第12話 大団円
翌日、先生に喫茶店アリスに来てと伝えると何も言わずに頷いた。こんなに頻繁に喫茶店でお茶を飲んでいる私たちって、何なんだろう、と思わなくもない。
放課後、アリスに行くと店長さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日は、中田さんはいないんですね」
私の問いに、店長さんは笑った。
「そう毎日働かせたら、法律に触れますからね。今日もお二人ですか? 奥のお席へどうぞ」
席へ着いてから十分ほどで先生が来た。
店長さん自らお冷とメニューを持ってきてくれる。先生は店長さんに、
「昨日、中田くんにコーヒーはないと言われたんですけど」
「えーっと。はい、そうです。昨日は豆を切らしてしまって。面目ないです。今日はありますけど、どうしますか?」
先生が何か言う前に、
「先生。ダメだよ。体に優しい物を注文して」
「あ、そういうことだったんだね、中田くんの考えは」
ようやく合点がいったようだ。
「先生も、たまにはケーキでも食べたら? 店長さん。イチゴのタルトを二つお願いします。それから、ダージリンティー二つで」
「深谷野さん。勝手に…」
「まあ、いいじゃん。おいしいから」
「そういうことではなくて」
が、先生もそれ以上は言わなかった。私は、昨日のように話が後になってはいけない、と思い、すぐに話し始めた。
「先生。よっちゃんからの伝言です。えっと…『自分を傷つけて生きているけど、私はそんなこと望んでない。幸せに生きてほしいってずっと思ってる』って。そう言ってたよ。だから、言ったじゃん。怒ってないって。先生に、幸せに生きてほしいって、ただそれだけを願ってるんだよ。だから、演技もやめたらどうかなって思うけど」
「それは無理だ。あの学校やめれば別だろうけど、あそこにいる限り、オレはあの桜内俊也でいないといけない。わかるよな。急に変わったらおかしいだろう。でも、それ以外の時はなるべく素のオレでいるようにするよ。良子が望んでくれるなら」
「望んでるに決まってる。だって、よっちゃんが好きになった先生は、その人なんだから」
そこまで話した時、注文した品が来た。先生は紅茶を飲んでから、恐る恐るといった感じでイチゴのタルトにフォークを刺して切ると、口に運んだ。
「どう?」
「おいしいな」
本当にそう思ってるかはわからなかった。俯いて表情が確認できないからだ。先生が泣き出すんじゃないかと危惧したが、それはなかった。
私は、わざと明るい口調で、
「先生。いくら私がよっちゃんに似てるからって、好きになっちゃダメだよ。私は彼氏がいるんだからね」
先生は私を見ると、肩をすくめて、
「なーりーません。もう、こりごりだ」
「まだ若いのに、何言ってるんだか。これからじゃん」
「もう、この話は終わりだ」
これ以上続けてはいけないと判断して、黙った。先生も静かにケーキを食べていた。
しかし、まだ二十代なのに、もう恋愛をやめるんだろうか。こりごりって…。
よっちゃんが私を乗っ取って話しまくったその日から、彼女の気配は全く消えてしまった。それと同時に、何かから解放されたように祖父母はよく話すようになった。
母の病気はよっちゃんによるものではないので状態は安定しないが、家からほぼ出なかった生活から、たまに私とアリスでお茶するようになった。
テレビとステレオもどこかから出されてきて、自由に使っていいと言われた。音が帰って来た。
止まっていた時間が動き出したように感じた。
庭のあの大きな木にしか大事な話が出来なかったよっちゃんは、はたして幸せだったんだろうか。でも、少しだけわかる。あの木は、何だか安心する。よっちゃんもそんな気持ちだったのかもしれない。
何はともあれ、これでこの洋館の哀しい記憶の話は終わりです。
めでたし、めでたし。 (完)
洋館の記憶 ヤン @382wt7434
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