第3話 戦争の兆しと街の庭
◇
庭園で空を見上げること四年、毎日変わらずにぼーっとして過ごしていた。
相変わらず不気味な存在であることに変わりは無いが、ふとしたところで鎧の中身が一部に知れた。
二十代前半で、結構端正な顔つきだというのが。
顔に似合わずアホっぽい、そんなことを言うような者達は無視したら良いんですわ。
ずっと座っていると、時折老夫婦が食事を振る舞ってくれたりした。年齢を重ねれば悪い人物かどうか位解る、というのが理由らしい。
元々庭園は領主の所有で、市民に開放している。その割には何が起こっても衛兵が助けてくれることは無かった。要するに治安が悪いわけだ。ところがアボットがここに居座るようになってから、柄の悪い奴らが現れることが減った。
「今日も好い天気だねぇ」
通りすがりの中年女が誰にというわけでは無いが喋り出す。ピクリともからだを動かさずに、アボットは流れる雲を見詰めていた。何にも興味を示さない、雨が降ってもずっとそのまま。
「何でもマリオット王国が攻めてきてるそうだよ。国境のクロワゼットは陥落寸前だとか、嫌だねぇ」
グラン・ダルジャン王国の首都であるシュルクワーズ、そこから東に暫く行ったところにあるのがマリオット王国だ。
国境線にある街がクロワゼット、要塞都市と呼ばれる戦闘用の備えがされている都市が陥落寸前というのは穏やかではない。
国がどうなろうと関係ないですわ。ここがうるさくなるのは嫌ですけれど。アボットもそう思いませんこと?
「マリオット王国が戦争に勝ったら、この国も取り潰しかねぇ。セシリア様もお可哀想に」
中年女が何気なしに口にした名前、初めてアボットが反応を見せる。ガチャリと体勢を変えたせいで金属音がなって驚く。
「セシリア様……かわいぞう?」
初めて喋ったのを聞いた女は、目を丸くして「なんだ喋られるじゃないの」などと呟いている。それもそのはず、ここ数年殆ど口を利かずに過ごしてきた。
まあ、自分から話しかけるなんてどうしたのかしら。
ヘルムの正面を女に向けたまま動きが止まっている。
風が吹き抜ける、赤紫の花が揺れた。何かに傷つけられていたのだろうか、強い風が一瞬だけ巻き起こると、首が折れてしまう。
「国王にはセシリア様しかお子がいないだろぅ、もしお二人とも落命されたらマリオット王国が三代前にグラン・ダルジャン王国の姫を貰っているから、それを理由にして王国を継承するって寸法さ」
血統主義のこのあたりの王国、婚姻政策で隣国の王家の血が混ざっているのだ。
力があればどうとでも出来るが、名目として同系統の血があるならば、民衆も感情的に受け入れやすい。
簡単に言えば又従兄弟という関係ね、本当はそうまで簡略するわけにはいかないのだけれども。
一度喋り始めると中年女性の口は開きっぱなしだった。グラン・ダルジャン王国に裏切り者が居るだの、軍隊の強さでは向こうが上だのと、井戸端会議で集めて来た話を盛大に吐き出す。
そう信じているせいもあってか、精霊の加護で感情が乱れることが無かった。
「セシリア様が……」
心配をしたからどうにか出来るわけでも無く、またそうそう簡単に負けるとも思えない。
視線を白亜の城へと移す。一番奥の角部屋には刺繍がなされたカーテンが掛かっていて、きっとそこがセシリアの部屋だろうとずっと思っている。
近づくことは出来ないし、連絡を取ることも出来ない。ただ彼女の無事を祈るだけ。
そう、あなたは願うのね。
「あんたも心配なのかい? 近いうちに、広場で王様の演説があるって話だよ。もしかしたらセシリア様も一緒かも知れないねぇ」
つぶやきを耳にして力なく微笑み教えてやる。とはいえ何があってもいつもここにいるので、きっと広場で演説を聞くことなど無いだろうと思いながら。
その後は何を話しかけても反応が無いので、どこかへ行ってしまう。
五年ね、わたくしと共にあって自我の欠片で過ごした時間。後悔したなんて言わせませんことよ。
◇
河に囲まれた土地、外界との唯一の接点は石造りのカーレル橋。
グラン・ダルジャン王国の行く末を憂えう国民が多数集まり、橋の上まで人だかりが出来ている。
一つの街の区画そのものが城の一部になっていて、右から左まで首を捻って窓の数を数えると百では足りない。それが六階層あり、中央部には四本の尖塔に囲まれた象徴的な装飾の内城が聳え立っていた。
これは戦いの為のお城じゃありませんわね。まあ、首都にまで侵入されるようではそもそもがお終いですわ。
広場に物凄い群衆が詰めかけて、今か今かと国王の演説を待っている。
そんな中にアボットは居た。これだけぎゅうぎゅう詰めになっているというのに、その周りには空間があり接触を避けられている。
くっつかれるよりは気楽でよろしくてよ。
身分ある者達は城の内側に身を置き、準じる者は広場の前列に集まっている。その他の大勢はやって来た順番に好きな位置を占めていた。
アボットは広場の中心、自身が城のバルコニーの人物を見て解る程度の距離に立っている。巨大な戦鎚を肩にある突起に引っ掛け、両手は拳を握りしめている。
「おい、扉が開くぞ!」
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