番外編 御堂くんの受難②

 タクシーに乗り込み、真琴はぐったりと項垂れながら運転手に目的地を指示する。

 到着するまでの約二十分間、車内に会話はなかった。

 時々真琴が小さな声で唸るのが聞こえると、御堂は「大丈夫?」と声をかけた。

 真琴がこの場で食べたもの全てを吐き出してしまうんじゃないかと気が気でなかった。

 その後、何とか無事に目的地へと到着することができた。

 本来だったら御堂はここで真琴と別れるつもりだった。やはり、恋人でもない女性の住む部屋まで送り届けるという大胆な提案をする勇気はなかったからだ。

 しかし、そんな御堂の葛藤など気にも止めず、真琴の方から提案があった。


「ごめん御堂くん……、マンションすぐそこだから、玄関まで肩貸して……」


 そういえば、真琴は今誰かの家に居候をしているのではなかろうか。

 その家の誰かに迎えに来てもらうことはできないのかと疑問に思うも、御堂は自分が頼りにされたことに浮かれてしまい、その提案を受け入れる。



 真琴に肩を貸しつつ、指示された通りにマンションに向かう。

 真琴が住んでいるであろうマンションは、想像以上に高級な雰囲気が漂う場所であったことに圧倒された。

 エレベーターに乗り込み、十階の角部屋に辿り着く。そこには「瀬戸」という表札が出ていた。


「うん、ここまでで大丈夫……」


 真琴は鍵を取り出し、玄関扉を開くと、そこには今まで待ち構えていたかのように、高身長の優男が立っていた。

 突然人が立っていたものだから、御堂は驚き目をまん丸に見開いた。もしかしたら小さな悲鳴を漏らしていたかもしれない。

 玄関に佇む男は笑顔を浮かべているが、仮面が張り付いたような偽物の笑顔のように感じた。


「送り届けてくださったんですね。ご苦労様です。あとはこちらで対応しますので……どうぞお引き取りください」

「え? あ、はい……」


 男の笑顔は一ミリたりとも変化することがなかったのが、より恐怖心を煽った。

 男は御堂から視線を逸らすことなく、真琴だけを引き寄せる。


「……御堂くん、送ってくれてありがとう……ごめんね。じゃあ、また……」

「夜分遅いので、お気をつけて。〝御堂さん〟」


 御堂は蛇に睨まれた蛙の如く、その男から視線を外せなかった。

 真琴からの言葉には煮え切らない、困惑したような声色が混じっていただったのが気になったが、その時の真琴の表情を確認することなどできなかった。

 御堂は一方的に失恋したような何とも言えない感情になり、返事はせずにそそくさとマンションを立ち去り、待たせていたタクシーに乗り込み自宅へと向かう。

 タクシーの運転手も何かを察したのか、御堂の落胆ぶりに声をかけることなく、無言のまま出発したのであった。


【終わり】

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愛などなくとも めろこ @meroko0827

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