第6話 セシリアとの再会
陸のマリオット軍との距離は二百歩余り、詳細装備が見える。
大まかに三種類の兵が橋に群がっていた。それぞれが形の異なる盾を手にして槍を持っている。
戦列歩兵ですわね、この国の兵隊ではあの盾に苦戦するでしょうね。
膝を少し屈めて盾に身を隠せば全身が覆われてしまう、グラン・ダルジャン兵の剣では致命傷を与えるのは困難だ。混戦になれば別だが、そうさせない為の戦列兵でもある。
「王女を捕えた者には金貨百枚を与える! 腕に覚えがある者は前に出よ!」
黄色の服に青い鎖帷子、スクトゥムと呼ばれる縦長で鉄製で楕円形の盾を持った者が賞金が出ると告知する。右手には身長よりなお長い槍を抱えている。
他とは違い天辺と後頭部を守るヘルムを被った男には、三本の赤い羽根が黄銅色の金属の上に立っていた。指揮官であると推察できる。
赤い羽根が二本のも居ますわね。
革の部分鎧を胸や肩に装備した若者が多数進み出た。指揮官とは違い木製の盾に毛皮を張り付けた盾を持ち、投げ槍を手に中剣を腰に履いている。
碗のような鉄製のヘルム、膝までの脚甲もあり主力のように見えた。
アボットと比べたら、どちらの方も軽装でしかありませんわね。
主力が進み出た分だけ最前列の者が場所を譲る。
毛皮を頭からすっぽりとかぶり、ラウンドシールドと呼ばれる木製の丸い盾と複数本の投げ槍を持った若者だ。
防具らしいものは身に着けておらず、とても突破力があるようには見えない。
「選抜戦列兵、前へ!」
意気が上がっている男たちが一斉に橋へと殺到する。
麦わら帽子を鉄で作ったような鍔付きのヘルムに、食事で使われるトレイ位の大きさの四角い小型盾、両刃の直刀を装備したグラン・ダルジャン兵が迎え撃つ。
武器を持つ右腕にだけ保護の為に鎖帷子が巻かれているのが特徴的で、防具は薄手のなめし革鎧が上半身だけ。
王女の護衛兵、武装が間に合わなかったのかしら? それとも戦える者はとっくに戦場に送ってしまったのかしらね。
アボットは休むことなく歩き続け、ついにマリオット兵と話が出来る位まで近づいた。
「おい、貴様何者だ!」
気づいた兵に誰何される。複数人がその声で首を振り向け、一様に巨体の男に驚く。
全身金属鎧で右手にはこれまた巨大な戦鎚をぶらさげ、重い音をたてて近づいてくる。
「止まれ!」
武器を構えて警告をする、ところがこれ以上ない不審な者は変わらず歩み続ける。だが攻撃をしてくるような雰囲気は無く、味方の傭兵ではとの考えが浮かぶ。
河沿いを進み続け、ついに警戒する敵に接触する。だが何もせずにアボットは歩き続けた。
「何だ? 橋への攻撃を志願する傭兵か……」
ゆっくりと一定のペースで動くものだから勝手にそう信じて見守るだけで手を出さなかった。自分から戦おうと考えないのは当たり前だろう、誰だってあんな危険丸出しの奴とやり合いたくなどない。
敵味方が不明なので指揮官に判断を仰ぐが、敵対してこない以上無理に留める必要なしとした。
どうするつもりなんですの?
「姫には指一本触れさせるな! 警護隊、敵を押し返せ!」
「ええい、海軍は何をしておるのだ!」
「封鎖の重装兵、かように手強いとは!」
橋を三分の一ほど行ったところで止まっている馬車、その周りで声を上げているのは老年の男達。セシリアの身の周りで各種教育を司った、言わば三師だ。
それぞれが必死に戦っているが時間ばかりが浪費されていく、このままでは湾の封鎖に失敗する恐れもあった。時間は不利に働いて行く。
ついに橋の袂にまでやって来たアボット、並み居る戦列兵を割って石造りのテオドール橋に踏み入れる。
そこでようやくマリオット軍の指揮官の目に触れた。
「おお、何たる巨漢。あれはどこの何者だ」
左右の者らに問いかけるが誰一人として解らず首を横に振る。
高揚して戦っている選抜戦列兵も目の端に姿が映るとつい二度見してしまう。
他の兵等よりもバレルヘルム一つ背が高いせいで、王女護衛隊からは丸見えだった。
「あれは……前庭のクズか、姫様にあれだけご慈悲を頂いておきながらマリオット軍に味方するとは、なんと破廉恥な輩であるか!」
物騒極まりないアボットが、シュルクノーズ城の芝生でぼーっとしていられたのには理由があった。セシリアが彼を遠ざけることが無いようにと、王に請願し、それが認められたからに他ならない。
そうでなければ王女が住まう城のすぐ傍に、不審人物の存在を許すわけがないのだ。
マリオット兵の間を歩いてくる、それこそが裏切りの証拠だと三師が憤慨する。
周りの様子がおかしいことに気づいた王女が、馬車の小窓を開けてあたりを窺う。するとそこにはいつも遠目に見ていた、あの鎧男が居た。
「アボット」
それは小さな声だったが、待ち焦がれた響きは彼に届いた。
その場で立ち止まると馬車の方を向き小窓の中をじっと見つめる。
「……セシリア様ぁ」
手前に居る戦列兵の肩に手を掛けて脇へと押し寄せて一直線向かう。それを阻もうと護衛兵が膝を笑わせながらも何とか打ちかかって来る。
不快な音をたてて剣は鉄鎧を滑った。二人、三人の攻撃を受けようとも無視して馬車の傍へとやって来る。
「へ、兵よ、そ奴を止めよ!」
言われずとも解っているが、切っても突いても全然びくともしない。盾を翳して体当たりする者もいたが、自身が跳ね飛ばされて尻もちをつくだけで終る。
「セシリア様ぁ……お、おで……」
「アボット、私はあなたを信じています」
そう言うとにっこりと微笑む。小窓から見える僅かな表情でしかないが、前に見た笑顔と変わらないことに感動する。
信じているという言葉に精霊の加護が反応しない、セシリアが心の底から真実そう思っている証拠だ。
「おでは……おでは」
それでもどうしたら良いかが解らず立ち尽くす。自我を喪い、欠けた知性では考えが及ばないのだ。
「そこのクズ良く聞け! 姫様の慈悲を少しでも感じたなら、あそこに拠っている敵を蹴散らし姫様をお助けしてみせよ!」
大楯を並べて頑強な抵抗をしている数十人の重装歩兵を指さす。アボットを利用しようとしているのは事実だが、セシリアの助けになるのもまた事実。
加護が反応しないので感情が触れない、僅かながらも道を示され体の向きを変える。
「セシリア様……助ける……」
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