第41話  決意の時

 目に映る炎は駿太郎を駿翁に引き戻す。


 下界へと差遣さけんされし封印された記憶が蘇り、生誕の土地へ帰還をし下界の記憶が薄れてしまいそうになりつつの駿太郎と駿翁は不離一体の身が表裏一体となり混在し合った。


「大体の事は理解したであろう」


 隆もまたバイロンが伝えたい事を理解し、その先に起こる局面に五歳の隆は覚悟を決めた。


 二千年前のあの日、あの白花の草原で八龍たちは白龍と紫龍を中心に楽しげに時を過ごしていた。そこに異変が起き、突如、白花の草原に亀裂が入りその亀裂に十龍と精二匹は共に陥ってしまったのである。門番を継承する九人の子孫龍たちが一瞬にして消えてしまったのだ。


 東・西・南・北・北東・南東・南西・北西

の八方位に位置し大きな門扉が聳え立つ。


 門扉は龍色りゅうしょく情調じょうちょうに輝きバイロン城に向かってきゅうりょうを描き城上で交わり異彩を放ち、清らかで、気高く、おごそかな神域を告げる。


 黄金龍、青龍、赤龍、金龍、紫龍、銀龍、虹龍、黒龍兄弟の九人が門番八方位神である。この九人によって守られていた門扉、その守神が留守をすれば門扉は閉扉を怠る。


 バイロンは幾度も門扉を閉ざそうと努めた。しかし代々引き継がれる龍神の御魂にだけ随順する事をこの時初めて知ったのである。この様な変則の事態が起きる事など想像すらしていなかった。不測の事態であった事は言うまでもない。


東に赤龍

西に虹龍

南に黄金龍

北に黒龍兄弟


北東に金龍

南東に青龍

南西に紫龍

北西に銀龍


 生命の誕生よりも遥か昔のいにしえの時代に八つの門扉は建造された。


 その門扉の存在は安定、安心、安住と命あるもの全てに与えられし恩恵であったが子孫龍の不在により結界はまもられなくなってしまった。


 まもられなくなった地は衰退し、いずれ衰亡してしまう。衰亡とは太平の世は永遠に来ない兆しであり、結界を守護しなければ必ず世界は終結してしまうのだ。


 ミルロン妃はあの場所で子孫龍と共に亀裂の狭間に落ちていった息子の白龍の帰りを待ち続けていた。境界の結界が解放とかれし門扉は全開してしまい、魔障の外気が入り込み汚染された神聖の地は凍りついてしまったのである。


 ミルロン妃も逃げる間なく凍りついてしまった。悲観したバイロンは神であることを忘れミルロンの夫である事を重視ししのぎミルロンを救おうと寄与したものの希望は叶わなかった。


 一刻も早く子孫龍達を連れ戻さなければ、バイロンの心底は休まることはない、バイロンが突然、病に伏したりしたならば、ギリング城も凍りつき、はたまたガルバナの森、ダクラナの森、すなわち長閑村も凍りついてしまうのだ。


「駿翁よ。其方にもう一度機会を与えるが故、子孫龍達を捜し出し、ここへ連れ戻して欲しい、それには隆の力も必要となる。共に下界へ行き、私の願いを叶えてくれぬか」


 隆は立ち上がりバイロンに振り向いた。


「僕、やります。駿さんと一緒に下界へ行って龍神様たちを捜し出し、ここに連れて参ります」


「よくぞ申した。隆よ」


「ちょっと待った!」


 駿太郎として隆の言葉を遮った。


「なんだ駿翁、お前は私の願いを聞けぬと申すのか」


「誰もそんな事は言ってねえ、聞かねえなんて言ってねぇし、ただそっちの願いを叶えて欲しいなら、こっちの願いも訊いて貰わねえと割に合わねえだろ」


 バイロンは目を閉じため息をついた。

駿太郎として言葉を述べる以上バイロンの理屈は通用しない。額の龍の牙の形をした結晶が静かに光る。


 その額の結晶は先見の明を映し出す鏡である。先に起こるであろう事態を見抜く見識なのだ。


「わかった。なんでも申してみよ」


「隆たん、隆たんの願いがあるんだろ。ずっと、この心に引っかかっててよ。苦しんだろ。なんとかしたいんだよな」


 隆は駿太郎を見上げた。


「今の俺は駿太郎であり駿翁だ。駿翁としてできなかった事を隆たんと共にちゃんとして行きたい。そうしなければ、俺はきっと後悔に駆られる。封印が解かれ記憶が戻った事に加え俺様の記憶も戻ってきた。『バイロン様の仰せの通り』なんて事は言えねえ、俺のここにある想いはきっと隆たんと同じだと思うんだ」


 胸に手を当て隆を見つめた。


「はい、駿さん……じゃなくて駿翁様」


「駿翁様の様はねえよ。隆たんと俺は同等だ」


「ど•う•と•うとはなんですか」


「同じ立場って事だ」


「はい!駿さん!どうとうですね」


 隆は満面の笑みで応えた。これからどんな事変に向かっていくのか、今の隆は想像さえしていない。ただ長閑村が凍りついてしまったら、愛する童玄と怜がミルロンの様になる事は理解している。だからこそ、隆は下界へ行く事に混迷もしていない。


「バイロン様、僕の願いを聞いてくださいますか」


 隆はバイロンの膝に額をつけると、バイロンは隆の後頭部に手をかざした。


『僕は、父さんと一緒に過ごしていると、父さんはいつも心の中で僕の知らない人の事を想っていました。僕はそれが誰なのか、その時はわからなかったのです。でも、今はわかります。その人は銀月梠様でした。銀月梠様は父さんの弟でした。その銀月梠様も父さんとお話がしたい、そばにいたいといつも想っていたようです。僕の願いは、父さんと銀月梠様を一緒に長閑村で過ごさせてほしいと言う事です。きっと駿さんも同じ気持ちだと思います。バイロン様、どうか、僕の願いを聞いてください』


 バイロンは隆から手を避けそっと膝の上に添えた。


「隆よ。其方の望みは聞き届けたが精把乱の事は叶えてやる事はできぬぞ」


 隆の心底しんてい奥深い想いを見抜いていた。


「えっ……僕は……」


「精把乱は銀月梠が決め与えた身姿みすがた故、私の力を使うわけにはいかぬのだ。わかるな、隆。童玄にしろ銀月梠にしろもののけ、一体だけにあの様な形を与えてやる事ができるのである。一体だけであるぞ、銀月梠の周囲には多くの精が存在していたであろう。それを一体だけ精選する事は辛い事であっただろうな」

 

 隆はこくりと頷いた。ユウは首を傾げている。


「あれ?僕もこの様な姿を与えていただきました。一体だけではないですよ」


 バイロンは長い爪をピシッと鳴らしユウの目の前に鏡をかざす。


「お前は元々その姿であろうが!紫龍の技倆でその姿になったのではないか!なにをすっとぼけた事を申しておるのだ」


 バイロンが眼光炯々がんこうけいけいでユウを見た。身を縮めて駿太郎の背後に隠れるユウは、二千年の時を孤独に生き自分の姿を忘れていた。銀月梠のベッドで共に眠り目覚めた朝、鏡を見て、銀月梠にその姿を与えてもらったと勘違いし続けていたのである。


「やっぱ、おめえは、ぶぁかだな」


「ぶぁか!ってなに、駿太郎!」


 幼児おさなごの願いを聞き届けると額の結晶がじわりと輝き静かに息を吸ってゆっくりと吐いた。バイロンは長い二本の爪を擦り合わせてピシッと鳴らすとバイロンから閃光が放たれギリング城の天井を突き抜けた。





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