ちょっとばかりのお世辞って

@88chama

第1話

 年をとったなと感じる事はあるが、それが辛いとは余り思わない。誰しも永遠に若くいられないのだから、せめて年齢より少しでも若く見られたら幸せと心がけて暮してはいる。

 「えーっ、そんな年だったの?」なんて驚いて貰えたら、こんな快感は他に無いほどだ。


 内心では相手が相当無理をして驚いてくれている事など十分承知の上だけれど、そう言われるとその方は本当に良い人だと思い込んでしまいそうにもなるから不思議だ。

 私はずっとそうやって何人もの良い人にめぐり合って来ている。

単純なのかなとも思うがそれだけではなくて、私はそれ程心地よい地域の中で暮せているのだと感謝している。


しかし、そうは言っても最近は世の中が随分と変わってきて、物事をはっきり言う人が増えたし,相手を思いやって感情を押さえたりする事が薄らいできた様にも感じられる。

歯の浮くようなお世辞はどうもいただけないが、相手が喜びそうなお上手は人間関係をうまく結べる術であると私は思う。



 さてここまで偉そうな事を述べてきたが、これは落語でいう「まくら」の部分であって、本題はこれからである。

前述を覆して申し訳ないが、私は年をとった事がとても辛いし、良い人の中で暮していたと思っていたのに、そうでもない人も居た事を知ってしまって,今とてもがっかりしている。

 


 それはつい先日のことでした。

ご近所さんとの会話の中で私、オバアチャンって呼ばれたのであります。

ガーンと一発いや五発ほど殴られたような、弱い心臓をちょいと一突きされたような、そりゃもう二度と立ち直れない程に傷つきました。

 何故? 何で私がオバアチャンと呼ばれなきゃいけないの?

悩んで心持ち目方も減りました。ダイエットにいいなんて悠長なことではなくって本当にマジでへこみました。


 眠れない日が四日続き、そして解ったのです。

当たり前のことを当たり前に話せばそう言われるに決まっているのです。お婆さんに向かってお爺さんと言われたと言うのならいざ知らず、正直な隣人にムキになっていた自分が情けない。



 それではどうすればいいのでしょう。

グッと若作りをして誰にもお婆さんなんて言わせない・・でも先日痴漢に襲われてケガをした女子高生(後日それはド派手に化粧した制服姿の四十過ぎの人だったとのことで、同情心が何処かに飛んで行ってしまった)のような真似も出来ません。



 やはりここは世間に「ドラえもんのお世辞口紅」を普及させるしかないでしょう。

どう見ても六・七十のお婆さんとしか思えないような人だって、もしかしたら「三十代の乳飲み子付き男性」と結婚すれば、お母様と呼ばれたってOKなのではありませんか。

 つまり何でもありの世の中なのだから、ここは「口紅」をつけて相手構わずお母さんと呼びかける様、ルールを作るべきかと思ってしまいます。

 呼ばれた方だってそりゃあ悪い気はしないのだから良い事でしょう。

見た様をそのまま言うのは素直とばかりも言えないでしょうからね。




 と、ここまで来てふと思い出した事がある。

随分昔の事だが、わが姉とその友人が偶然出会った時の事。 

お互いに連れている子供の出来を笑い「このゴリラの親子は全くそっくりだねえ」 「あんたんちの子だって、鼻にコンセント挿し込みたくなるわよ」…

二人は数年ぶりの再会を喜び合って大笑いした。



 しかし、姉も姉だがこれを黙って一緒に笑った私は、果たして賢い妹と言えるでしょうか。

たとえ仲の良い友達同士といえども、子供が傷つくと思いが及ばないのだろうか。

これでは見たまま言いたい放題である。ああ、私たち姉妹がもう少しお利口さんならば、そしてどちらかがドラえもんマークの「口紅」を持っていたならば・・・


 「元気そうなお子さん!なんて可愛いこと。」

 「お嬢ちゃん? おや、違うの? あら、余りに可愛いからお嬢ちゃんかと思ったわ」

とそのガキゴリラに、いやダメダメそのお子さんに言って差し上げられたことでしょうに。


 

 ゴリラを見てゴリラと言ったわが姉とそれを許した私らは、お婆さんを見てお婆さんと言った人とは同じレベルでありましょう。 だから私には傷つけられたとぼやく資格はないのだという結論になるであります。 

 そこにやっと私は気がついた。 私をお婆さん呼ばわりした人を恨むのは筋違いというもので、その方をむしろ純真・正直者と認識出来た自分を誉めてあげよう。



 反省も込めて言いたい。

小さな子にはお嬢ちゃん?と間違って言ってみせ、たとえ乳児を抱いた九十歳の高齢者にも、いち応 「まあぁ、お母さんに抱っこされていいわねえ!」と、NG台詞を敢えて言おうじゃぁありませんか。(そのお婆さんが更に年老いた息子に支えられて、やっと座っていようとも、です)  ものすごい歳の差婚だって有りの世ですものね。



 明るい世の中って、案外ちょっとばかりのお世辞から来るものなのかも知れない、と単細胞の私は思ってしまうのであります。

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