英雄の器 3 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
バスコ・エレトゥラーリア。星巡りの地におけるもっとも重要な場所とされる王都。
煌びやかで、夜も明るい。バスコにはないものは、世界にない。
そんな誇大な言い分もきっと正しいのだろう、そう思えるほどの人と物の数たるや。
俺たちがいたグランホーの終地はクソ田舎だったらしいと思い知らされる。
バスコでの生活は満足している。英雄の器という賓客……の保有者として、俺の生活は保障されている。俺の懐にはすでに大量のシルクが入っているのだ。具体的にいえば6万シルクもの生活費をリドルからもらっている。これで王都での生活基盤を作るまでの繋げ、とのことだ。
バスコは巨大な都市であり、分厚い城壁に囲まれている。怪物の姿を目にする機会すらないだろう。上下水道も整備されていて、道端に糞尿がまき散らされてもいないし、大通りから見える路地に死体が転がっていることもない。
グランホーに比べればここは雰囲気もあいまって天国みたいな場所だ。仕事もせず、暇を持て余し、屋台で好きなものを買って食う。まさに俺が望んでいた生活が手に入った。
そして2週間経った。アルウは毎日、鍛錬と可能性の模索に励んでいる。
俺は白神樹の騎士団本部、その修練場のひとつへ足を運ぶ。ここにアルウがいる。
見学席に腰をおろす。隣にデカいやつが座ってきた。
「アルバス殿、今日も来ているのか」
「俺は財産の管理はしっかりやるんだ。アルウを見捨てたあのガキ王子と違ってな」
「よせ、アルバス殿。ルガーランド様への侮辱は冗談では済まされない」
ウィンダールはムッとする。俺は表情を崩さず、彼から視線をずらし、グラウンドで教官が腕組みをしているすぐ横で、一生懸命に剣を素振りするアルウを見つめる。
「はぁ、貴公の言葉は危うすぎてかなわない」
「そんなことどうでもいいだろ」
「貴公の態度は心配にすぎる。ルガーランド様はもっともお優しい半神である。貴公がアルウ殿の主人であり、私をくだした実力者だからこそ、その無礼を許し下さっているのだ。ほかの方々ではまずこうはいかない。絶対にその態度はやめるべきだ」
「わかった、気が向いたら直す」
俺は顔を手で覆い、深くため息をつく。
「貴公、以前よりずいぶん、なんというか投げやりになったな」
俺は答えない。ウィンダールの言葉は、誰でもわかる推理をいち早く口にだす探偵のようだ。
「……彼がルガーランド様に謁見した。剣を抜きかけた」
顔を覆っていた手をずらし、目元だけだしてウィンダールを見る。彼は俺から視線をそらしアルウのほうを見続けている。
「彼? もしやあの品性のないホッセ・ハフマンとかいうクソガキのことか? あいつまだバスコにいるのか。一発教育してやったのに」
「ホッセ殿は問題のある人格だが、英雄の器だ。明らかに才能がある。素養は末恐ろしい域といえる。貴公とて不意打ちをしなければいけないと判断したほどなのだろう?」
先週の酒場でちょっとしたトラブルがあった。アルウはここのところ黒コショウベーコンにはまっている。グランホーでは手に入らなかった黒コショウをふんだんにつかった大都会特有の食べ物で、アルウはそれがいたく気に入っているのだ。ウィンダールが紹介してくれた美味しい黒コショウベーコンを食べることができる店こそ、件の酒場なのだが……そこで英雄の器のひとりと鉢合わせてしまった。相手の態度が悪いので、俺はひとつ理解させたというわけだ。
「いや、あれは気がついたら手が出ていたんだ」
「先週から貴公のことを探しているらしい。お礼がしたい、と」
「なんだ、まだ殴らせてくれるのか。いや、もういっそ埋めるか」
「アルバス殿、彼を殺さないでいただきたい」
「あんなカスなら死んでも誰も文句は言わないだろう。あれほどの腹の立つイキリ野郎は久しく見てなかった。気持ちよくぶちのめすのが世のためだ。世界が平和になる」
「ここはバスコだ。それに彼は重要人物だ。死んでもらっても、都市を出ていかれても困る」
ウィンダールは指を3つ立てる。
「そして、また英雄の器がたどり着いた。新しい……3名だ」
「1+1+3で5なんだが。この2週間で集合か? 捜索隊は予定合わせでもしているのか?」
「すべては偶然の示しあわせ……否、これこそ白神樹がもたらした祝福の導きなのだ」
1年半前にルガーランドが送り出した捜索隊たちが、ほぼ同時期にバスコに帰ってきた。
確かに運命だとか、導きだとか、言いたくなる気持ちもわかる気がしてしまう。
「英雄の器が揃ったことに兄王様が興味をもたれたようだ」
「今まで弟にすべて任せていたのに、プロジェクトが完了したらにじり寄ってくるか。神族というのも案外、人間っぽいんだな」
「アルバス殿、頼むからその牙をおさえてくれ。ホッセ殿への殺意を押さえこんで我慢を重ね、腐って、心が荒んでいるのも、理解をしてやれるが、神族への侮辱は本当によせ」
声をちいさくしてウィンダールは注意してくる。その顔があまりに真剣だったので、俺はしぶしぶ「わかった。悪かった」と謝っておくことにした。ウィンダールは俺とバスコを繋ぐ関節だ。俺が問題を起こせば、彼の迷惑になるのだろう。別にこいつのことは好きじゃないし、ただ単に2カ月以上の長旅をいっしょにしただけの関係だし、いや、本当にどうでもいいのだが、まあ、すこしくらいはメンツとか、体裁とか、そういうのに気を使ってやることも、やぶさかではない。
─────────────
神殿は大きくわけて2つの層からなっている。
上層と下層だ。2つのエリアには明確な違いがある。
下層は白教の本部になっている。聖職者や聖騎士らがうろちょろしてる。神殿の大部分はこの下層であり、目に見えているほとんどの建物はこの下層だ。
上層は神の一族が住まう場所である。当然だが、誰でも入れるわけではない。選ばれた聖職者と身の回りの世話をする人間だけが足を運べる。建物は白神樹の幹を削りだした空間へ繋がっており、白教においてもっとも神聖で重要な場所とされているとか。知らんけど。
「リドル、サリよ。いまのアルバス殿は知っての通り、見た者、聞いた者、触れた者すべてに噛みつき、切り刻む危険な刃のような状態だ。刺激を与えないように気を付けるのだ」
「ひええ、普段から顔面凶器で、悪口の市場だというのに……‼」
「……尽力します」
「普通、俺の聞こえないところでそういうのやらないか?」
俺とアルウは、ウィンダールと、彼の右腕サリ、お人好しのリドルとともに、神殿下層にある大聖堂前広場にやってきていた。広場の奥には門があり、それはすでに開け放たれ、扉のずーっと奥に暖色と寒色が、目が痛くなるような配色であわされたステンドグラスが見えている。
広場にはいくつか影がある。
どいつもこつもむさくるしいやつらだ。
目につくのはひげもじゃのずんぐりむっくりしたドワーフ族のおっさん。あとはウィンダールに劣らないくらいの体躯をしている狼頭の獣人。それと頭に角、背中に翼、腰の付け根からトカゲみたいな尻尾を生やしている……あいつ……あれが噂の竜人族っていうやつだろうな。
この3名が新しく到着したという英雄の器っぽいな。
「うお~集まってるじゃねぇか、強そうな野郎どもがよぉ」
ある青年が遅れて広場にはいってくる。気弱そうな騎士がそのあとに続く。
蒼い髪をしていて、爽やかな顔立ちをしている。
肩幅がひろく、筋肉質だ。腰には剣をさげており、剣帯ベルトの反対側にはさらにもう1本、計2本の剣をひっさげている。
「あっ、エルフのがきんちょだぁ~」
青年が軽薄な声でそう言うと、現場に緊張感が走った。主にリドルとサリ、そしてウィンダールが俺のほうを見てくる。ひとりは怯え、ひとりは眉をひそめ、ひとりは顔をちいさく横にふる。
「そんな警戒しなくたっていい。俺だって大人だ。ガキの喧嘩なんざわざわざ買わないさ」
「先週、見事に購入して、流血沙汰になったから我々がこんな気をつかっているのです」
サリは表情を変えず、まっとうな意見をいってくる。
「俺は正論が好きじゃない」
俺は腕を組んで、心頭滅却する。心を落ち着かせれば、腹が立つこともない。
苛立ったからってすべてを暴力で片付けるわけにはいかない。
やり方は心得ている。かつては我慢こそ俺の一番の得意技だったからな。
「女で、貧相で、ガキで、んで奴隷。これが英雄の器? なんの冗談なんだ~?」
青年は演説でもするようにくるくる回りながら、酔っぱらいみたいな足取りで俺の眼のまえにくる。青年はえくぼを浮かばせた笑顔で「へへ」と喉の奥から枯れたような声をだす。
「ホッセ殿、普段からそうして目についた者に挑発を行っているのかね?」
ウィンダールは問う。蒼い髪の青年──ホッセは俺から視線を外し、ウィンダールへ向き直る。
「いいや? 俺はさ、弱い者いじめが好きなんだよ。強いやつのプライドを折って、俺に服従させるのはもっと好きだけどさ」
ホッセは俺のほうを睨んで露骨に威嚇してくる。
「おい、お前に言ってんだよ、悪人面、先週の借りかえしてやるよぉ」
ホッセは剣の鍔口をカチカチ鳴らした。
「どうしたクソガキ、剣でおままごとでもしたいのか? やるならそっちから斬りかかってこい。そうしたら俺だって気持ちよくお前を血祭りにしてやれる。2秒でバラバラにしてやるぞ」
「アルバス殿‼」
「かっちーん、あぁ流石にブチ切れちまったぜぇ、なぁああ、おい⁉」
ホッセは剣をほとんど抜きかけ、踏み込みかけ──直後、ウィンダールが俺とホッセの間に身体をはさんだ。
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こんにちは
ファンタスティック小説家です
あるいはムサシノ・F・エナガです
というわけで『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』の発売前の投稿はおしまいです
第二章の冒頭までを投稿しましたがいかがだったでしょう?
面白い! 続きが気になると思ってくださったら★評価やコメント、♡いいねなどをよろしくお願いします!
続きは本日2024/4/5発売の『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』で読むことができます! 頑張って執筆しましたので買ってくれたら嬉しいです!
次は2巻のあとがきでお会いしましょう
失礼いたします
【完結】 俺だけが魔法使い族の異世界 ファンタスティック小説家 @ytki0920
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