第3話 僕の名前は?



  〜Side 謎の少年〜



「冗談はこの辺りで止めとしてっと」



初対面で水をぶっかけてきたやばーいお姉さんが、緩み切った空気を引き締めようとして、一つ呼吸を入れた。



「こっちは冗談で済めば笑い流せるんですけどね〜〜〜?」



こちらは半分キレたような顔でお姉さんの顔を覗くと、お姉さんは決まりが悪そうに顔を顰めた。



「ん゛ん゛っ。いい加減、情報が欲しいとは思わないのかい?君は目覚めたばかりだというのにヒトのことをおちょくるばかりじゃないか。少しは落ち着きがないのかね?ま、私は大人だからね?君の失礼極まりない態度を水に流せるほどの寛大な心を持ってるのだよ!はっはっは〜」



寛大な心を持つ人なら、手間をかけても人に優しくすると思うんだけど・・・と言いかけたが、流石に話が進まないので、舌を収めた。代わりに名前を聞いてみる事にした。



「そういえばお姉さんの名前はなんて言うんです?」



「おや私にでも惚れたかい。それは残念だ。なぜなら答えはノーだからさ!生憎と私はショタコンではないからねぇ」



またよくわからない言葉が出てきた・・・ショタンコ?しかし、この人合理的だの効率的だのを言っていた割に、話題が脱線を繰り返しているのだが・・・さっさと話してくれないかなぁ。



その思いを視線に込めて送ると、どうやら相手も察してくれたらしい。



「それで私の名前だったかな?私は『ハイネス・フルマートン』だよ。職業については守秘義務があるから言えないが、この部屋の主人だ。故にハイネス先生と呼びたまえ、少年」



どうやらこのやべーお姉さんの名前は、ハイネス・フルマートンというらしい。しかも先生らしい。



そんなハイネス先生(仮称)の姿をよく見てみよう。白い衣に手を覆う布・・・あとは名前がよく分からなくてなんとも言えない!そして先生から鼻を突き刺すような匂いが・・・



「少年・・・君にはデリカシーというものがないのかね?レディを凝視して、さらには匂いを嗅ぐなんて・・・紳士にあるまじき行為だよ」



「えっレディなんてどこかにいましたっけ・・・てうわっいきなり水鉄砲撃たないでくださいって!」



「君は本当におちょくるのが好きなようだ。どうだい?もう一回寝ておくかい?起きられる保証はできないけど」



「やっやだなぁハイネス先生ぃ〜ちょっとした照れ隠しってやつですよ〜。ほら、先生ってば美人さんだし〜。からかいたくなるのもやぶさかじゃないっていうか〜」



やっばぁぁぁ普通に口滑らせてたわー。先生怒ってなきゃいいけどー・・・チラッ?



「び美人だって!?・・・ふふん、そうだろうそうだろう〜日頃の湯浴みは2回行っているし、肌の手入れだって忘れないし、私が独自に作った化粧水だって使っているんだ。これを美しいと呼ばずにいられようか!!」



バサッと両手を広げて嬉しさを表しているように見えるハイネス先生、ちょろいわ。



まあ肌が綺麗ってことは事実だけどなるほど、独自に化粧水を作っているのかー。



・・・あれっ?てことは職業バラしてない?



悲報 ハイネス先生 ちょろ過ぎたの巻



僕、ハイネス先生の将来が不安になってきたよ・・・



「ところで少年」



「はい?」



「君の名前は?」



「はい?」



おや、名前を尋ねられてしまいました。



「私の名前を聞いたんだ。私が君の名前を知らないのは不公平というものではないかね?」



うーん、確かに。少年少年といつまでも呼ぶのは不便でしょう。



わかる、わかりますとも。街中で少年と呼ばれたら、街中の男子が振り向いてしまう。とても不便ですよ。



ですが残念!



「それなんですけど・・・分からないんです」



「ん?なにが?」



「だから・・・自分の名前が、ですよ」



「・・・」



珍しくハイネス先生が言葉を詰まらせた。



「・・・その割に・・・君は随分落ち着いているようだし・・・さっきまで饒舌に語っていたではないか?」



「不思議なことに、当たり前のこと、一般教養みたいなものはすんなりと頭に思い浮かべることができるのですが、自分に関すること・・・多分自分が何者であったかを表すことは思い出すことができないのだと思います」



目を閉じると見える、拒絶の黒い線と、その先に見える眩い何か。



自分の記憶に関する大事な何か、であることは間違い無いんだろうけど・・・今の僕にはどうすることもできないようだ。



「ごめんなさい」



「・・・なぜ、少年が謝るんだい?」



だって、わかりますよ。最初から。



「だって、先生の目からは、警戒の色が感じられるから」



「!?」



分かりやすいように図星をつかれたような顔をした先生。



その顔を見て、僕は、してやったり、のような顔をお返ししてやった。



けどまぁ、警戒するのも納得ものですよ。



僕にとっても、先生は未知の存在だし、僕の名前を聞いてきたってことは、先生にとっても僕は未知の存在だろうし、先生みたいに、部下を持つ上の役職の人なら、部下のためにも、僕のような不確定要素を無くしたいだろうし。



「ハイネス先生、どうしますか?僕をこのまま生かすのか。それとも、異分子として排除するのか」



ここで先生を試すように尋ねてみた。



「・・・君は、私たちに害を与えようとする人なのかい?」



先生〜?質問に質問で返しちゃダメですよ〜って習わなかったの〜?なんて言ったら雰囲気が壊れちゃうので教えてもらった大人の寛大な心でサービスする事にした。



「そんなわけないですよ〜僕は自分のことが分からなくてものんびり過ごすことが好きってことくらいは分かりますし、それに・・・」



「?」



「あなたからは信用に足りるほどの『恩』を感じ取れる。それに反いたら僕はとっても罰当たりでしょう」



「・・・」



先生は今の言葉がピンときていないようだったけど、どうやら決心はついたようだ。



「さっきの質問に対しての私の答えは、生かす、だ。少年」



あらま、どうやら僕の気持ちが通じてくれたみたいですね。うれちい〜



「ただし、指示があるまで、この部屋から出ないこと。そして私の監視下で過ごしてもらうこと。これが条件だ。」



まあ警戒されているし条件は付くとは思っていたけど、案外まともだったね。



「随分優しいような気がするけど・・・先生いいの?」



「それなりに譲歩はしているからねぇ。それに、君を信用してみる事にしたのさ」



「?」



「私は合理的で効率的であると同時に、思いに報いる寛大な先生だからねぇ〜」



この先生、今日一番のしたり顔をしてきたぞ・・・やりおる。



「寛大な先生様ぁ〜ははぁ〜」



と大袈裟に平伏す仕草をする。



だけど僕も、嬉しかったりする。疑われてもおかしくない僕を、この先生は信用してくれる。なんか涙出てきそう・・・先生はいい人だったよ過去の僕よ・・・



しかし・・・自分の安否を話していたものだから気分がどっと疲れた。



「せんせー、話してたら喉が乾いてきちゃいましたよ〜」



「うん?それじゃあもう一回やっておくかい?水鉄砲」



「あれ以外でお願いします!!!!!」



やっぱり先生は変な先生だったよ過去の私。



水鉄砲だけは洒落にならないって・・・

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