第26話 『なあ、お前忘れてないか?』
内容が理解の範疇を超えていて、飲み込むのにとてつもない時間を要した。
「殺す前に、瑠衣が興味を持ったキミと話がしたかったのだよ。他にも理由はあるのだが、ね」
そう言って、少女は身を翻し、辺りをぐるりと見渡す。
「こうして井戸端会議に花を咲かせていれば、そのうちあの子のほうからこちらへ出向いてくれると期待したのだが……勘違いだったかな」
「何が勘違いだってんだよ」
「前回の戦闘はモニタリングしていたからね。ボクの推測では、瑠衣が奇襲を受けたにも関わらず完全勝利してみせたのは伏兵の気配、あるいは殺気のようなものを察知していたからだと、そう思ったのだよ。瑠衣からそのような報告は受けていないが、あの子ならやりかねない」
実際にできちゃうんだよなあ、これが!
……なんて言いたい気分ではあるが、ここは徹底的にシラを切らなくてはならない。
「瑠衣は底抜けに強いんだよ! 気配察知なんかなくても、負けるはずがない」
「そうかもね」
少女はあっさりと認める。
「もともと計画自体が洩れていた。おかげでこの国に、技術の粋が詰まった屍体をいくつも献上してしまったよ」
言葉に似つかわしくない微笑を浮かべる少女は続けて、
「さようなら、少年。二度と会うことはないだろうが、偶然出くわすことのないよう願っておくといい。次は借りを作る暇なんてないからね」
好き勝手に言い終えると、少女は俺から背を向けて――、
「おい、どこ行こうってんだよ! まさか瑠衣のところへ……っ」
瞬時にこちらへと向き直った少女は今まで見せていたハリボテの笑顔すらも取っ払っていて、俺はなけなしの強がりすら消し飛び、うっ……と閉口してしまう。
「――いいかい、少年。ボスなんて呼ばれるボクにも着けるべき落とし前というものがある。おかしなことにね。まあ、部下……インビジブルの勝手でこんな事になってしまった以上はしかたないのだけどね」
「瑠衣ほどのヤツがそんな簡単にやられるタマかよ……っ」
「ああ、あの子の強さはよく知っているとも。だけどね、それでもボクには勝てない。残念なことに、ね」
「あ、暗殺が失敗したのは瑠衣のせいってわけじゃねぇだろ!? ほっとけよ!」
「キミは分かっていないようだけど、もはやレコンキスタは関係ないんだよ。そもそもこの国が組織と政治的な取引をしたことは知っている。だから、ボクはボクの
「……っ!? ならなおのこと見逃してやれば――っておい、ちょっと待て……!」
少女――ボスが待つことはなかった。
そのまま通りの角を曲がり、姿をくらませる。
俺は無謀だと分かっていながらも、後を追いかける――が、わずかな時間差であるにも関わらず、すでに彼女の姿は跡形もなく消えていた。
***
俺はとにかく走る。全速力で。
スマホを壊された以上、一輝さんや有栖を頼ることはできない。
――瑠衣の安否が気がかりで仕方なかった。
脳内では、あの何もかもイカれきった少女に撃ち殺される瑠衣の姿がいとも簡単に浮かんできてしまう。
「いくら……なんでもっ、フラグ回収が……早すぎんだろっ」
息も絶え絶えに恨みごとが口を突いて出る。
学校方面に走って戻る最中、前方に――。
「瑠衣っ!」
張り詰めていた緊張が一気に解けて、今まで感じたことのない安堵感に包まれる。
瑠衣は俺が大声で名前を呼ぶ前からこちらへ走ってくれていた。あらかじめ俺の接近に気づいていたとしか思えない勘の鋭さである。
一つも呼吸を乱すことなく駆け寄ってきた彼女は腰をかがめ、酸素欲しさに肩で息をする俺の丸まった背中を見下ろす。
「どうかしたの……?」
隣に寄り添うようにして立ち、落ち着かせようとしたのか背中を懸命にさすってくる。
相変わらず息は上がりっぱなしで落ち着くはずもなかったが、彼女の思いやりが冷え切り震え上がりそうな心臓までじんわりと届いて、温めてくれたような気がした。
「どうもこうも――っ、ヤバいことしかなくってさ!」
ようやくまともに喋れるようになった俺は、さきほどの出来事を余すことなく吐ききった。瑠衣は『ボス』というワードが出た瞬間、かすかに顔をしかめる。
「……妙だわ。だって全然気配を感じなかったもの」
「そりゃ、距離もあったし、通行人だってそれなりなわけで……。何にせよ、アイツは本気で瑠衣を殺しに来たってこと!」
国境を越えてはるばる日本まで……なんと傍迷惑な来訪者なのだろう。
しかし、それを聞いてなお慌てることのない瑠衣。
「――いやー、マジで危なかった。あのボクっ娘が気まぐれ起こさなきゃ死んでたね。スマホに感謝しないとなっ!」
きわめて明るく虚勢いっぱいに語ってみせたものの、俺がボスの殺したい人リストに名を連ねていたことを知った瑠衣は、今までの冷静さを失くして――。
「おっ、おい!?」
――突拍子もなく、抱きついてきた。
情けないことに抱きついてきたというよりは、瑠衣を支える体力のない俺を彼女が抱き寄せる形なのだが……。
なにはともあれ、いきなりのことで『そういう』経験の乏しい俺はただただ焦る。
しかし、よくよく落ち着いてみるとかすかに震えているような気がしたので、俺も瑠衣を抱きしめる。
……そこの奥さん、見せ物ではありませんからね。
もはや、通行人なんぞ気にしている余裕なんて、今の俺には微塵もなかった。
「透真の心臓……動いてるっ。息してる」
「あ、当たり前だろ?」
心臓バクバクで逆に死にそうだが、余計心配されそうなので黙っておこう。
「ほんとに無事でよかった……。ほんとに……っ」
瑠衣の心底ほっとした声が耳朶を打つ。
さっき震えていたのはボスが迫ってきている恐怖からではなく、俺の身を案じてのことだったようだ。
俺は望外の喜びに胸を打たれるが、同時に一抹の不安を覚える。
「あのさ、もしかしてお前、漫画かアニメでよく見る――『私が傍にいたらこの人を危険に晒してしまうから距離を置かなくちゃ』系ヒロインになろうなんて考えてないよな? そんなかっこよすぎる自己犠牲……絶対許さないからな」
図星だったのか、びくりと瑠衣の肩が上がり、沈黙が二人の間に重くのしかかる。
酷く居心地の悪い間があって、それからようやくぽつりと――、
「――だけど」
「だけどもヘチマもあるか!」
一刀のもとにばっさりと切り捨て、反論は認めないとばかりに返す刀で
「あのな瑠衣、お前が俺のことをそこまで想ってくれてるのは超絶嬉しいんだどさ。瑠衣ってば、いっちばん重要なことを忘れてんだろ?」
彼女の肩に手をかけて少しだけ体を離し、間近に映る最推しの顔に限界化するのをこらえながら問いを投げる。
瑠衣は片眉を下げて考え込んだ表情になるが、それでも分からずじまいだったようで、降参とばかりに首を軽く横に振る。
「本当に忘れてんのな……。いいか、俺の方から瑠衣に近づいたんだ。イジメから助けたかったし、話してみたかったし……。そんでまあ、ファーストコンタクトで俺の愚息を晒しちまっったのは大失敗だったわけだが……。とにかくっ! 俺は瑠衣にぞっこんなわけ! 惹かれてるんだよ! んでもって要するに――」
勢い任せ。歯止めが利かない。思っていることが、想いがすべて口から……。
「――俺だってお前のことが大切なんだよ!」
矢継ぎ早に出てきたこっ恥ずかしいセリフの数々は、あとで思い返して身悶えするものばかりだったが、今はそんなことどうでもよかった。
その場のノリというのは実に恐ろしいものである……。
「あっ……」
瑠衣の口からあまりに短く小さな一音が漏れてくる。
あっ……てなんだよ。どうやらまだ分かっていないらしい。
「お前が思ってる以上に、俺にとっても瑠衣はかけがえのない存在ってことで――」
俺は懇切丁寧にいかに瑠衣のことが好きかを説いていく。
「あ、あの……っ」
「だから――一人で全部背負い込もうとすんな! 分かったか!」
唾を飛ばしながら捲し立てる俺を驚いた表情で見つめる瑠衣。
やがて……彼女の目が潤んでいくのを見て、俺はぎょっとした。
「お、おい」
瑠衣は震える手で自分の左目に浮かんだ雫に触れる。
「私……左……?」
「えぇっと……?」
どうしよう、何言っているのかさっぱり分からん。
ちゃんと伝わっているのだろうか、これ。
しかし、そんな不安もどこへやら――、
「がは……っ!?」
突然、瑠衣に抱きしめられてそれどころではなくなってしまう。
――っていうかサバ折り!? 背骨がいかれる! ボキッて音した!
一瞬にして、俺は命の危機を感じる。
いわく、この子のどこにこんな怪力が秘められているのかと……っ!
細っちろい見かけによらぬ剛腕でギリギリと腰を抱かれ――もとい絞めつけられ、半身との泣き別れまで視野に入ってくる。
もがくことすら許されず、体内の酸素をすべて持っていかれ声すらロクに出せずにいると――。
ようやくふっと力が抜ける。
抱き合って全身くまなく密着した状態で、瑠衣に頬ずりされる俺。
「……すきすきっ、大好きっ」
「おれぼ、だいずび」
……めちゃくちゃかわいい。
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お読みいただき誠にありがとうございます。
もっと筆の早い人間になりたいです……。頑張ります。
モブな俺が気になっている女の子を助けようと足掻いたら、殺し屋なヤンデレ彼女ができました。~おまけに、世界を裏で牛耳る秘密組織が執拗に絡んできて~ ZONO @s-nishizono
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