英雄の器 2 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
「ぐへえ⁉」
「あぁあああ‼ ルガーランド様ぁああ⁉」
ウィンダールと周囲の付き人たちは吹っ飛んでいった王子に駆け寄り、俺は倒れそうになるアルウの身体を支えた。ふう、よかった、危ないところだった。
「あ、アルバス?」
「大丈夫か、いまバランスを崩していたぞ」
「だ、大丈夫だよ、別になんとも……いたたっ」
「足を捻挫したのか? そうか盾の重みで挫いたんだな?」
重症だ。緊急手術が必要だ。最高級の治癒霊薬を使わないと命に関わるだろう。
「ウィンダール、悪いが用事ができた。いますぐ錬金術師を探す。治療が必要だ」
「待てい、貴公‼ いま貴公がなにをしたのか、わかっているのか‼」
「ウィンダール、大丈夫、ぼくなら……平気だ」
ルガーランドは壁にめり込んだ身体をおこし、口端をしたたる血を腕でぬぐう。
しまった。アルウを守ろうと夢中になって蹴り飛ばしてしまった。
「貴殿、手は出さないって話だったはずじゃないかな」
「ああ、あれは嘘だ」
「そうか、貴殿はけっこう嘘つく感じなんだ」
「意外だろう。だが、嘘をつくつもりはなかったんだ。いまのは緊急事態だった」
「……そうかな?」
ルガーランドは臣下たちと顔を見合わせる。
やれやれ、仕方がないな。王子に怪我をさせてしまった。
俺も大人だ。こちらに非があるのなら許しを得る努力をしないといけない。
「悪かった。本当に間違えた。心から悪かったと思っている。超すごく反省している」
「すごく不貞腐れているね。これほど謝ろうという気持ちが伝わってこない謝罪ははじめてだよ」
ルガーランドは肩に服についた埃を拭いながら、アルウを見下ろす。
「アルウは怪我をしたのかい。ずいぶん慌てているようみたいだけど」
「捻挫した。ひどい怪我だ。バスコで一番腕のいい錬金術師を紹介してくれないか」
「……うーん、捻挫というのは、つまり足をひねってしまった、ということかな」
「そう言っているだろ。こっちは重症患者がいるんだ、余計な時間をとらせるんじゃあない」
「……。ふむ、ウィンダール、ぼくは大丈夫だよ。彼とアルウに錬金術師を紹介してあげて」
「あなたがそういうのでしたら……わかりました。アルバス殿、ついてくるんだ」
「アルバス……わたし、恥ずかしいよ……」
「大丈夫だ、絶対に助けてやるからな。おとなしくしてろ、アルウ」
俺はアルウを抱っこして、ちょっと怒っている感じのウィンダールについていった。
─────────────
王子の部屋は白いふわふわのクッションがたんまりと並んでいた。
その近くには大きな机があり、古びた紙と光る結晶、たくさんの本が山のように並んでいる。
この部屋に入ることを許されている者は少ない。
ルガーランドが信頼する臣下だけが、ここで彼に会うことを許される。
「ルガーランド様、アルバス殿とアルウ殿にレイモールド錬金術院を紹介してきました。付き人にはリドルとサリをつけてあります。今日はもう宿にもどって休むそうです」
「なるほど、たしかに豪傑の者、だよ」
ルガーランドは乾いた笑みを浮かべる。少年が浮かべるには年季のはいった表情だ。
椅子に深くもたれかかり、彼は楽な姿勢をとる。
「アルバス・アーキントンと、あのエルフ、アルウ。彼らとはどこで出会ったんだ」
「遥か南、深き地のヒスイドル、森林の手前にあるグランホーの終地と呼ばれる辺境です」
「グランホーの終地……ヒスイドルのどのあたりだい?」
ウィンダールは地図で指差しては、その場所にあった街の歴史をさかのぼっていく。少年は目を閉じ、脳裏に刻まれた長き時間のなかから、かすかに聞き覚えのある街の情景をひっぱりだす。
「ぁぁ、あそこ、か。ヒスイドル戦役で駐屯地があった場所だね。荒野族の末裔たちが住んでいたちいさな村だったけど、今は街と呼べるほど大きくなっているのだね」
「死の香りのする街でした。あまり長居したくないような」
「まあ、そうだろうね。荒野族がいっぱいいるのなら、死の秘術がまだ残っているのだろうさ。興味深い街だ。いつか行ってみたいものだね」
ペン先を走らせ、ルガーランドは些末な紙に「ヒスイドル、グランホーの終地、陰の街、死の痕跡?」と記した。彼はこうしていつかのために備忘録を残すくせがあった。
「アルバス・アーキントンはすでに完成されている。アルウもどれだけ成長するのか楽しみだ」
「アルウ殿に成長の余地を感じましたか?」
「その聞き方か。では、貴殿はなにも期待していないと?」
「私ではなぜアルウ殿が英雄の器なのか、その理由を見つけることができなかったのです」
「森のエルフ族たちは弓の名手なことで有名だ。人間族にはない鋭い聴覚は、森のなかで獲物の気配を感じ取るのに優れている。尺度と環境、武器や敵、それらが変われば戦士の評価も変わるものだろう? だから、心配はしていないよ。きっとアルウ殿には才能があるんだろう。あの老婆はうさんくさいが、その予言はたしかなのだから信じようじゃないか」
ルガーランドはそう言い、楽観的な姿勢を示した。
翌日、アルウは召喚され、第四王子ルガーランド直々にその才能発掘が行われはじめた。
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