暗黒の羊 5 『俺だけが魔法使い族の異世界2 遺された予言と魔法使いの弟子』
目が覚めたあと、近くにいた女性から諸々の状況を聞かされた。
俺は治癒院という場所に運び込まれたらしい。ウィンダールが担いで持ってきたようだ。
街は救われた。いまは羊に荒らされた区画の安全確認が行われている最中とのこと。
混乱はおさまりつつある。ただ、当該区画の避難民が街に溢れかえっているので、落ち着くのにはまだ時間がかかり、すべてが元通りになるには、何日も時間がかかりそうだとのこと。
俺は自分の怪我を包帯のうえからそっと撫でる。痛ってぇ。触るんじゃなかった。
ひどい傷を負った原因は、十中八九あの黒いデカブツがなんらかの神秘を──それも質の悪い道連れとか呪いとか、そういう性質のものを喰らわせてきたのだろうと推測している。
「やれやれ、あんな怪物もいる……とな。うかつにぶっ殺したら、こっちがぶっ殺されるとか」
幸い、命は助かった。治癒院には、先日の冒険者連合の敗北をきっかけに、風のニンギル中の使用可能な薬草や霊薬が集まっていたらしく、俺もその恩恵を受けることができたらしい。
「信じられない傷の治りですね……あなた光に目覚めているのですか?」
担当してくれた女性は、ひどく驚いた様子だった。
「魔力に目覚めていれば傷の治りははやいのか?」
「治癒霊薬は服用者の魔力や、光のちからを借りて、傷を癒しますから。高名な英雄はそもそも生命力が強いという話もありますし……でも、あなたのそれは、見たことがない早さです」
「そういうこともあるんだろうよ。助かった、ありがとな」
これも魔法使いの身体の恩恵なのだろうか。傷の治りが早いという恩恵は、いままであまり傷を負うことがなかったので実感していなかったが……魔法使いって便利なんだな。
しかし、あの気味の悪い羊め。よくもやってくれやがった。痛みで気絶するなんて初めてのことだ。俺のことを知っているようだったし、なんだか引っかかる。調査の必要がある。
「と、その前に、ウィンダール……いや、アルウを迎えにいくか」
たしか教会に放ってきたのだった。はやく行ってやらないと。
「魔術師め‼ 陰険な異端の徒が、神聖なる教会に足を踏み入れるなぞ‼」
俺は白教というのが好きじゃない。
理由の最たるは彼らが俺を好きじゃないからだ。
顔の話じゃない。彼らは俺が悪人顔じゃなくても嫌っていただろう。
歩いていれば罵声をあびせ、異端者と愚弄するように。
なぜそう言い切れるのか。理由をお教えしよう。
俺の目の前で顔を真っ赤にしているのは、風のニンギルにある教会の神父だ。
高名な神父なのか、あるいは聖職者としての階位が高いのか、彼はまわりにいる聖職者よりちょっといい感じの礼服に身をつつんでいる。俺を指差し、怒り心頭といった具合か。
「うるせぇぞクソじじぃ、内臓引きずり出して、その綺麗な白いお洋服を赤く染めてやろうか」
神父の顔をつかんで、ほかの聖職者たちへパスしてやり、受け止めさせた。
「ぐおおお、投げ飛ばした……っ⁉」
「あいつ、やはり、魔力に目覚めて……くそぉ」
「よせ、手を出すな、怪我するぞ……‼」
聖職者たちがおとなしくなった。
「最初から静かにしてれば俺だって何もしないんだ」
俺は野次馬に徹している騎士リドルを見つける。目をあわせると彼女は口元をおさえ「ひい……‼ お疲れ様です、アーキントン様……‼」と引きつった声をだした。
「アルバス、おかえり、街を救ったって聞いた。かっこいい!」
アルウは目を輝かせて胸のまえで両拳を握りしめた。
「ん。その怪我……アルバスが包帯巻いてるところ初めてみた、大丈夫?」
「かすり傷だ。このことはいい。行くぞ。この胸糞悪い施設にいつまでもいられない」
俺が白教への好感度をマイナスにしているのには理由がある。
そもそも白教とは、白神樹へ信仰をささげ、星巡りの地をおさめる王に仕えているやつらのことだ。アルウを英雄の器とし、禍と戦わせようとしているやつらでもある。まあここまではいい。
気に食わないのはこいつらが魔術師を排斥し、迫害し、かつては魔術師狩りまで指導して、民衆をつかって魔術に関連するすべてを滅ぼそうとしていたことだ。
「アルバス殿、教会で悶着があったようであるが?」
「気にするな。腑抜けたじじぃがいたから、しっかり立たせてやっただけだ」
俺はいま魔術師を名乗っている。その前は剣士を名乗っていたのだが、ウィンダール騎士隊と旅をともにするなかで、魔法の練習をこっそりしているところを騎士リドルに目撃されてしまった。
「せっかく、貴公のことを風のニンギルを救った英雄として称えたのに、これでは民も素直に喜んでいいのかわからないぞ」
「英雄の役回りはあんたにやっただろうが。そのために気を使ってやったのに。わざわざいらねえ紹介しやがって。トラブルになるのはわかっていたんだ」
神秘の教養がない者に、魔術と魔法の違いはわからないだろうと思っての咄嗟の嘘だったが、その推測は正しく、俺は魔術師アルバス・アーキントンとして騎士隊に認知されるようになった。
魔法使いであることを隠すための魔術師という隠れ蓑だったが、これが実のところさして優秀な肩書きではないことに気づいたのはすこし経ってからだった。
「あの怪物を倒したのは貴公だ。貴公なのだよ、アルバス殿」
「それはそうだ。でも、俺が倒したことにしなくていい。俺には名誉など不要だ」
「私は貴公の卓越した、否、常軌を逸した魔術と、それに至るまでに積み上げたであろうと研鑽に敬意をはらっている。名誉はしかるべき者のもとに、必然と向けられる眼差しである」
「迷惑な眼差しだな」
たびたびアルバス・アーキントンの日記を見返す。そこにある『探求と術理の時代は終わった。いまは信仰の時代のようだ。』という記述の意味が、いまでは薄っすらと理解できる。
日記を何度も読み返していると、アルバス・アーキントンが生きていた200年以上前の世界のことを、断片的な記述からうかがい知ることができる。
察するに魔法使い族が生きていた頃は、当然のように魔術も素晴らしいものとして市民権を得ていたのだと思う。でも、最後の魔法使い族が姿を消して時間が経ち、なにかが変わった。
「てか、お前も白教だろう。いつも白教の導きだとかで、説教をするくせに、異端者である俺に敬意をはらうのか? 俺をしてあんなにアレルギー反応をされると思わなかった。多少は疎まれるとは覚悟していたが、あんな……拒絶されるとは」
「魔術は私たちからすれば異端の力だが、戦場に身をおけば、それがどんな力であろうと役に立つということを知る。誰でもだ。逆に純粋な聖職者は外と触れあう機会がすくない。教義が彼らのすべてだ。白神樹信仰を誰よりもプライドをもって遂行している。仕方のないことだ」
魔術の扱いがそもそも変わった。そこにどういう歴史的な変遷があるかは、いまいちわかっていない。わかっているのは、白教において魔術は忌避されるものであることだ。
魔術師という存在があまりに少ないと思っていたのだ。グランホーの終地にはそれらしい者はいなかった。唯一いた魔術師も非常に陰湿で、街のすみっこでみんなに避けられて暮らしていたし。あるいは自分からまわりを突き放していたのか。
まあというわけで俺は、今日における魔術師差別の被害者になっていたわけだ。
日記でアルバスが『これからは魔術師たちは肩身が狭かろう。そして俺も。』と記していたのも納得だ。グランホーの終地はそうとう辺境だったから、街を歩いているだけで差別されることはなかったが、もしかしたら魔術師ということを公然の事実にしていたら嫌われたのかもしれない。
「領主殿が直接感謝を述べたいと言ってきた。顔を出しておいたほうがいい」
「どうでもいい。感謝されたくてあの羊をしばいたわけじゃない。あんたが代わりに出ておいてくれよ、ウィンダール。わかるだろ。いまの俺が領主に会いにいったら新しいトラブルを起こしそうだ。俺だってわざわざ面倒を生み出しにいくつもりはない」
「……。そうであるか。わかった、貴公が望むのならば、一旦この場は祭りあげられる役割を負うことにする。貴公ほどの豪傑の手柄を横取りしたようで、気分がよいものではないが」
「気にするなよ。そもそも、あんたが両目とも見えてればどうとでもなっただろう」
魔羊たちの席巻を喰いとめたあと、ウィンダールを英雄として祭りあげ、しかし、ウィンダールはそれに納得せず、俺の名前をだし俺が卓越した魔術で仕留めたと功績を流布した。結果、教会は俺を魔術師と認知しもめ事を起きて、そのことでウィンダールともちょっと揉め、まあそんなこんなで風のニンギルでは怪物とも人間とも揉めにもめた記憶しか残っていない。
「アルバス・アーキントン様ですか?」
「おい、馬鹿、やめとけ、そいつは魔術師だぞ……っ、異端者だ、神父様が話してはいけないっておっしゃっていたじゃないか」
「うるさい、この街を救ってくれたのは神父じゃないだろう? あいつは教会の奥で、震えていただけだ。あぁ、失礼、アルバス・アーキントン様、どうかこれをお受け取りください。ニンギルを救ってくださり、本当にありがとうございました」
実は俺に感謝をしてきたやつらはそこそこいた。述べられた言葉はいろいろだ。家族を守ったとか、先祖から代々受け継いでいる風車塔が壊れずに済んだとか……まあそんな感じだ。
魔術師と忌避する者もいれば、忌避しない者もいる。いつの世だって、この世のすべてが自分のことを嫌いなわけじゃない。思想は一枚岩なわけじゃない。まあ、当たり前のことなのだが。
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