんはどう思う?」


 ここぞとばかりに前髪をかき上げて、私に見せつけてくるところとか。ずるい。分かってる。


「お願いします」


 断れない。だって、こんなに好きな推しにそんなこと言われて嫌と言えるわけないでしょうが。


「よろしくね、彼女さん」


 北上くんの「彼女」という響きに、もうノックアウト寸前だ。


<了>

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