第42話 天満月=あまみつつき
バイロンから放たれた眩いほどの閃光はギリング城からガルバナ森へ向かい銀月梠の屋敷を包み込んだ瞬間に屋敷はガルバナの森から消えた。と、同時に長閑村では大きな揺れが起き、村人たちが慌てて家屋から飛び出した。
童玄と怜も家屋から飛び出し長閑村を見渡す。
「童玄、今のは何かしら」
童玄は天空を見上げた。
『隆が駿さんと再会を果たし、龍神龍王バイロン様とお会いできたのでしょう。無事であるなら良いのだけれど、しかし、この地揺れは一体なんでしょうか』
「見て!童玄、村の人たちがこっちは向かってくるわ」
「その様ですね」
「童玄殿、今のは何かしら、こんな事、今まで起きたことなんてありませんでしょ」
翠は血相を変え慌てた様子である。
「母さん、浩、怪我はない」
「怜、私達は大丈夫よ。貴女は大丈夫?」
怜と
「童玄師匠、今の揺れはなんでしょうか、何か起きる前兆なのですか」
「わかりません。ただ……」
「ただ、なんですか」
童玄は家屋の後方に目を向けると浩も同じくそっちを見た。
「あれ……なんです?あそこの草原の草木が……なにかあったのかな」
ダクラナ森の入り口、門番セコイアスギの前方、隆がいつも森へ行く時の通り路に生い茂る草木がなぎ倒されている。
童玄は茫然としながらもそこに銀月梠の気配を感じ歩みを進めた。浩は童玄の背中を見つめる。そして後に着いて歩み、その姿を見ていた怜と翠は手を取り合って二人の後を追った。次々に村人達がダクラナ森へ向かう童玄の背中を見て森を目指す。
童玄はそこにある屋敷を目にして心が激しく高鳴った。怜は童玄に寄り添い屋敷を見つめる。
「いつの間にこんな大きなお屋敷が、誰のお屋敷かしら」
ほとんどの村人が草原に集まった時、ひとりの村人が叫んだ。
「これは、どうなされたのですか、一体なにが起きたのですか!童玄師匠!この……このお屋敷は銀月梠様のお屋敷ではありませんか」
大工の
「童玄師匠!隆たんはどこですか?このお屋敷の中にいるのですか」
「李静さん、隆がこの屋敷の中にですか」
「先程、隆たんの声が聞こえてきた様な、聞こえてない様な」
「なにを言うのかと思えば、聞こえてきた様な聞こえてない様なとは、李静はなにを言っておるのか困ったものですのう」
「だって曹先生、先程、確かに隆たんの声で
みんな集まってって、それがあの揺れと関係してるのかと思ったのですよ」
「空耳……空の耳?ですな」
曹は空を見上げた。
屋敷の扉が静かに開くと、李静はその場に座り頭を下げた。
扉を開けた銀月梠は辺りを見渡し、そこに童玄がいることに気づき、強張った表情が程なく和らぎ二人は抱き合った。
「童玄、隆の奴、見事に話をつけてくれたようだな。なんと、五歳にして大それた事をしよる」
「はい」
互いに深く身にしみて感じいった。
屋敷の窓からそっと精把乱が二人を見つめている。銀月梠の寝室に飾られている隆の描いた童玄と銀月梠の絵が心なしか喜んでいる様だ。
そこに突然、駿太郎と隆が現れた。
「父さん!母さん!」
隆は怜に駆け寄り抱きついた。
「隆!お帰りなさい。無事でよかった」
「はい、母さん、ただいまです!」
「おかえりなさい隆、駿さん無事でよかった」
怜は隆を力一杯抱きしめた。
「母さん痛いです。父さんとおじさんが一緒にいます。駿さん!すごいです」
隆は誇らしげに二人を見上げた。
「隆、無事でよかったですよ」
「はい!父さん」
「隆よ。神に話してくれたのだな」
「はい!おじさん、バイロン様は思ってたよりもとっても優しい神様でした」
童玄と銀月梠には
「本当です。ねっ!駿さん」
「ああ、しかし本当に瓜二つだな」
「うりふたつ?」
隆が真顔で二人を見やり駿太郎を見上げた。
「同じ顔ってこった!」
隆は嬉しそうに童玄と銀月梠の顔を見比べる。
「もう、わかってんだろ、詳しい説明をしてる時間はねえんだ。隆たんを連れていく、そんでもって、必ず、隆たんをこっちに送り返すから安心して待っててくれ、それと、おじさんよ。俺とあんた、どっかで会った事あるよな」
「私はお前になんぞ会った覚えはない」
「ふん!そうか?まあいいや」
「僕、必ず、子孫龍様達を駿さんと共に連れて戻ります。父さん、母さん、おじさん、僕、必ず、バイロン様の願いを叶えてみせます」
「随分と大人になったわね」
「童玄、怜、会えてよかったよ」
駿太郎は鼻の奥がツンとして目頭を抑えた。
「思い出したようですね」
「ああ」
駿太郎は思わず童玄を抱きしめた。
『……』
「どうしたの?駿さんたら、童玄を抱きしめたりして、相当怖い思いしたのかしら、勝手にダグラナの森へ入るからよ。無事に帰って来れて本当に良かったわ」
相変わらず呑気な怜である。
「駿さんの好きなものいっぱい
駿太郎の背中を摩っていると、童玄が怜の頭を両手で挟んだ。
「どうしたの?童……」
童玄は目を閉じて怜の脳幹の中枢へと侵入し封印した記憶の
怜の記憶が蘇る。子供を授かり喜ぶ自分の姿を見た。産まれてきた子は丸々とした男子である。腕に抱き母乳を与え、すくすくと成長していくその子は駿翁の姿である。怜の大きな目から大粒の涙が溢れ出した。
「駿翁!」
怜は駿太郎を抱きしめた。
「ごめんなさい!私、あなたの事、あなたの事、駿翁なの?」
「母さんよりちょっとばっかし歳いってっけどな」
駿太郎は微笑んで怜を抱きしめた。幼い頃の記憶にある母の温もりを今感じて駿太郎は安堵した。
怜の記憶が蘇ると村人達の記憶も蘇った。大人達は皆俯いたまま涙を流す。親が泣きだすものだから子供たちは父や母を慰めている。
駿翁七歳の時、バイロンはいきなり駿翁を下界へ落としたのである。急な事、故、駿翁を失った怜は錯乱状態になり気の病を発症しかけた。童玄は意を決して怜の中から駿翁の存在を消すため記憶を封印したのである。
そして、
【ダグラナ森の門が開く、駿翁、隆よ、ゆくがよい!】
天空からバイロンの声が響き渡った。
駿翁が下界へ落とされた時と同じである。
「隆たん、いくぞ!」
「はい!」
隆は駿太郎に抱き上げられ左腕に乗っかった。
「隆たん」
二人は頷き合って声を揃えて
「父さん、母さん!行ってきます」
ピシッ……。
この日から、長閑村が闇に落ちると
銀色に輝く月が
お目見えした。
それは
永遠に照らすは
銀月梠の想いである。
おわり
九龍門伝説 逸話 長閑村編 久路市恵 @hisa051
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