お1人様×2組、テーマパークで出会い1組になる。

柑橘特価

1人行動の美学

 イヤホン越しでもがやがやと周りが騒がしい。子供の声、その子供を呼ぶ母親の声。少し前は気にしたっけ。もう今はそんな事も気にならない。


 今日は3月の土曜日、ここは某県にある日本で1番有名なテーマパーク。ラットパーク・シー。開演まで10分前の扉の前にいる。周りとは違い、俺『熊谷隆史くまがやたかふみ』、26歳は1人だ。


 別に友達がいない訳では無い。ただ、こんな所に誘うのが恥ずかしい。


 上京して入った大学を卒業して早4年。そのまま一人暮らし。中流の会社に就職した俺は、学生時代からの趣味である、1人テーマパーク巡りをずっと続けている。ここももう何回来たかは分からない。


 【テディの独り身テーマパーク】という、1人での楽しみ方、また実際行った感想を書いているブログもだいぶ知名度が上がった。テディというのは、熊谷という名字と、昔は身長が小さかったことからのあだ名。

 多分ここにいる人達も俺のブログを言ったら知ってる人はチラホラいるだろう。1人以外の人からもよく感想は来る。


 待ってる間は、スマホで好きなVtuberの動画を見て待っている。


『みんなー!こんパレー!ボクのパークにようこそ!』 


 【星咲ほしさきパレード】、個人Vtuberで、人気もそこそこ。ただ、この子もテーマパークや観光地に行くのが趣味らしい……まあこういう子は誰かと一緒に行くんだろうけど。


 個人Vtuberは良いぞ。恋愛問題なんてほぼ無い。自分がこの中でも1番好きって自信も持てる。もっとも、ファンとの恋愛なんてもっての外だし、恋愛で辞めるなんて事になったら金返せーって気持ちにもなるだろう。


「開園致しまーす!前の方から押し合わず、ゆっくりとお進みくださーい!」


 おっと、時間になったようだ。開演の音楽が鳴り始めて人の波が動き出す。

 走り出す人が大勢いる中、俺はゆっくりと歩き出す。これが1人の利点だ。なぜかと言うと……ん?


 1人の若い女性が、後ろから走ってきた奴に突き飛ばされ、倒れてしまった。周りの人達は前しか見えておらず、気にしないで足を動かしている。


「あの、大丈夫ですか?」


 手を差し伸べる。こういうテーマパークだ。人のことを考えて、楽しく行動したい。この子だって助けが来なかったら今日の気分は最悪かもしれない。


「あ、はい……ありがとうございます」


「じゃ、俺はこれで」


 絆創膏を渡して去る。助けはするけど、それ以上はしない。俺は1人で、彼女も1人だ。お互い干渉せず、1日を楽しもう。


 ***


 さて、ここはテーマパーク内の1つの区切り【メキシカン・ファイアーサイド】の【ツリーアンドフィアー】。フリーフォール式のアトラクションで、外装や内装は大きい樹をモチーフにしている。パーク内でも1番人気がある。


 恐怖という言葉が名前に付いていることだけあって、外まで聞こえるレベルに悲鳴をあげる人が多い。


 めちゃくちゃ並んでいる。外にまで列が伸びているほどだ。ここで1人という利点がある。


「どなたか!お1人様かお2人様いらっしゃいませんかー!?」


 ほらほら。パーク内のアトラクションという性質上、家族連れが多い。つまり席が余る事が多いんだ。そんな時はこうやって1人で来ている客を募る。


 俺は手を挙げ、係の人に存在を示す。


「あのー、すみま「はい!」


 最後まで言い切る前に後ろから女性の声がする。


 あれ?と思い振り返ると、そこにはさっき転んでいた子が、恥ずかしそうに手を下ろしていた。向こうもどうやら俺に気付いたらしい。


「あ、良いですよー。お2人の前に2人組のお客様はいらっしゃいませんでしたし、折角なのでお2人ともどうぞ!」


 何が折角だよ。


 1日の歯車が狂った様な気がした俺は、アトラクションに通された。席に座った俺に隣の少女は声を掛ける。


「あの、さっきの方ですよね?」


「ええ、そうです」


「ありがとうございました!私1人だったからちょっと悲しくて……」


 まあそうだろうな。こんな若い子1人だと寂しいだろう。俺とは違う。


 アトラクションに乗った後は割愛する。隣の子が「ワクワクしますね!」とか「ドキドキします!」とか言っていて、後は叫んでた。そんなもんだ。俺はちなみに叫ばない。楽しいけど顔には出ないタイプだ。


「いやー、怖かったですね」


「そうですね。ではこれで」


「えっ、あっ、はい」


 一瞬小動物の様な声がしたが、俺は1人で楽しみたい。


(あんた男なのに遊園地とか好きなんだ。へー、子供みたい)

 

 ……嫌な事を思い出す。もう俺は1人で良い。


 ***


 続いては【トゥルースランド】の【フロント・オブ・ザ・マーズ】。ここも人気だ。最高速度75kmで火星の中から飛び出すジェットコースターは迫力がある。


「あのー……」


 並んでいると、後ろから声がする。


「また会いましたね、奇遇ですね!」


 すぐ後ろにはさっきの子。なんだ?俺の邪魔をしに来てるのか?リズムが崩れる。コンサートの最中のピアノに活きたマグロを投げつけられた様な気分だ。


「あ、ああ奇遇ですね」


 とはいえ無下にするのもポリシーに反する。愛想笑いと大した事ない語句でやり過ごす。


「これも何かの縁ですし、良かったら一緒に周りませんか!?」


 両手を合わせ、笑顔で提案をしてくる。


 なんだって?今なんて言った?一緒に周る?冗談じゃない。俺は俺で1人行動の美学で行動している。それに見たところ高校生くらいだ、犯罪だろう?


「あー、申し訳ないけどそれは……」


 うっ、すっごい残念そう。顔に影が掛かってるのが見える。こんなおっさんと行動して何が楽しいと思うんだ。

 ポリシーとポリシーによるぶつかり合いが起きている。


「わかりました。周りましょう」


 その瞬間、パァーッと顔が明るくなる。わかりやすい子だ。


「ありがとうございます!私、『天崎あまさき

』って言います!」


「熊谷です」


 やれやれ、なんでこんな目に合わないといけないんだ。

 今日のスケジュールは昨日のうちに組んだおいた。1人で身軽に行動するのが楽しいのに……


「ちなみにおいくつなんです?」


「女子にそれ聞きます?まあ、18歳です」


 ……未成年かよ。


 ***


「あー、楽しかった。毎回タコ型の恐竜が冷凍ビーム撃ってくるの見てて面白いんですよね」


 あんまり長い文章は嫌われる。またアトラクションはカットだ。


「そろそろ昼食を食べようと思うんですけど」


「良いですね!どこにします?」


「時間も勿体無いし、ワゴンで軽く食べようかと思ってましたけど」


 年頃の女子はそういう食べ方は嫌うだろう。「じゃあ私はこれで……」ってなる様な展開が狙いだ。


「わかりました!さあ行きましょう!」


 ……良いのかよ。


「美味しいですね!このホットドッグ!」


 正直こういうのはどこでも一緒だと思うんだけど。


「次はどこ行くんですか?」


 はふはふと頬張りながら聞いてくる。その姿は正直可愛げがある。


「【アウディ・オルカのゴールデン・大腿骨の大迷路】のつもりですね」


「わかりました!じゃあ行きましょう!」


 あーあ、元気だな……


 ***


 夜まで省略、アトラクション乗ったりショーを見たりしました。


 今は夕食時。「私が奢りますから!損はさせませんから!」と言われた。女子高生に奢られるとかある意味屈辱とか思ったけど、その必死な様子に押されて、ご馳走になる事にした。というかどこに金あるんだ?


「うーん、今日は楽しかったですね!」


「そうですね」


 半分ほんとで半分嘘。俺の1人行動のスケジュールは台無しになったけど、まあそれでも楽しくなかった訳では無い。


「このパスタも美味しいっ!」


 季節限定のセット。1人だったら違う所に今日は行っていた。


「熊谷さんはよく来るんですか?」


「ええ、来ますよ。昔から、1人で良く」


 それにしてもこの子、初めて会ったのにもう何度も会った事があるような錯覚を受ける。なんでだろうか?


「へー、そうなんですかー」


 フォークで丸めたパスタを口へ運ぶ。


「ん?熊谷……熊……?もしかして、テディさん!?」


 バーン、バレてしまった。隠そうともしてなかったけど、俺の知名度もだいぶ上がったもんだ。


「その通り、僕がブログをやってるテディです」


「わー!やっぱり!私ファンなんですよ!」


 机から乗り出して俺の手を取る。食ってる最中に危ねぇよ。


「ファンの方でしたか。いつもご覧いただきありがとうございます」


「前から良く見てます!その、友達もいなくて、一緒に行く人もいなくて……」


 一気にどよんとした雰囲気に変わる。さっきの断った時と似たような。


「1人でも楽しめるんだって、希望を持ちました。生きる希望を」


 胸を押さえるように、噛み締めるように言う。そんな大袈裟な、いや大袈裟じゃないのか?


「そう言っていただけると幸いです。誰かの希望になるような記事を書けたのなら」


「……あの!良かったら!」


 言いづらそうに口を開く。


「また一緒に出かけませんか!!その、テディさんのポリシーとかは理解してますけど、今日はほんとに楽しくて!」


 楽しかったんです……と消えそうな声で続ける。


 正直1人行動が出来なくなるってのは嫌だけど、俺はなんかこの子を放っておく事は出来ない。別に俺は人間嫌いな訳ではないのだ。


「わかったよ。気が向いた時な」


 付けなくても良い事を付け足してしまう。


「……!ありがとうございます!」


 手を合わせ、本当に嬉しそうな表情を浮かべる。ま、この子にとっては幸せな日になっただろう。


 ***


「あ、パレード!好きなんですよ私!」


 そう言って、少し前に歩みを進める。

 夜の暗闇の中には、光と音の奔流がくっきりと浮かび上がる。光をバックにこちらに笑いかける天崎さん。パレードももちろんだけど、彼女も輝かしく見える。


「ねぇ!テディさん!私ほんとに楽しかったです!今日という思い出を一生大事にしたいです!」


「……うん、そうですね」


 ***


 今は何時だろう。日曜日の朝、マンションの窓から差し込む日の日差しに起こされる。

 ……昨日の事が夢のようだ。女子高生と2人で行動をした。現実の話だろうか?やっぱり夢だったのかも知れない。


 スマホを開き、LINEを開く。昨日の女子高生の連絡先がある。

 夢じゃなかった。


 『天崎夜空あまさきよぞら』。珍しい名前だな。夜の空に負けないくらい昨日は目立っていたかもしれないけど。


 ああそうだ。パレードのtweetを見よう。昨日は配信はしてなかったみたいだけど、何か言ってるかな……?


『ボクは今日、ラットパーク・シーに行ってきたよ!憧れの人にも会えてとても楽しかった〜!』


 ラットパーク・シー……憧れの人……夜空、天、星?

 ……ファンとの恋愛なんてもっての外。

 

 ピーンポーン


 チャイムが鳴る。時間は9時。こんな時間に何だろう?


「はーい」


 扉を開ける。そこにいたのは。


「初めてまして!隣に引っ越してきました天崎です!よろしくお願いしま……あれ?テディさん?」


 ……どうやら、俺の1人行動の美学は完全に崩れ始めたようだ。


 これは、お一人様2組が、1組になるまでのお話。

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