二人称☆姫の騎士は精霊憑き 2830

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 その名はアボット、地獄の番犬と揶揄される姫騎士2830


 緑の丈が短い芝生に綺麗に並んで咲いている白と赤紫の花。一定間隔で人の背丈より大きい程度の広葉樹が植えられていますわ。

 五十歩先には四階建てと言っていいのかしら、白い壁に水色の屋根の小さめのお城が見えているわ。いつかあんな城を持ちたいものですわね。

 と言っても聞こえては居ないのよね、たまに感じてはくれますけれど。


 春の柔らかい日差しが晴天の青い空から降り注いで植物も元気そう。

 草の上にそのまま座っているものですから、鎧の中が蒸れてしまいますわよ?

 

 戦闘用のフルプレート、それも継ぎ目が綺麗に稼働する位の高級品。五本の指もちゃんと使えるようになっているし、関節も全く問題なく動かせる名工の鎧を着たまま日向ぼっこしているなんてシュールですわ。


 顔が丸ごと隠れてしまうような、バケツをひっくり返したシルエットのヘルム。確かバレルヘルムって言うんでしたわね。

 どうしてそんな恰好をしているか、きっと忘れてしまったのでしょうけれども、代わりにあたくしが覚えているので心配ないですわ。


 風が吹く度に草木の持つ特有の香りが鼻腔をくすぐる。新緑の薫りはあまりに濃いとむせ返ってしまうくらいというのに、ずっと囲まれていても平気なんてつくづく鈍いんじゃないのかしら?


 それにしても、お城の庭先に似つかわしくないことこの上ない。大体その隣に置かれている鉄の塊の異常な大きなには皆さんも驚いているじゃありませんの。

 いつものことと言えばそれまでですけれど、戦鎚を滑り台代わりにして遊んでいる子供たちの気が知れませんわ。

 ほら、母親が気づいて大慌てで子供を抱えて逃げていくじゃありませんの、それが正常と思いますけれどね。


「ねぇ大きな鎧の人、どうしていつも一人で座っているの?」


 あら、女の子が話しかけてきているわね、怖くはないのかしら。

 近くに親御さんは居ないようで、好奇心が勝ったのかしら。ほら、答えてあげなさい、頑張るのよ!


「お、おで……」


 くぐもった声がバレルヘルムの中で更に反響して聞こえづらい。じれったいことこの上ないですわ。

 せっかく子供が寄ってきたというのに、そんなことではまた独りぼっちになってしまいますわよ。

 ちょっと勇気を出して声を出すだけ、それだけですのよ。


 遠くから顔を真っ青にした女性が走って来ると、女の子を両腕で抱いて数歩離れて、まるで悪魔でも見るかのような信じられない視線を送ってきている。

 警戒心むき出しですわね、別にそこまで毛嫌いしなくてもいいのに。


 陽が傾くまで今日も独り、プレートメイルをガチャガチャ言わせて立ち上がる。

 安価な全身鎧だと転んでも自分だけでは起き上がれない、それほどまでに動きに制約が掛かるものなの。

 それにしてもそこらに居る人間と同じとは思えませんわね。成人した殿方と比べても、肩が頭の天辺にあるなんて。


 背の高さがそうだと、体重では子供一人分は違ってくる。個人戦闘で重さは強さに素直に正比例するのが格闘や白兵と言える。

 その手に在る戦鎚で殴られて無事なのはドラゴン位でしょうね。


 人間を振り回すのと同じくらいの力が必要になるだろうことは疑いない。片手で持ってぶら下げているが、一般人では持ち上げるのが精一杯。

 馬鹿力もここまで来れば呆れるのを通り越して、笑うしかないですわ。


「おい噂には聞くが、こりゃあデケェな!」


 茶色の歩道をやって来た、中年の男が見上げる。ちょび髭を生やして、上半身裸にノースリーブのジャケットを着ていた。短めの髪の毛を立たせて口を半開きにしている。

 何かしらこの胡散臭いおじ様は。お世辞にもセンスがあるとは言えない格好ですこと。


「まあいい。おいあんた、名前は」


 周りには他に誰もいない、全員逃げ去ってしまったから。全身鎧の巨人と、妙な姿の中年男。全く見栄えがしない。

 この際誰でも良いですわ、久しぶりの会話をなさいな。ほら。


「お、おでの名前はアボット」


 相も変わらずくぐもった声、鳥の鳴き声や木々のさざめく音しか聞こえないので何とか聞き取ることが出来た。

 アボットが名乗ったのは数か月ぶりで、まともに会話が成立したのも同じ位に久しぶりだ。


「そうかそうか、アボットってーのか。いつも独りでお前も大変だろ、俺から提案があるんだ」


 右手を軽く開いて提案とやらを持ちかけて来る。これだけ目立つ体つきをしている、うまいこと使いこなせることが出来れば楽して稼げると考えた人間の何と多いことか。

 またですの? 良くも飽きずに来るものですわ。


 そうはいっても同じ者が二度やって来たことは無い、理由は色々あるが。

 おじ様も空を飛ぶのかしらね、あたくしも興味深々ですの。


「面倒見てやるからよ、一緒に傭兵やらねぇか?」


 自身で待遇交渉なりを出来ないのは話してみて一発で解った、何せシュノンワーズ城の傍に変な奴が居るというのは結構有名な話だ。返事を待って暫く居るが一向に反応が無い。


「おい、どうだ? 悪いようにはしねぇよ、あんたくらいの力がありゃすぐに稼げるようになるさ」


「うぼぁ……」


 それが承知の言葉とは思えないが、断ったように解釈するにも難しい。

 あらあらあら、また自我が飛んでしまったのですわね。でも大丈夫ですわ、あたくしがついていますもの。


「こっちは真面目に話してんだ、しっかりしてくれよアンちゃん」


 明らかに不快そうな表情でバレルヘルムの中を覗こうとしている。それまでゆっくりとした動きしかしていなかったアボットが、急に両腕を突き上げて叫ぶ。


「ぐぅぁぁぁ!」


「ひぃ!」


 尻もちをついて中年男が情けない声を出した。はた目には襲われているように見えるだろう。

 自業自得ですわ、騙してやろうというのがバレバレですの。それではアボットが怒るのも当然ですわ。


 自分を騙そうとする相手が居るとそれが解る、アボットが得た大精霊の加護の一つ。

 脳足りんの彼を何とかしてやろうと、今までも幾人もやって来た。

 ある時は罪があると権力で屈服させようと、ある時は女の涙で吊ろうと、ある時は……全てが偽りで、激昂すると悲鳴を上げて逃げ出すのだ。

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