異界エンジン
※本作は「異界調整官3」と同じ頃のお話です。
是非、「異界調整官」シリーズもご一読くださいませ。
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内燃機関が正常に動作しない
御厨教授は、以前、
とりあえず、
元々彼女は、ひとつの科学分野に拘ることなく、基礎物理学から内燃機関のような工学分野まで、幅広くカバーしているジェネラル・サイエンティストであり、その点を評価されて異界へ送られたのだった。厄介払いという側面も、否定はできないが。
彼女が考えていた別のアプローチとは、ひとつは電動モーターの効率アップ、もうひとつは燃料電池など水素の利用、そして、
さて、研究開発では、
たとえば、燃料電池に必要不可欠な水素タンク。原子番号1、もっとも
問題は、加工する人間の技能だ。王国では、職人の社会的地位が低い。職人に頼らずとも、簡単な物なら誰でも(魔法で)作れてしまうからだ。社会的地位が低い故、職人はその技術を高める方向に腕を磨く。それが彼ら職人のプライド。ようするに、社会的地位は低いが、一流の技術を持っているのだ。
御厨は、そんな彼らを蓬莱村に呼び寄せ、工房を作った。そして、自分の望む加工ができるよう、少しずつ教え込んでいた。その成果は、結実しつつあった。<らいめい><らいこう>が、あれほど短期間で建造できたのも、御厨の工房で腕を磨いた職人が数名手伝ったからだ。
希有な発想と、何でも作り出せる加工技術。しかし、これらを持ってしても、研究の進みは遅かった。
□□□
ブレイクスルーは、突然にやってきた。
それは、グ・エンによってガ=ダルガが蒸気機関を用いている、という情報がもたらされた時。御厨教授は、天を仰いで叫んだ。
「その手があったか!」
いまさらながら、自分は内燃機関に拘りすぎていた、蒸気機関のような外燃機関は古くさく、内燃機関こそ効率的であるという概念に囚われていたのだと、御厨教授は大いに反省した。早速、彼女は蒸気機関のサンプルを作ってみた。
「師匠、これは何ですか?」
できあがった試作品を前にして、教授の弟子となったビーが聞いてきた。
「蒸気機関……と言ってもわからんか。熱で液体を蒸気に変え、体積膨張のエネルギーを機械的仕事に変換するしくみだ」
「蒸気の圧力で、この……太い軸を動かすんですね?」
「そうだ。ピストンという」
「師匠の世界にも、これがあるんですか?」
テーブルの上に置かれた蒸気機関を指でなぞりながら、ビーは理解していく。
「あぁ、昔からある。実用化したのは、17世紀後半だから、今からおよそ三百年前だ」
「三百年、えぇと、太陽が昇って落ちてまた昇るまでが一日で、それが三百六十五で一年、でしたっけ? それが三百回か。すごいな」
「蒸気機関そのものは、現在ではあまり使われないが、そのしくみはより効率的に変化して受け継がれている」
“科学技術とは伝えるもの”、御厨教授は日頃からビーに語ってきた。先人の知恵を活かし、後世に伝える。それが科学技術であると。その流れが断ち切られてしまえば、科学技術は廃れ消えてしまうと。
「まぁ、
「えぇ。この魔石ですね」
地球上であれば、石油や石炭、ガスなどを燃焼させ、その熱で液体を蒸気に換える。
「これなら、コンパクトで効率の良い蒸気機関が作れると思ってな。試しに作ってみた。ほら、ちゃんと動くだろう? おそらくガ=ダルガでも、魔石を利用しているはずだ」
□□□
蒸気機関の有効性を認識したからといって、蒸気機関をそのまま流用するなど彼女の流儀ではない。マッド・サイエンティストは、さらなる高みを目指す。
ちょうどその頃、蓬莱村を研究者と技術者の一団が訪れていた。
「JAXAの北沢です。御厨教授、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
かねてから計画されていた、電動旅客機の試験機が異界に持ち込まれてきたのだ。もちろん、パーツ毎に分解され
余談だが、異界を訪れる人間に対するブリーフィングでは、してはならないことが数十項目挙げられているのだが、その中でも御厨のことを必ず“御厨教授”と呼ぶことは上位に記述されている。それを怠れば、何が起きるか判らないとも。
公募で決まった「スカイマンタ」という愛称を持つこの航空機は、全長約四十メートルに対し全幅が約四十五メートルと、横に広いブレンディットウィングボディと呼ばれる機体構造で、一般的なチューブ&ウィング構造の航空機に比べるとずんぐりとした印象を受ける。尾翼がないことも、拍車を掛けているのかも知れない。
「御厨教授のお陰で、モーフィング翼の方はなんとかなりそうです」
「あぁ、
モーフィング翼は、翼を内部構造によって変形させることで、一体化した翼を実現する技術だ。ラダーやエルロンといった方向舵や補助翼が別部品ではなく、翼の一部が変形してその役割を果たす。これにより、飛行中の抵抗を大きく減らすことができる。日本のみならず、海外でもかねてから研究されてきた技術だ。
そのモーフィング翼技術を実証段階まで持って来られたのは、魔法・魔石の存在によるところが大きい。日本の技術によって管制した、
「フライ・バイ・ライトと魔石の連携に苦労しましたが、なんとか上手くできましたよ」
かつて航空機の制御は、油圧によって行われていた。やがて、大型機を中心に信号によってアクチュエーターを駆動するフライ・バイ・ワイヤへと置き換えられ、さらにケーブルワイヤーはより軽量な光ファイバーへと変わった。
モーフィング翼だけでなく、「スカイマンタ」にはさまざまな新技術が取り入れられている。予算があるうちに、いろいろ試してしまおう。日本の研究者にありがちな、貧乏性とも言える考え方だ。予算の少なさを創意工夫で乗り切る美点とも捕らえられるが……。
「水素システムの方も問題ないようですし、数日後には初飛行できそうですね」
「それなんだけれどね、北沢博士。少し相談があるんだ」
御厨は、北沢の前に金属の塊のようなものを取り出した。ゴトリと音を立てて机の上に置かれたそれは。
「異界型スターリングエンジンだ」
スターリングエンジン――加熱と冷却による気体の膨張を利用した駆動機関であり、理論上、熱効率の高い優れたエンジンである。燃料の爆発を伴わないため、静音性が求められる潜水艦などで採用されている。しかし、実際には素材や加工技術などさまざまな理由からそれほど熱効率は良くない。
だが、
「
「これを、ですか――う~ん、実績は?」
「連続試験で実働二千時間を越えている」
現在組立が行われている電動航空機は、元々タービンエンジンによる発電も利用するハイブリッド型として設計されていたものだ。そのため、エンジンを設置するためのスペースや外気を取り入れるためのエアインテイクもある。計画では、空いているスペースには、バッテリーか水素タンクを設置することになっていたが。
「やってみましょう。諸元をメーカーさんに渡してもらえますか?」
「もちろん」
バッテリーや燃料電池での飛行には、モーターの駆動時間というネックがあった。機体上面に設置する薄膜太陽電池から電気を補充する設計ではあるものの、エンジンによる――しかも燃料が不要な――発電が可能になれば、一気に飛行時間を延ばすことができる。北沢としても願ってもない提案だった。こうして、電動旅客機<スカイマンタ>には、
数日後。
順調に組み上がる<スカイマンタ>を、御厨と北沢は並んで眺めていた。この調子なら、明日には地上での駆動試験、あさってには初飛行もいける。
ふと、北沢の視界に、奇妙な構造物が映った。
「御厨教授、あの巨大な籠のような構造物は?」
「あぁ、あれかい? あれは硬式飛行船だよ。ガ=ダルガの飛行船を真似て作ったんだ。<
「ほう、飛行船ですか。いいですね」
北沢も航空機に関わる研究者である。空を飛ぶものであれば、興味が湧く。JAXAは実験用航空機として、レシプロ機とジェット機、ヘリコプターを所有しているが、飛行船はない。
「ぜひ、乗って感想を聞かせて欲しいな」
「楽しみですね」
程なくして、ふたつの趣が異なる航空機は、異界の空を飛んだ。それを見た王国や帝国の人間は、新しい時代の到来を実感したのだった。
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完全に趣味の回です。
え~、実際に日本でも電動航空機は計画されています。JAXAが中心にとなってÉCLAIRというコンソーシアムが作られ、省庁やエンジンメーカー、電機メーカーが検討を行っています。
異界調整官 外伝Ⅲ 水乃流 @song_of_earth
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