暗黒の羊 7 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』

「もしかして、君、魔法使いの弟子だったりするのかい?」


 キリッとした鋭い目で俺をみてくる。どうして魔法使いではなく、その弟子だと思ったのか、いまいちピンとこない。俺は表情をかえず「残念だがちがう」と正直に答えた。嘘はついてない。


「本当に? そんなに強いのに? 君のあの魔術、ちょっと尋常ではなかったと思うんだけど」

「しかし、弟子、か。魔法使いは弟子をつくるものなんだな」

「話逸らしてない?」

「いいや。まさか。どっちかというとそっちの方に違和感があった」

「え? 僕?」


 女は目を丸くして自分自身を手でしめす。


「俺の実力を高く評価してくれたなら、俺自身が魔法使い族だと思ったりはしないのか」

「そうは思わないよ。だって魔法使いはとっくに滅んでる。君そんなことも知らないの?」


 そこは確定している事実なのか。てか、腹立つな。


「知っているさ。言ってみただけだ」

「ふふふ、知らなかったんだ~、強がっちゃってぇ、物知りな僕がいろいろ教えてあげようか?」


 机をバンっと叩く。女は「びゃぁあ‼」と叫んで、のけぞり椅子から転げ落ちた。


「魔法使いの弟子たちはまだいるのか?」

「彼らのことが、き、気になるのかい?」


 椅子に座り直し女は震えたことで聞きかえしてくる。


「興味はあるな。わりと」


 俺、あるいは俺の同胞たちの直系。気になるっちゃ気になる。


「なら教えてあげよう。彼らは不安定で、独善的で、傲慢で、権威的で、どうしようもない身勝手の果てにみんなに見放されて、最後には破滅した愚か者どもだよ」

「めっちゃ言うな。お前もさては白教か?」


 俺はちょっとムッとしていたのだと思う。白髪の女は露骨に怯えだし、ビクッとして、それまで自信満々に語っていた口元を手で覆った。


「い、いいや、違う。僕はただの史学者だよ。これは史実だよ。だから、そんな恐い顔したって覆ることはないんだから、あんまり、その、怒らないで聞いてくれると、いいなぁ……」


 語尾がどんどん弱くなっていく。怒っているわけじゃないんだけどな。


「怒ってない。俺も歴史に興味があるんだ。こうみえて専門家の話を聞けてけっこう楽しい」

「君は意外性の塊だ。血と暴力にしか興味なさそうなのに。──あっ、また怒った⁉ ひええ‼」


 話が進まないので俺は白髪の女のほうを見ないことにした。

 いろいろ話しをした結果、さまざま歴史のことを聞かせてくれた。


 彼女は主に巨人戦争と、戦争後の激動の時代について調べてまとめているらしい。風のニンギルには1年前にやってきて、領主に迫りくる危機を伝えたのだとか。

 白髪の女からは魔法使い族と魔術師たちの話と、巨人戦争の戦況の変化、魔術師狩りやら、白教の隆盛などもちょこちょこ聞きだすことができた。


 巨人戦争の英雄として姿を消した魔法使い族、そののち星巡りの地の継承者をめぐる争いが魔法使い族の弟子たちの間で引き起こされた。最後に平定したのは白教の祖・偉大なルガルニッシュ王だ。そして、傲慢な貴族と化して民をしいたげていた魔法使いの弟子たちは、時代に必要とされず、追いやられ、争い合い、今日ではついぞ滅びさった。


 最後の魔法使い族として、悲しいような、怒りたいような……厳密には当事者ではないし、俺の弟子なのかどうかもわからないので、この感情がお門違いな気もするような……白髪の女の話を聞けば聞くほど「あんまり知りたくなかったなぁ」と、なんとも言えない気分になった。


 彼も……アルバス・アーキントンも目覚め、世の中を見聞し、自分がいなくなってから200年後の世界を見た。同じようなことを思ったのだろうか。


「その迷惑極まりない魔法使いの弟子というのは、生き残っていたりするのか?」

「基本的にはもう生きていないね。魔法使い族の弟子というのは、すなわち直に教えを受けていた魔術師たちのことだ。処刑や迫害を逃れても、寿命を迎えてとっくに死んでいるよ」


 なにやら含みのある笑顔で女はいう。


「ただ、彼らは魔法にもっとも近かった。もしかしたら誰も知らないような神秘の業をもっていて、どこかでひっそり生き永らえているかも。君がそうだと思ったのだけど」

「なるほど。それじゃあ、落胆させてしまったな」


 話を終える頃には、日が暮れていた。

 別れ際、名前くらい聞いておこうという気になった。


「僕はカークだよ。まだ名乗ってなかった? ん、というより君の名前も聞いていなかったか」

「アルバス・アーキントンだ」

「ほう。恐ろしく平凡な名前だね」

「俺の名前を聞いた途端、全員がっかりしたような顔をしやがる。それ好きじゃないんだ」

「ごめんごめん。でも、偉大な名前ではあるよ、アルバス・アーキントン、だろ」

「どうしてそう思う」

「魔法使い族たちは名前がたくさんあって、名前から個人を特定することは難しいのだけれど、その名前だけは別なのだよ。それは魔法使い族の長であったとされる魔法の王の名前だからね」


 俺、魔法の王だったかもしれない。


「高名な名前というのは得てして人気なものだ。親が子に、御伽噺からその名を引用してきて名付けるものだから、アルバス君や、アルバスちゃんや、アーキントン君や、アーキントンちゃんが多くなった。結果、平凡なんだ。いなくなって久しく、ほどよく古くて、ほどよく偉大で、男子でも女子でも使いやすい響きだからね」


 たびたび名前をバカにされる理由がこんなところで判明するとは。収穫だな。


「そろそろ俺はいく。お前はまだいろいろ知ってそうだが……明日もここにいるのか?」

「いや、もうやるべきことは終わったから、出発しようと思っているよ。こう見えて僕は使命に追われる身なんでね。大事な大事な、それももう本当に大事なお役目なのだよ」

「そうか。それは残念だ」

「おや? 惜しんでくれるのかい? 僕ことが好きになっちゃった? それなら僕の助手にしてあげてもいいよ‼ 実はずっと言おうか迷っていたんだ‼」


 いきなりカークは目を輝かせはじめた。おかしな流れになってきたな。


「君、ちょっとあの魔術は凄すぎた。それだけの実力者ならば僕の助手にふさわしいよっ‼ こちらからぜひオファーしたい。そっちも僕に惚れてしまったというのなら一石二鳥だろう?」

「勘違いするな。俺はお前のことを別に好きでもないし、助手になりたいとも思ってない」

「え? 違うの?」


 カークは目をぱちぱちさせる。どれだけ自信家なんだ。


「俺も目的をもって旅をしている身だ。お前の助手とやらにはなれん。ほかをあたれ」

「うう、もったいない、それだけの力がありながら……本当にいいの? この機会を逃したらもう二度とないよ? 僕についてくればきっと星巡りの地に名前を残す英雄になれるよ?」


 カークが掴んでくる手をふりはらう。彼女は頬を膨らませ「せっかく誘ってあげたのに」と、俺が愚かな選択をしたとばかりに恨めしい視線を向けてくる。


「じゃあこれだけ聞かせて。君の師匠はだれなんだい? あれほどの魔術を行使できる魔術師なんて、まずお目にかかれないレベルだもの。誰なの? 有名な魔術師?」


 カークは興味津々に聞いてくる。俺の師匠。答えられるわけもない。


「師匠、か。まあ、考えうる師のなかで一番すごいと言っても過言じゃないかもな」

「名前は教えてくれないのかい?」

「個人情報だからな。俺の師匠は秘密主義者なんだ」

「絶対に有名な魔術師だと思うな。うーん、誰なんだろう……」

「だれだっていいだろ。他人の師匠なんて」


 カークをここまで興味津々にさせてしまっていることは、ひとつの価値観の示唆している。俺が使った『銀霜の魔法』レベルの魔法ないし魔術は、大変に珍しいこと、ということだ。薄っすら気づいていたが、やはり、魔法=かなり高レベルの魔術、という認識は間違えていないのだろう。


「もうちょっと友情を深めたいな。魔術師仲間に会えるのは本当に貴重なことだし」


 カークは藪から棒にそう言った。


「魔術師仲間?」

「ふふふ、なにを隠そうこの僕もまた魔術師なんだよ。超一流のね」

「そうだったのか、全然気づかなかった」

「オーラ出てないかな?」

「出てない」

「……コホン、まあよい! お近づきの印に、僕のすごい秘密を教えてあげるよ。耳かして」


 言いたくて仕方ないという顔だ。別に聞きたいなんて言っていないのだが。

ただ、あんまり無下にするのも可哀想だ。俺は姿勢をさげて耳を傾けてやることにした。


「僕の師匠はね、なんと、魔法使いの弟子なんだよ‼ すごいでしょ‼」

「まじか。名前はなんていうんだ?」

「名前は……あれ? 名前なんだっけ? あの人、なんて言うんだろう……?」


 一撃で嘘だとバレる反応だ。こいつは意味もなく嘘をつくタイプな気はしていたが、やはりそうだったか。自分を大きく見せるために、作り話をしまくる。そういう性根が透けて見える。


「いいだろう、それじゃあ俺もすごい秘密を教えてやる」

「え? なになに! 教えて‼」


 カークは目をキラキラさせて食いついてくる。


「俺は魔法使いなんだ。アルバス・アーキントン、本人だ」

「あぁ、なるほど、そう来たか。ふっふ、信じてあげよう」


 信じてない顔だ。


「では、羊学者というのは嘘かい?」

「いいや? それも本当だ。俺は本物の羊学者だし、本物の魔法使いだ」

「ははは。そっかそっか。君は恐ろしい人相だけれど、面白い人なんだね」


 魔法使いの弟子の弟子を自称する超一流魔術師カークとはお別れとなった。広い世界、たぶん二度と会うことはない。もし俺の言葉を鵜呑みにしたとしても問題はない。いったい誰が、ずっと昔に終結した戦争で死んだアルバス・アーキントンが生きているなど信じるだろうか。


 翌日、一応、図書館にいってみたが、そこにもうカークの姿はなかった。

 風のニンギルに到着した日から数えて4回目の朝、俺のほうも出発した。

 目指すはまだ遠い都、純白の都市とうたわれる白神樹の麓──バスコ・エレトゥラーリアだ。


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