俺の顔に何かついてる?

烏川 ハル

俺の顔に何かついてる?

   

 珍しく深酒した翌朝。

 目が覚めたのは、いつもより一時間遅れだった。


「まずい……!」

 慌ててベッドから飛び起きる。

 十五分後の電車が、出社時間に間に合うギリギリの便だ。

 顔を洗って歯を磨き、朝食がわりの野菜ジュースを口にする。スーツに着替えて眼鏡も掛けて、ビジネスバッグ片手に家から飛び出した。


「はあ、はあ……」

 走り始めた俺の息は荒く、自分自身の呼吸音が、妙に際立って聞こえるくらいだ。

 急げば駅まで十分間だが、そんなに全力疾走は続けられない。すぐに走るのを諦めた。

 とはいえ、のんびり歩くわけにもいかず、まるで競歩みたいな早足になった。


 通勤時間帯の朝は、せわしないのが普通だ。それでも、これほど慌ただしい姿は珍しいのだろう。道ゆく人々が、俺の方を見て、変な表情を浮かべていた。

 笑いたければ笑え。遅刻寸前という危機的状況なのだ。他人の目を気にする余裕はない!

 最初はそう思っていたのだが……。


「ママ、あれ……」

「しっ! 見ちゃいけません!」

 俺を指さす子供と、その視界を遮るかのように立ち位置を変える母親。

 まるで変質者扱いであり、さすがの俺も気分を害してしまう。

 同時に、少し不思議に思った。傍から見て今の俺は、そこまで言われるほど常軌を逸しているのだろうか?


 そのまま小走りを続けるうちに、ふと気が付いた。こちらを注視する通行人たちは、歩き方ではなく、顔のあたりに視線を向けている。

 ならば、俺の顔に何かついているのだろうか?

 気になって頬に手をやり……。

 ようやく俺も理解する。今朝の俺は、外出時には必須の、感染症対策のマスクをつけ忘れていた。

   

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俺の顔に何かついてる? 烏川 ハル @haru_karasugawa

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