第25話 『嫌な予感とその正体』
放課後、俺は通学路を一人で歩いている。
瑠衣は一緒に帰りたかったかもしれないが、担任の
彼女は目に見えてしょんぼりと悲壮感満載で、気分としてはドナドナさながらの心苦しいものだったのだから、俺から瑠衣を奪った鏡を恨みがましく思ってもしかたがないというもの。
しかし瑠衣は俺と一緒になって、謹慎中無断で学校を欠席していたというのだから、説教の一つくらいはしておきたいのだろう。
まあ、そこまで深刻なことじゃない。瑠衣と一緒に登下校する機会はこの先いくらでもある。
あるはずなんだけどなぁ……。
人っ子一人いない裏通りを歩いてショートカットしつつ、俺はため息混じりに独り言を漏らす。
「――なんせ、しょうもないことに気づいちまったからなぁ……」
その気づきは、例えばファミレスに置いてある間違い探しで言うところの、2番目くらいに見つかるような――そんな分かりやすくてくだらないものである。
あの日、有栖に無理やり視せられた
「ん?」
思考を遮るのはスマホのバイブレーション。
記されている連絡先は、妹でも非通知でもなく『ダーリンのワイフ』なる人物。
いつの間に連絡先を登録したんだ……。
苦虫を百匹噛み潰しても足りないほどに顔をしかめるも、ベストタイミングなのだから出ないわけにもいかなかった。
「――もしもし……」
『顔を見んくても分かるくらい不機嫌そうな声じゃな。女の子からの電話なのじゃからもっと嬉しそうにせんか』
「一番最初に、俺のスマホに登録された連絡先が瑠衣じゃなくって、アンタだってんだから不機嫌にもなるでしょ」
「うわキモっ」
「ガチトーンで言うのやめてね!?」
『ダーリンのワイフ』こと――
『そんなことより、
「ビジョンに食い違いがある」
俺は有栖の言葉を引き継いで、そう答えた。
なるほど、たしかにあの廃屋で、あの位置で彼女は死ぬ運命にあったのかもしれない。
そしてそれは未然に防がれた。
俺が防いだ――はずだった。
しかし、よくよく思い返せば有栖の能力で視た瑠衣の死に様と、実際にあり得た死に様は若干異なるのだ。
――あの日、あの場所で繰り広げられたインビジブルとの一騎打ち。
弾丸一発で確定するはずの死にしてはどうにも違和感がある。
ビジョンで見た、大きな血溜まりを作って倒れていた瑠衣は――明らかに一発以上の弾幕にその身を晒したはずということだ。
『え、そうなのか!?』
「……は? 有栖はそのために電話をくれたんじゃ……」
有栖は何やら慌てた様子で
『いや聞けっ、妾はお主らに注意喚起を――』
「――電話の最中ですまないのだが」
「え……おい!?」
通話に意識を取られていたとはいえ、背後から急に音もなく近寄ってきた何者かに俺はスマホを取り上げられる。
咄嗟に後ろを振り返るが……?
「誰も、いない……?」
割れたアスファルトに錆びた電柱、その傍にはゴミ収集用に取り付けられたカラス避けのネット、そして二階建て、三階建ての民家が立ち並ぶ両端はブロック塀で固められている。
一周見渡しても、この細道に佇んでいるのは自分一人のはずで……。
「そんなことはない。ボクは上だよ、『少年』」
予想外の方向からの声に
――いた。俺のスマホを片手に、誰かが細い電柱の上に平然と立っている。
見た目は柚乃と同い年くらいで、バックルのような留具の付いた黒のキュロットスカートに、体より少し大きめなサイズの黒のジャージを着ている。
コイツ、俺のことを少年って言わなかったか?
そんな奇妙な呼び方をしてくる人物を、俺は十六年生きてきて一人しか知らない。
「おい、有栖! 手の込んだイタズラしてんじゃねえ!」
「へえ、キミは『ボクの娘』を知っているのか」
……ちょっと会話の流れがおかしいな。
いつの間にかボクっ娘になってるし……。
これは回れ右をして、全速力でこの場を去ったほうが――、
「ちょっと待ってな」
「――っおい!?」
いきなり五、六メートルほどの高さから、何の躊躇もなく少女が飛び降りた。
比較的低めの古ぼけた電柱とはいえ、さすがに――。
しかし、そんな心配とは裏腹に少女はふわりと着地し、俺の思考はいよいよ追いつかなくなってしまう。
……見たところ、着地のダメージも一切なさそうだ。
髪型は有栖より長くて瑠衣より短い、中間くらいの長さで肩まで伸びたセミロング。黒髪黒瞳とはいえ、目鼻立ちからして日本人にはどうも見えない。
たしかに、どことなく有栖に似ているが、どういうわけか瑠衣にも似た雰囲気を持っている女性だ。
「お前……誰なんだよ」
俺は自分から名乗るなんて礼儀もすっ飛ばして、身も蓋もなく尋ねる。
ふふっ、と感情の籠もっていないような乾いた笑みを浮かべる漆黒の少女。
「名乗りたいのは山々なんだけどね、少年。ボクには名前がないのだよ。……強いて言うなら――『ボス』、かな?」
これがボス!?
冗談抜かせ、どう見たって中二病患いのガキだろうがっ。
そんな俺の懐疑的な内心を読み取ったのか、ボスと名乗った少女は自嘲混じりに笑った。
とくにどうってことのない笑顔のはずなのに、なぜか酷く寒気がした。
「ふぅん、ボクの瑠衣はキミに自分の素性を詳しく話していないみたいだね。『ボス』っていうのはコードネームなのだよ、少年。『ソウルイーター』と『インビジブル』はごく最近、聞いたことがあるだろう?」
俺はそう説明されて再度、黒衣の少女を舐めるように観察する。
とはいえ、もはやこの少女の正体は疑いようもない。
それでも俺は、瑠衣の不利にならないようあえてとぼけて見せる。
「瑠衣の上司にしては年が離れすぎてるだろ」
「ん? ……ああ、そうか、キミたち一般人には今の時代、アンチエイジングが実用化済みだなんて知る由もないわけか」
今の織史くんのメンタルに、一般人呼ばわりは痛恨の一撃である。
「じゃあ、何か? 本当は瑠衣より年上だとでも……?」
「キミたちにとっては寝物語に聞こえても事実としてはそういうこと。実際、瑠衣だって……いや、女性の本当の年齢をそう簡単に明かすべきではなかったね。とりあえず、肉体強化において若さというのはそれだけでアドバンテージなのだよ。より高度な身体能力を発揮できるのだから」
俺は何を聞かされても、動揺して相手に隙を見せない必死に表情筋を押し殺す。
そんな俺の努力を見透かしてあざ笑うかのように、少女は楽しげに目を細め、口角を上げて、
「せっかくだ。ボクが瑠衣と同業だという証拠を見せてあげるよ。ちょうど、キミのスマホを持っていることだしね」
「電話の途中だったんだけど……」
頼むから、誰か通りかかってくれ……っ。
相手の会話に付き合いながら、努めて平静を装っているが、そろそろ限界である。
しかし、望んだときに限って人っ子一人通りかからないものだ。
俺は時間稼ぎにゴネるのをやめて、スマホの行く末を少女に委ねる。
「よく見ておくといい」
そう告げると同時に、俺のスマホを宙空に放り投げる。
「おまっ!?」
俺の抗議よりも素早く少女の右手が一瞬霞み、次の瞬間にはプシュッとごく小さい発射音が上がる。
次いで二射目、三射目と気づけば少女が拳銃を抜いて、サプレッサーの付いた銃口を上に向け、連続で発砲していた。
その動作は最速かつ最小限。気負った様子は何一つなく、息をするような当たり前の雰囲気を醸し出しながら撃っていた。
――まるで瑠衣みたいだ……。
そして俺は目を逸らす間もなく、その光景を見せつけられる。
バッテリーのヘタった四年もののスマホが二度、三度と弾丸に弾き飛ばされ、最後には粉々の金属片になってしまうのを。
ボスと名乗った少女はそれを見て満足気に頷き、腰の後ろに銃を納めた。
それから俺のほうを見て、
「――拍手とか、何か言うことはないのかな?」
「……俺のスマホ返せよ」
俺の当然の要求に、少女は驚いたように目を見開く。
「――そうか、キミはまだ生きているんだったな」
「……は、え、なんだって?」
突拍子もない発言にたじろぐも、相手はまったく気にしていない。
数瞬、首を傾げ、考えるような仕草を見せたあと、
「あいにく弁償しようにも、日本円を持ち合わせていない。キミは相当に運がいいな」
「いや、逆だろ。不運にも程があるっての」
「いいや違うね、キミは強運の持ち主だ。なんせボクに借りを作ったのだから。本当はここで殺すつもりだったのだがね、今回は見逃すとしよう」
……コイツは何を言っているんだ?
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すみません。お待たせしましたー!
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