A.君のことが好きだから
分路 碗太郎
A.君のことが好きだから
「今日の問題の答えは?」
「『たぬき』でしょ」
いつもの帰り道。長い長い上り坂、夕陽に伸びる影二つ。
彼と私は自転車を押して、坂道をゆっくり登っていく。
「正解。今更『た抜き』暗号は簡単過ぎたか」
「『た抜き』の答えが『たぬき』ってのは悪くないけど、もう一捻り欲しかったかなー。もう小学生じゃないんだからさ」
毎朝登校中にクイズを出し合って、一日考えて、下校のときに回答する。それが私たちの日課だった。
────────────
彼と知り合ったのは小学生の頃。
当時の私は学校の図書室に足繁く通っていた。文学少女だったんですよ、私。
うちの図書室には『月刊図書通信』なるものが張り出されていて、それを読むのが月末のちょっとした楽しみになっていた。図書委員会の子たちが毎月交代で自分のおすすめしたい本を紹介するポスターだ。
目を引くようにイラストを使った記事、ぎっしりと文字が詰まった真っ黒な記事、マステとカラーペンを駆使したカラフルな記事。そういった力作から、図書委員だから仕方なく書きましたというやる気のなさを隠さない最低限の記事まで。バラエティ豊かなポスターを見るのが、私は好きだった。
その片隅で『今月のクイズ』というコーナーが連載されていた。
筆跡も体裁も毎月変わる他の記事と違って、変わり映えのしない一角。どうもここだけ毎月同じ人が書いているようだった。
最初は「どうせ適当ななぞなぞ本からパクってきたクイズを載せてるんでしょ」と思っていたんだけど、その割には出典が書いてないしクオリティも月ごとにバラバラだ。
どうやら律儀に毎月オリジナルの問題を考えているようだ、と知った私はクイズコーナーの連載者に
それが彼だった。
司書の先生に聞いたら一発で教えてくれた。小学校にプライバシーの概念はないらしい。
毎月読んでいる記事を書いていたのが同じクラスの男子だったと知ったときは驚いたものだ。
早速声をかけてみた。
「ねえ、図書通信のクイズって君が書いてるの?」
「そうだけど」
はじめての会話はたった二言で終わった。
後から聞いた話だけど、このとき彼は難癖をつけられると思い怖がっていたらしい。
失礼な、私はそんな野蛮人ではありません。
まあ、当時は私の方が背が高かったから威圧感があったのは否めないけど。
微妙なファーストコンタクトだったけど、すぐに私たちはよく話すようになる。
私もクイズが好き、と言ったら彼は急に饒舌になったんだ。ちょっと引いた。でも、自分の好きなことに一所懸命な姿は、結構かわいくて悪くなかった。
意外とご近所さんなことを知って、たまに一緒に登下校するようになって、クイズを出し合うようになったのはいつからだったかな?
確か、今月のクイズはいまいちだったとダメ出したら「じゃあお前が作ってみろよ」となったんだっけ?
あ、結局難癖付けてますね、私……。
私の肩書きが文学少女から野蛮人に格下げされた代わりに、私たちはクイズを出し合う約束で毎日一緒に登下校するようになっていた。
そして、その習慣は私たちが中学校に進学して、通学手段が徒歩から自転車になって、彼の背が私の背を追い越した今になっても続いている。
いや、正確には続いていた、か。
私たちの日課にちょっとした変化があったのは丁度一週間前のことだった。
今思えば、その日の私はどうかしていた。
前の晩、趣味に合う長編小説を見つけた私はついつい一気読みして夜更かししてしまった。おかげでその朝、私はかなりの寝不足だった。
しかもその小説が恋愛ものだったのが良くない。
ぼーっとした頭にたっぷりのラブロマンスが注ぎ込まれて、私の脳内はすっかりお花畑になっていた。
だから、その日のクイズとして、
「問題です。私が毎日君とクイズを出し合っているのはなぜでしょう?」
なんて血迷った問題を出してしまったのだ。
うわなんですかコレ。
恥ずかしいったらありゃしない。
というかもうクイズじゃないだろ。ただのポエムというか告白未遂というか何考えてこんなもん出したんだ私……!
え? 結局答えは何なんだって?
言わせんなよ、恥ずかしい。
半日経って冷静になった私はその日の帰りに問題の撤回を申し出たのだが、
「ダメ、出された問題は必ず答えるのが俺のポリシーだから」
と、すげなく断られてしまった。
頑固なところも嫌いじゃないけど、こればっかりは折れて欲しかったなー。
回答権は一日一回、間違えたら次の日に再回答、というのが私たちのルール。
おかげで私はこの一週間同じ問題を出し続けている。
今日も彼はチャレンジする。
「じゃ、次は俺が答える番だな」
「もう諦めたら?」
「いいや、正解するまでやる。ヒントはもらうけど」
いやもうホント勘弁してほしい。
彼が出した本日の答えがこちら。
「答えは、『クイズを出したいから』」
「は? なにそれ?」
5回も答えていると迷走してくるのか、今日の回答はなかなかに意味不明だった。
「違うか。『私はクイズを出したいから出している、それ以上でもそれ以下でもない』みたいなことかと」
「ああ、たまにあるよね、そういう意地悪な問題。でも違うよ」
言った後になって、もうそれを答えってことにしちゃえばこの恥ずかしい時間を終わらせられたな、と気が付いた。
後悔先に立たず、とはまさにこのこと。
「わかんないなあ……。ヒント下さい」
そんな私の心境を知ってか知らずか、彼はヒントを要求する。
「ヒントねぇ……」
通学路は山のようになっていて、長い上り坂が終わると今度は長い下り坂が待っている。
わざわざ登った後にわざわざ降る徒労感は、ここ一週間の私と彼によく似ている。
歩みを止めて自転車にまたがりながら、ふと思ったことを言ってみる。
「逆に考えてみれば?」
「逆?」
彼を前にした縦列走行。両手をブレーキに添えて下り坂でも速度は控えめ。優等生を気取っているので交通マナーは遵守します。
「なんで君は私とクイズを出し合ってるの?」
ヒントとして聞いてみたものの、答えは予想が付いていた。
『クイズが好きだから』
彼が問題初日にした誤答だ。
こりゃヒントにならんな、と反省していると前を走る彼がぼそっとつぶやいた。
「お前のことが好きだから」
「はあ!?」
予想外の答えにびっくりして思わず両手を握ってしまう。ブレーキごと。
「え、お、うわ!?」
急停止した自転車はバランスを崩し、私はあわや転倒するところだった。でもセーフ。
いや、違う。あ、いや、違わないけど、そんなことはどうでもよくて、それよりもあいつ今なんて言った!?
「おーい、どうした?」
坂を少し降ったところで彼も自転車を止めていた。
私の
「大丈夫」とだけ返して彼の後ろに並ぶ。
心臓がバクバクしてるのは転びそうになって慌てたせい。顔が赤いのは夕陽に照らされているせい。後ろから見える彼の耳が赤いのも、きっと夕陽のせい。
「それよりも、さ。さっきなんて言ったのかな? よく聞こえなかったからもう一回言ってほしいな」
「いやだ。恥ずかしいから二度と言わない。というか、絶対ちゃんと聞こえてただろ?」
その通りだったのでそれ以上は追求出来なかった。
黙る私をどう思ったのか。彼は、
「でも、そっか。そんなに意外そうだってことはやっぱりこの路線はないか……。トートロジーでもないし、言葉遊びか……?」
なんて的外れにもほどがある推理をしていた。
この様子では正解に辿り着くまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「ねえ、もう答え言っていい?」
「ダメ。前も言ったけどポリシーに反する」
「はあ……」
頑固な彼に、これ見よがしにため息をついてやる。
「あ、他の人に答えを教えるのもダメだかんな。こんなに悩まされたクイズの答えを他人からうっかり漏らされるなんて興ざめ過ぎ」
「言わない言わない」
言えるわけがない。
『恥ずかしいから二度と言わない』
彼の言う通りだ。こんな小っ恥ずかしいことは二度も三度も言いたくない。
言うとすれば一度だけ、彼にだけ伝えられれば良い。
「はあ……」とため息をもう一つ。
一体いつになるのやら。
彼が自力で辿り着くまで『
A.君のことが好きだから 分路 碗太郎 @Magiedamour
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