暗黒の羊 6 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
領主の招待には応じなかったが、図書館に足を運ばせてもらっていた。
図書館といっても、領主の屋敷の敷地内にある書庫のような場所だ。風のニンギルの中央にあり、ひと際おおきな壁に囲まれており、身元のはっきりした者しか入れない。
ウィンダールに身元保証をしてもらい、俺は図書館に入れた。衛兵に聞いたところ、今はある史学者のために最も古い書庫も解放されており、此度の魔羊に関する調査が行われているらしい。
扉が開いていたので、しれーっと入館。パッ見、受付とかはない。
読書用に設置されているだだっぴろい机に、ひとりの女性が座っている。
白い髪の女性だ。ほっそりとしたシルエット。少女というには大人だが、立派なレディというにはやや若い。そんな外見。服装な小綺麗でぶわーっとした襞襟の付け根に青色のブローチをつけている。黒い中折れ帽子とステッキが近くにある。生活に余裕がありそうだ。おしゃれ好きなお嬢さんなのかな。
気配を消したつもりはないが、思ったより背後に近づけてしまった。いきなり声をかけたら驚かれるかも、と思いつつ、俺はわざとちょっと大きい声で話しかける。
「おいっ‼」
「ひんぎゅッつッつうあぁああぁあぁ⁉」
仰天した顔に桃色の瞳をまん丸にしてのけぞった。想像の3乗はびっくりしている。
「あんたが史学者か?」
彼女は血の気が引いた顔でこちらへ振りむいた。
「ぁ、ぁぁ、人間か……おっほん、やれやれ、いきなり背後から大声をだすとは。マナーがなっていないね。君はだれかな。初めてみるか、ぉ……顔? ひええ、殺人鬼ぃぃいい……⁉」
白い髪の女性は再びビクッとして肩を震わせた。襟元を手繰り寄せるように身体を縮こませる。襲い掛かってくる獣からすこしでも身体を守ろうとしているかのようだ。失礼な娘だ。
「俺はこうみえて旅の学者なんだ。知的で、紳士的だ。意外か?」
「そ、それは意外性がありすぎるね……ん? なんだかその包帯、すごく血が滲んでいるけど」
俺の左腕を指差して震える声がつぶやく。袖をまくってみると、ぐるぐる巻きにした包帯が赤く染まっていた。さっき血が止まったと思ったのに。なかなか塞がらない傷だ。
「だ、大丈夫かい?」
「あぁ、平気だ。なんてことない」
俺は袖をおろして包帯を隠し、女性の手元をのぞきこむ。
彼女は虫眼鏡を片手に古びた本を読んでいたらしい。
「羊たちのことを調べていたのか。なにかわかったことはあるか」
「旅の学者なのに、羊のことを調べているのかい?」
「世界中のいろんな羊のことを調べている。さっき街に押し寄せた黒い羊は見たことがない」
「羊学者か。これはまた珍しいことに興味をもつんだね。専攻するのがそんなことでいいのかい? もっと意義のあることに人生の時間をつかったら?」
「余計なお世話だ。やりたいことは自分で決める」
白髪の女は頭をかき、机の奥のほうに手を伸ばし、古い紙を手元にひっぱってきた。
古紙は霞んで色が落ちているが、黒く禍々しい羊の絵は見てとれる。
「あれらは魔羊、あるいは黒い羊と呼ばれているね。風のニンギルに古くからいる怪物だよ」
「地元の怪物、か。羊専門家の俺でさえ、よそじゃ見たことがないわけだ。よく出没するのか?」
「やつらの肉は美味しくないし、毛皮は硬くて使いづらい。白い羊よりもたくさん食べるから育てるのも大変だ。おまけにとても凶暴で牧羊犬にさえ噛みつく。とにもかくにもあまり利点のない家畜らしいね。人間にも危害を加えてくるから、冒険者が討伐におもむくことも日常だとか」
「他人事だな」
「僕はしばらくこの街に滞在してるけど、元々よそから来ているからね。君と同じさ」
「旅の羊学者か」
「いや、史学者ね?」
「今回のは羊たちの叛逆なんじゃないのか。人類への解放宣言をしたがっているように見えた」
俺は身振り手振りで、羊たちの慟哭を表現する。
「面白い意見だね。それもありえる。でも、もっと信憑性のある話があるよ」
白髪の女は別の資料を探りはじめた。高層ビルの密集地のように重なりかたまっている本の群れから手に取ったのは『巨人戦争の恐るべき怪物』と書かれた朽ちた本だ。
「僕は史学者として、歴史の真実を追いかけているのだよ。この本は魔法歴568年に終結した巨人戦争において、巨人王の軍勢に使役された怪物について書かれているよ」
巨人戦争。グランホーの終地でもそれについて書かれた本を読んだ。
魔法使い族が諸族を率いて、巨人たちと戦った古戦だ。魔法使い族が滅ぶ原因にもなった。
「巨人戦争は巨人との戦いだったけど、同時に邪悪な死を使役する悪魔族との戦いでもあった」
「悪魔族? 聞いたことがないな」
「そうだろうね。今日では巨人族と同じくすでに滅び忘れられた、いにしえの種族だから」
『巨人戦争の恐るべき怪物』を開く。不思議なことにその大半のページは白紙であった。
何も書かれてない羊皮紙には年季ゆえの黄色いシミが広がっているだけだ。
「これは製作途中の本か」
「そのとおり。作成者は仕事を終えられなかったのだろう。それゆえ発刊された年もわからない代物だ。しかし、重要な歴史的資料ではある。これを見たまへよ、君」
女は胸を張って、自信満々に挿絵をしめす。右のページに黒い角のはえた人間と、それの傍らにいる黒い羊がいる。左ページには羊飼いやら暗黒の羊やらの記述がうかがえる。
「羊について知りたいと言っていたね。これが答えだよ。あれらは古い怪物たちなのだよ。巨人戦争において悪魔族が使役していた。あるいは悪魔族そのものともいえるだろう」
魔羊──暗黒の羊たちについてわかる情報は、彼らが羊飼いと呼ばれる大悪魔によって使役され、数千匹という群れを成して、かつてこの地域での戦役に投入されていたということだ。
恐ろしい被害をだし、この大悪魔が殺した人間は50万とも、100万とも言われている。
「彼らが通ったあとには、街の痕跡すら残らなかった……か。悪夢のような怪物だ」
「そうだろう? まったく恐ろしい話さ」
女は肩をすくめて本をかえせと手を伸ばす。
その手を避けて、俺は本をキープし続ける。ちょっとムッとされた。
「ふん。暗黒の羊たちが出てきたあの遺跡もまた、巨人戦争時代のものだと思う」
「封印でもされていたのか?」
「そのようだね。巨人戦争の記録なんて、もうろくに残ってはいないけれど、ヒントは残されているのだよ、羊学者くん。当時、人間族は魔法使い族とともに戦線を築いたとされている。魔法使いたちは強大な魔法のちからでこの大悪魔を封印したとされているんだ」
白髪の女は挿絵の角の生えた人間を指でしめす。
「悪魔族の首魁、暗黒の王と呼ばれた悪魔がいる。暗黒の王は、大悪魔たちに霊魂を一部わけあたえることで、ただでさえ強力な悪魔たちに万能のちからを与えて無敵の存在につくりかえた!」
「無敵だったら倒せないじゃないか」
「そうだよ。だから、この大悪魔たち……いわゆる『暗黒の七獣』に対処するため、魔法使いたちは封印という手段をもちいたのだよ。暗黒の羊を率いた羊飼いは大悪魔のひとりだった。これは推測だけど、凍り付いて死に絶えたあの巨大な黒羊は、羊飼いだったんじゃないかな」
無敵のわりにはあっさり倒せたが。長いこと封印されていて弱っていたのだろうか。
あのデカブツが、かつての遺物なのだとしたら、俺が対処して正解だったのかもしれない。
いやむしろ俺しか対処できなかった可能性もある、のか?
「ほかの奴らもまだ封印されてるのか」
「おそらくはね。巨人戦争は星巡りの地を巻き込んだ戦いだったから。もしかしたら巨人とかも封印されているかもね? そういう意味では、彼らは滅んでいないのかもしれない」
嫌な話だな。俺には関係のない話なのに。彼だって俺には関係がないことだと言ってくれたのに、なのに微妙に責任のようなものを感じるというか……はぁ、考えるのはやめよう。
「ところで君、ずいぶんな実力者のようだけど」
「この顔を見て言っているのか」
「いやそうじゃなくて。実は僕、見ていたんだよ、君が巨大な羊を倒したところを」
意外と目撃されているものだな。
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