英雄の器 1 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
第二章 英雄の器
風のニンギルを出発し、1カ月ほど経った。
期せずして得た魔羊の討伐褒賞は、ウィンダール騎士隊をバスコまで迅速に旅させてくれた。
平原を越え、大地を馬でかけると、いつしか空には巨樹が見えはじめる。
たびたび聞き及んでいたので、見ればすぐに正体に気づくことができた。
白神樹。あれはそう呼ばれている。天を覆うようなデカい樹だ。並みの高さではない。太陽のひかりを遮り、神聖な白い光をはなつ幹が、その周辺地域を永遠に照らしている。夜はこない。闇におびえる必要はない。白神樹の麓ではすべてがその偉大な祝福の庇護下にある。
白神樹が見え始めてから、さらに1週間ほど馬を走らせるとバスコにたどり着いた。
荘厳な白壁に囲まれた巨大都市は、白神樹のすぐ麓に築かれており、長大な城壁が二重三重になって、都市をそれぞれの区画に隔て、段差を多重的につくりだしている。
「100年かけて現在の神殿はこれだけの規模になったとされている」
ウィンダールと馬で並走していると教えてくれた。
「神殿は具体的にはどの部分だ」
「白神樹のすぐちかく、背の高い尖塔の群れがあるであろう。あれが神殿だ。まだ建設中で、完成は100年と後言われているな」
それって着工から数えて200年かかる計算なのだが。デカすぎんだろ。
旅がはじまる前からバスコのことは聞いていたが、実際に目にしてみるとみんなが口を揃えて「偉大な都市」と形容する意味がわかろうというものだ。
バスコの巨大な城門が解放され、騎士隊はするりと都市に入ることができた。門番をしている衛兵たちは、ウィンダールの姿をみるなり駆け寄ってきて、労いの言葉をかけたり、眼帯をしている目のことをひどく心配した。もしかしたら俺のことを何か言われるのかと内心で身構えていたが、ウィンダールが眼帯と俺を結び付けて話すことはなかった。
代わりに俺の顔をみた衛兵たちは「ひええ⁉ な、なな、なんでありますか、この殺人鬼は⁉」「確実に堅気じゃない顔だ……‼」「目がイってやがる‼」「どんな悪事を重ねればこんな凶器のような顔に⁉」とさんざん恐れられ、バスコでも殺人鬼・殺し屋あたりで認知されることが確定してしまった。この悪人面への評価だけは、星巡りの地どこへいっても同じというわけだ。
バスコについた3日後。
俺とアルウはウィンダールに連れられ神殿へと招かれていた。
静粛な空気が流れていた。幾何学的な凹凸をもつ白壁に囲まれた高い天井の間だ。バスコにある数多の建物と同じようにここも白い石材を基調につくられている。
この場は人間の支配する領域ではない。
俺の隣、俺の手を握るアルウは震えている。
ぺたぺたぺた、と音が聞こえてくる。素足がひんやりとした石床を歩く音。
無駄に広い空間の奥のほう、玉座の裏手からスッと人影が現れた。
華奢な少年で、病弱そうともとれるほど細く、薄い。黄金に輝く髪は白を基調とした衣にあっていて、神聖な雰囲気を感じた。白い衣をまとっていた。やや布面積が少ないというか簡易的すぎる服装で──あるいはドレスなのかもしれない──、勝手な想像だが古代ローマ人が着てそうな雰囲気だなと思った。金色の装飾品を下品にならないように身に着けている。
輝く髪のあいだから、儚げな蒼い眼差しをこちらへ通してくる。
ひと通り視線を動かして満足したのか、最後にはウィンダールのもとで視線がとまる。
「ご苦労であった、ウィンダールよ」
ウィンダールはその場で片膝を床について頭をたれた。
アルウは合わせて慌てて片膝をつこうとしたが、俺がそれを止めさせた。
「アルバス、空気読まないと……」
アルウにまで空気読めないと心配されてしまうとは。
「大丈夫だ、アルウ、俺は空気が読めないわけじゃあない」
「それじゃあ座ろうよ……」
「座るじゃない。これはかしずくという行為だ。俺は別にかしずきに来たわけじゃない。アルウ、お前だってそうだ。俺たちはもてなされてしかるべきだ。何の義理もないもないのに、これから救済を与えてやるんだから」
このアルバス・アーキントン、前世では服従と遠慮にまみれた人生だった。弱ければ死に方も選べないし、身のふるまいかたも選べない。幸い、俺はどうやら強い。だから、今生は誰にも服従しないし、遠慮もしないと決めている。たとえそれが神たる王の一族であろうとも。
こちらを見つめる蒼瞳と視線を交差させる。
「面白い。たしかに私たちは救いをもとめて英雄の器を集めた。貴殿の言う通りかもしれない」
「そう思ってくれるのなら良かった。価値観を共有できている」
「貴殿から絶対に服従しない、というような姿勢、あるいは心構えともでもいうのか……それとも違うなにか。そう、貴殿はきっと服従させる側であり、服従するようにはできてないんだろう」
「? なんの話をしてる?」
「ただ、そう思ったんだ。そんな気がしたんだよ」
神聖な雰囲気の金髪の少年は、ゆっくりと玉座をはなれる。少し高くなった段差のうえから、俺たちと同じ高さの床のうえへと、ペタペタと音をたてながら降りてくる。
身長差があるので、少年のほうが目線はずっと低くなった。
「これでどうかな」
「別に目線の高さをあわせれば対等というわけでもないだろう」
「はぁ、それじゃあ、ぼくはどうすればいいんだろうか」
「ルガーランド様、この男は天邪鬼です。満足のいく答えを見つけるのは不可能に等しいかと」
「おい、そんな話の通じない相手でもないだろ、俺のことをなんだと思っている」
「そっか。ずいぶん面倒くさい人を連れてきてしまったんだね、ウィンダール」
そう言って少年は腰裏で手を組んだ。顎をクイッとちょっとあげ、やや斜に構える。
「自己紹介が遅れたね、ぼくは王ルガルニッシュの第四の息子にして、バスコ・エレトゥラーリア第四の王子、ルガーランドだ。貴殿も名前を聞かせてくれるのかな」
「アルバス・アーキントンだ」
「伝統的な名前だね」
腕を組み、少年はしげしげと言った風にうなづく。
「そうか。よくいる名前と馬鹿にされることも多いが、あんたは優しいんだな」
「いい名前だと思うよ。恐れ多いとも言えるけれど」
少年は言って、しげしげと足の先から頭の先まで舐めるようにみてくる。
「貴殿はすでにずいぶん……あぁ、ずいぶんと強そうだね」
強いらしい。でも、大半は俺の力のようで、俺の力ではない。
「もはや英雄だ。器というより、英雄として完成しているような気さえする。ウィンダール、すごい逸材を見つけてきたんだね。ビバルニアの予言が正しかったなんて」
王子ルガーランドは大変に機嫌がよさそうにウィンダールを見つめる。だが、ウィンダールのほうは気まずそうにずっと顔を伏せている。
「というかいつまでかしずいているんだい。いつもみたいに楽にしてくれていいよ」
ウィンダールは遠慮気味に腰をあげる。さっきから思っていたが、だいぶフランクな王子だ。無礼も気にしない。もっとイカついやつをを想像していた手前、想像の200倍くらい接しやすい。
「ルガーランド様、その、実は彼は英雄の器ではありません」
「そうなのかい? それじゃあ野生の英雄ということかな」
「はい、いかにも。この男は野生の英雄です」
適当な紹介をしているな。
「予言の英雄は、この恐ろしい顔の男ではなく、こちらのアルウ殿であります。ほら、予言は緑髪のエルフ、とのことだったはずでありましょう?」
「あぁ……そうだった。もうずいぶん前のことだから、抜け落ちていたよ、エルフだ。そう、貴殿らが探しに向かったのはエルフだった」
王子の瞳がアルウをとらえる。アルウはビクッとして俺の服の裾をつかんだ。同じ目線だからこそ、威圧的に感じたのだろうか。
「貴女がアルウか」
「そ、そうです……」
「うちのアルウが怯えている。同じ高さで話すな」
「貴殿の言っていることはめちゃくちゃだよ。対等に話せと言ったと思ったら、今度は同じ高さで話すな、だなんて。一体どうすれば貴殿は満足するのだろうか」
「うぅ、すごく正論……アルバス、もういい、恥ずかしい、やめて、わたしは大丈夫だよ」
は、恥ずかしい? アルウが初めて口にした言葉だった。俺はビクッとして背筋が凍り付く感覚に襲われた。俺の言動がアルウに恥ずかしさを覚えさせてしまったのか……?
「彼はアルウの、親族なのだろうか。エルフには見えないが」
「アルウ殿はアルバス殿の奴隷です。いつも決まって『俺の大事な資産』というふうに主張してきます。アルウ殿を英雄の器として召喚しようとしたところ、資産を奪われるわけにはいかないとのことで彼も同行してくれることになったのです」
「ふむ、奴隷か。たしかに恐ろしい人相だ。アルウ、貴女がこの主のことを畏れているのなら、ぼくが解放してあげてもいい。英雄の器が奴隷の身分に甘んじて、眠っている可能性を腐らせ、虐げに身をやつすことなど、望んではいない。我が臣下が骨を折ってこの地へ召喚してくれたのだし」
「うんん、大丈夫です。わたしは不幸なんかじゃない。そうだよね、アルバス」
「んえ? あぁ? 悪い、よく話を聞いてなかった」
アルウに恥ずかしいと言われたあたりから、意識が朦朧としていた気がする。何の話をしていたのだろう。アルウが俺の袖をぎゅっと握っているので、なにか聞かれた気がしたが。
「ふむふむ、そうか。介入する必要はないとみえるね」
ルガーランドは腰裏に手をまわし、薄い微笑みをうかべて、背を向けた。
広々とした間、控えていた使用人っぽいやつらが動きだす。
どこからともなく持ってきたのは武器棚だ。
大きい剣からちいさい剣までたくさんある。槍や棍棒、盾にグレイブ、フレイル、砲丸などなど。
「英雄の器がもつという才能を感じてみたい。予言はどうして貴女のような者をバスコへ導いたのか。そこにどんな意味があるのか、戦いのなかで見いだせるかもしれない」
「アルウに武器をとって戦ってみせろ、とでも言うつもりか」
俺はきっとムッとしていたのだろう。ルガーランドは「そう恐い顔しないで」といさめてきた。
ちいさな手がポケットから硝子を取りだす。何かが割れた破片なのだろう。形状から察するに、手のひらサイズの、球体の硝子の破片……たとえば水晶玉の欠片だろうか。
「予言を得てから15年も経った。予言を復元し、信頼できる臣下を送り出してからは、1年と半年。ようやくひとり目がやってきた。首を長くして待っていたんだよ。それなりに楽しみにして」
ひとり目? 英雄の器ってほかにもいるのかよ。
俺が呆けていると、アルウは意を決した顔で、俺の袖を離し、武器棚のほうへいってしまう。
「アルバス、大丈夫だよ、ここにはすごく小さい剣もある」
「馬鹿か、剣術の訓練もろくにできてないのに、いきなり武器を渡されてどうにかなるわけがないだろう。たとえようやく握れる剣が見つかっても、ただ見つかっただけだ。ようやくそこでスタート地点だ。アルウ、戦うな、無駄だ、無謀だ、あまりに意味がない」
アルウに怪我をしてほしくない。こんなの不毛すぎる。
「アルウ、なにしてる、なんで武器を選んでるんだ。やめろ」
アルウはムッとしてこちらを見上げてくる。ちょっと怯む。
「わたし、自分がなにをできるかなんてわからない。でも、なにかしてみないと始まらないよ」
「……。それはそうだが、順序ってもんがある。足運びでわかる。あのルガーランドとかいうやつ、ずいぶんと心得ている。素人じゃ絶対に勝てない。いや、俺でも勝てないかもしれない。知らんが」
「それでもだよ。アルバスも、ウィンダールも、リドルも、騎士隊のみんな、最初は剣を一生懸命教えてくれようとしてたけど、いつしかだれも剣を握らせようとすらしなくなった」
彼女の声はわずかだか震えている。恐かったのだろうか。彼女は自分の無力を呪ったのだろうか。あるいは価値があると信じられている皆の期待に、応えられないことが悔しいのだろうか。
「でも、アルウ、それは、人には向き不向きがあってだな──」
「わたしは期待されてるの。禍に立ち向かうことを。眠ってる才能がなにかあると思うんだ」
「その可能性は大いにある。だから、ゆっくり探していけばいい。俺は俺の資産を危険にさらしたくない。死んだらどう責任をとるんだ、アルウ、お前に言ってる。保証できないだろ?」
「その時は……ごめんなさい、と言うしかないかも……」
アルウは口をつぐみ、語尾をちいさくし、ごくく小さな剣とヒーターシールドを手に取った。
ヒーターシールドのほうは小さくないし、金具があしらわれた丈夫なものだ。ずいぶん重量があるらしく、持つだけですでにふらついている。見ていられない。
でも、うちの子は頑固だ。
グランホーの終地を出てくる時だってそうだった。
自分の信念をもっている。
儚く、か弱い子には違いないが、確かな強さをもっている。
俺がこの子のためにできることは……なんだ?
「それで話はついたかな。貴殿の奴隷をすこし借りてもいいかい?」
ルガーランドは待ちくたびれたとでもいう風に肩をすくめた。
「あぁ。いい。さっさとやれ。俺は手出ししない」
「ありがとう。安心して、怪我はさせないから。これでもそれなりに剣は得意だから」
ルガーランドの手にはちいさく細い木剣が握られている。
少年と少女は向かい合う。ハラハラしながら俺は冷汗をかいて見守る。
片や木剣をゆるりと握る王子。
片や小さな直剣とヒーターシールドを持つので精一杯なエルフ。
ルガーランドは「いくよ」と優しい声で言い、小走りで近づき、木剣をふりあげた。
アルウはビクッとして頑張ってヒーターシールドを持ちあげる‼
あぁ持ち上がらない‼
無理に持ち上げようとしたせいでバランスを崩した‼ あぁあああ‼
「よっせええ────‼」
気がついたら身体が動いていた。アルウとルガーランドの間に割ってはいり、うちの子に近づいてくる脅威を足蹴にしてふっとばし排除する。
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