日常への来訪者

 状況を整理しよう。マンションの部屋にポツンと独り、胡坐をかいて座っている俺はチラッと時計を見る。今の時間は13時。もう昼に何を食ったかすらはっきり覚えていない。というか食べていないんじゃないか?


 昨日、いつも通りに1人でテーマパークへ行った。が、帰る頃は1人では無く2組になっていた。彼女の名前は【天崎夜空】、俺が管理人を務めている『テディの独り身テーマパーク』のファンだった。そこから連絡先もなし崩し的に交換してしまった……18歳と交換するとか俺は頭がどうにかなってしまったんだろうか?


 まあ連絡先を交換したところで、それとなく誘いを断っておけばそのうち無理だと思ってフェードアウトする。って思っていたんだけれど、ここで問題点①。今朝隣の部屋に引っ越してきてしまった。


***


「わぁーっ!凄い奇跡ですね!テディさんが隣だなんて!」


「ほんとですねー、凄いですねー」


 目の前の少女に驚きと焦りを隠せない。俺の日常の全てを崩壊させる少女の来訪。昨日会った時は動きやすいように、ピンク色のシュシュでポニーテールに結わいていた長い髪を下ろしている。


「私、来週から大学生でして、近くのここに引っ越してきたんですよ」


「なるほどー」


 そうか、3月のこれくらいに18歳なら大学生ですね。最低でも4年はいるということね。はいはい。


***


 回想終了。


 昨日あんなに楽しそうだった彼女は、また一緒に行きたいと言ってくるだろう。しかも隣に住まれたら行動パターンも読まれやすい。彼女もブログのファンだ、俺のポリシーを知っているだろうし、毎回連れて行ってくれとは言わないだろうが。彼女は一緒に行く人がいない。俺は1人で行きたい理由もある。そこには大きな違いがある。


 しかし、ファンを大事にしないというのもポリシーも違反だ。俺の好きなVtuberにも通じる、発信するものにとっても最も大事なこと。


 ……そんな事を考えていたらもう14時だ。その俺がファンのVtuber【星咲パレード】の配信がある。スマホを付けて、Youtubeを開く。と同時に天崎さんが引っ越してきた部屋側に耳をぴたりと付ける。


 問題点②。この行為は、俺が決して盗聴をしようとしているとか、天崎さんのあふんうふんな声を聴きたいとかそういう訳ではない。


 昨日の帰宅後、パレードのTwitterを見たときの事。憧れの人と出会って嬉しかったという内容のtweetがあった。それに声も似ている。最初からどこかで聞いたことあるとは思ったんだが、発想が無かった。


『みんなー!こんパレー!ボクのパークにようこそ!』 


 始まった。もし、パレードが天崎さん本人であれば隣の部屋から聞こえてくるはず。


 ファンとの恋愛はあり得ない。前から俺はそう思っている。恋愛はしなかったとしても、2人でどこかに出かけるなんていうことはダメだ。


 しかし、自分から『パレードの中の人ですか?』と聞くのも憚られる。違っていた場合に『えっ、何ですかそれ。テディさんこそ頭がパレードなんですか?』と言われるのも嫌だ……女子に何かを言われるのが軽くトラウマなのかもしれない。


『今日はボクの大好きなラットパーク・シーについてお話するよ!』


 昨日出会った場所だ。これは偶然だろうか、必然だろうか。


 配信が進むうちにも、壁の奥からは声は聞こえてこない。そう特別に壁が分厚くないはずの安マンションだ。逆側の部屋からはギターの音も聞こえてくる。っていうかマンションでギター弾くなよ。まあそれはそれとして、ここまで聞こえないというのはもしかして違うのだろうか。


『ばいばい!またのご来場をお待ちしております!』


 もう配信が終わってしまった。正直内容もほぼ覚えていない。うん、でも天崎さんはパレードでは無さそうだ。問題点②はこれで解決と言える。うんうん、そんなに悩まなくてもよかった。これで問題無く出かけることが出来る……いや、違う。俺は独りが良いんだ……


 ぴんぽーん!


「うわぁ!」


 不意に部屋への来訪者の知らせ。部屋の前で鳴ったようだ。驚いた俺は思わずスマホを投げ飛ばす。

 

 モニターを見るとそこには天崎さん。


「はい」


「あっ、テディさん!」


 扉を開けると、千切れんばかりの尻尾を振っている天崎さんが立っていた。


「どうしたんですか?」


「いえ、あの、そういえばこちらを渡していなかったなと思いまして……」


 おずおずと差し出すには乾麺のそば。


「引っ越しと言えばこれを渡すのがマナーですよね!」


 引っ越しそば、現代でそんな事をする女子大生がいるとは……


「……わかりました。ありがとうございます」


 断るのも悪いだろう。昔からのマナーをこの子は実行しているだけだ。


「逆側にもお渡ししたんですか?」


 無意識に口から出た言葉に、自分で驚く。聞く必要も無い質問をなんで聞いたかわからない。恐らくはこのご時世、心配でしたんだろう。

 その言葉を受け取った本人は、目をパチクリとしている。どうかしたんだろうか?


「あ、いえ。私一番端なので、テディさんしか隣がいないんですよ」


 ……そうだった。チラッと天崎さんの部屋を見る。一番端、更には俺の部屋からはL字型になっており少し間が空いている。

 そんなに気にしていなかった為忘れていた。これなら配信をしていて、なんの音が聞こえなくても不思議ではない。彼女がわざわざこの部屋を選んだ可能性すらある。問題点②再浮上だ。


「それよりテディさん、そばつゆとかあります?」


「いえ、無いですけど」


 明日以降買いに行けば良いし、最悪そのまま茹でて食べる。調味料なんか無い。


「じゃあ、夕飯食べるものあります?」


「カップ麺くらいなら」


 料理はしない。夕食は買ってきたもののみ。帰ってきてから作るとかそんなこと出来るのは超人だけだろう。


「それなら!私が今日作ります!そばを茹でます!一緒に食べましょう!」


 へぇ......へぇ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お1人様×2組、テーマパークで出会い1組になる。 柑橘特価 @yasuurimikan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ