第24話 『試しに言ってみたら……』

「とっ、ところで――モノは相談なんだけど……」


 感動に勝るとも劣らぬ気恥ずかしさで悶絶死する前に、不自然ながらも話題を変える。

 

「何でもしてあげるっ!」


 にこやかに即答する瑠衣。

 内容も聞いていないのに、なぜだかうっきうきである。


「え、まじで……?」


 そのあまりに潔い快諾っぷりに、俺の股間が良からぬ考えを持ちかける。

 ……待て待て、さっきまでプラトニックでステディーな関係を構築しようと考えていた矢先にこれはいかんだろう。

 自制心を働かせるが、しかし――何でもと言われれば本当かどうか聞いてみたい気もする。


「あのさ、もしかして……俺が、『クラスの奴ら全員殺してほしい』って言ったら、即実行したりしないよな?」

「さすがにそれはできない……」

「だっ、だよな――」

「透真を除いて二十八人……殺すのは簡単だけど、事後処理まで考えると――。そうね、ひと月ほど期間をくれれば完遂してみせるわ。だいじょうぶ!」


 ためらいなしの即決である。

 つまるところ、即実行するには時間が足りなくて『さすがにできない』から、猶予がほしいということだ。

 彼女の気合いは十分で、心なしか鼻息も荒く、高ぶっているように感じる。

 俺はあわてて瑠衣のる気を止めにかかる。


「全然だいじょばないからね!? っていうか殺さないで、お願いします!」

「――えぇっと、もしかして私、またおかしなこと言った?」


 瑠衣が上目遣いに訊いてくる。

 油断すると、そのあまりの破壊力につい『そんなことないよ』なんて言いそうになるが、全然そんなことはあるわけで――、


「まあ、ちょっと……いやだいぶ……ね。でも、そのへんはこれからゆっくり教えるし、覚えれば良いわけだから、へーきへーき!」


 この子やぁっばい。

 冬なのにじんわりと汗をかいた額を腕で拭う。

 俺は自分が撒いた火種から引き起こされようとしていた未曾有の大殺戮を防げたことで、ひとまず安堵のため息をつく。

 ……俺と瑠衣の距離が縮まるのは当分先の話らしい。

 ソウルイーターさんが普通の女の子になるまで、ウチの妹にはぜひとも末永く、そして根気よくお付き合い願いたいものだ。

 マジでほんとに、柚乃さんお願いしますよ。

 そんな感じの念を柚乃に飛ばしつつ、俺は咳払いを一つ。仕切り直しである。


「それより、こっからが本命なんだけど――」


 瑠衣は真剣な面持ちで頷いて、続きを促す。


「じゃあ、まず瑠衣が銃を撃つ瞬間を見てみたいんだよね。抜き撃ちっての? あ、もちろん引き金は引かずに。……どうせ、今日も拳銃持ってきてるんだろ? 頼む!」


 俺の穏やかでない頼み事に対して瑠衣は小首を傾げ、仕草でこちらに理由を問いかけてくる。


「冷やかしってわけじゃないし、隠し事なんてするつもりないんだけど……。今はちょっと――」

「分かった」

「いや、でも無理にとは言わな……え?」

「分かってる。ちゃんと分かってるから、見ててね」


 両手で拝み倒したのが効いたのか、瑠衣はあっさりと頷いて軽快に立ち上がる。

 

「――いくよ」

「おう、絶対まばたきしないから手加減なしでやってくれ」


 瑠衣はいつもと変わらない雰囲気で俺の求めに応じてくれた。

 ほんのわずかに、肩と腕が動いたのが見えた。


 ――あれ、もう終わり?


 どうやら俺の目に映る描画の枚数が圧倒的に足りないらしい。

 その時を待っていたら、もうすでにその時だったという……。

 常人の認知力を遥かに超えて、鈍色にびいろに光るデザートイーグルが右手に現れ、前方に綺麗に照準を向けられていた。

 以前にも彼女の家を訪れたときに、玄関先で銃口を突きつけられたことがあったが、とにかく動作が少ない。

 なんの気負いもなく、当然のように、最小限の動きを最速で行っているのだ。

 瑠衣と一緒に映画を見たとき、彼女は何やら不満げだったようだが、その意味がようやく分かる。


 そりゃ、映画は見せ物だからテクニカルに銃を使って、雨あられと弾をばらまくわけで――瑠衣みたいな本業の人からしたら茶番に映っても仕方ないだろうさ。

 

 普通に銃を抜いて、普通に撃つ。

 これが最速でできるのがプロで、おそらく瑠衣はその中でもさらにトップクラスの腕前なのだろう。

 デパート内で見た銃撃戦を思い起こして、俺は今更ながらに納得する。


「そっかぁ、ありがとな。とりあえずっ、瑠衣と同じスキルを習得するなんて無理! それがはっきり分かったよ」


 俺はさしてがっかりすることもなくあっけらかんとして、感じたことを率直に述べた。

 結局、なんだったのか――こちらを窺うような表情を向ける瑠衣に、


「実はもう一つ! 今度は重要な頼みがあって――」


 理由は黙ったまま、俺は要件だけを口にする。

 さすがの瑠衣もこれにはためらって見せるか、理由を追及してくるだろうと思ったのだが、数瞬考えるような仕草をしただけで、彼女はあっさりと承諾してくれる。

 普通なら絶対に断るはずなのだが、その辺の感覚が常人とは丸っきり違うらしい。


「透真の頼みだもの、構わないわ。……だけど、どうして?」


 どうやら、俺の頼みは疑問より先に承諾されてしまうらしい。

 お願いだから、魔が差すなんてことのないようにしてね? 未来の俺……。

 

「まあ、思うところあって……ね。大した理由じゃない」


 俺は心の片隅にあるもやもやについて、瑠衣に告げずにいることにした。

 なんとなく、そうしたほうがいいような――そんな気がしたのだ。

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