異界エンジン

※本作は「異界調整官3」と同じ頃のお話です。

 是非、「異界調整官」シリーズもご一読くださいませ。

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 内燃機関が正常に動作しない異界こちらでは、駆動装置は電動モーターが主力となる。

 御厨教授は、以前、異界こちらの世界に存在する魔素マナを集め、魔石に記述した魔法術式によって駆動する魔素駆動マナドライブの基礎理論を実証する試作機(と本人は言い張っている)を作成したが、現時点に於いては危険性が高いという阿佐見調整官の判断により、実質的に禁止されている。だが、そんなことで腐る御厨ではなかった。何しろ脳内で考える分には、誰にも制限することなどできないからだ。


とりあえず、魔素駆動マナドライブに関しては、小型化・効率化を脳内で検討することとし、異界こちらで活用できる動力源に関しては、別のアプローチから迫ることにした。

元々彼女は、ひとつの科学分野に拘ることなく、基礎物理学から内燃機関のような工学分野まで、幅広くカバーしているジェネラル・サイエンティストであり、その点を評価されて異界へ送られたのだった。厄介払いという側面も、否定はできないが。


 彼女が考えていた別のアプローチとは、ひとつは電動モーターの効率アップ、もうひとつは燃料電池など水素の利用、そして、魔素マナから直接電気あるいはエネルギーを抽出する方法だった。特に熱心に研究していたのは、魔素マナの利用であったのだが、なかなか進捗しなかった。


 さて、研究開発では、異界こちらには大きな利点がある。“魔法”と魔法によって加工が容易になる魔鉄鋼の存在だ。何しろ、通常では困難と思える加工も、魔法であれば比較的容易に作ることができる。それこそ、3Dプリンタのように。


 たとえば、燃料電池に必要不可欠な水素タンク。原子番号1、もっとも原子である水素を大量に収納するためには、高い気圧をかけなければならず、そのため水素用タンクは頑丈に作らなければならない。一般的には、複数の層を持つ構造にする。だが、魔法を使えば、水素を出し入れする孔以外を、つなぎ目のない一体構造で作ることが可能なのだ。つなぎ目がなければ、その分圧力にも耐えられるし軽くもなる。


 問題は、加工する人間の技能だ。王国では、職人の社会的地位が低い。職人に頼らずとも、簡単な物なら誰でも(魔法で)作れてしまうからだ。社会的地位が低い故、職人はその技術を高める方向に腕を磨く。それが彼ら職人のプライド。ようするに、社会的地位は低いが、一流の技術を持っているのだ。

 御厨は、そんな彼らを蓬莱村に呼び寄せ、工房を作った。そして、自分の望む加工ができるよう、少しずつ教え込んでいた。その成果は、結実しつつあった。<らいめい><らいこう>が、あれほど短期間で建造できたのも、御厨の工房で腕を磨いた職人が数名手伝ったからだ。


 希有な発想と、何でも作り出せる加工技術。しかし、これらを持ってしても、研究の進みは遅かった。


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 ブレイクスルーは、突然にやってきた。


 それは、グ・エンによってガ=ダルガが蒸気機関を用いている、という情報がもたらされた時。御厨教授は、天を仰いで叫んだ。


「その手があったか!」


 異界ここでは、爆発的な燃焼が阻害キャンセルされる。だが、緩やかな燃焼は問題ない。もし燃焼そのものが不可能だったなら、日常生活に支障が出るどころか、生命が存続することも難しい。そして、実際、未知なる土地ガ=ダルガでは蒸気を使った駆動系が存在するのだ。

 いまさらながら、自分は内燃機関に拘りすぎていた、蒸気機関のような外燃機関は古くさく、内燃機関こそ効率的であるという概念に囚われていたのだと、御厨教授は大いに反省した。早速、彼女は蒸気機関のサンプルを作ってみた。


「師匠、これは何ですか?」


 できあがった試作品を前にして、教授の弟子となったビーが聞いてきた。


「蒸気機関……と言ってもわからんか。熱で液体を蒸気に変え、体積膨張のエネルギーを機械的仕事に変換するしくみだ」

「蒸気の圧力で、この……太い軸を動かすんですね?」

「そうだ。ピストンという」

「師匠の世界にも、これがあるんですか?」


 テーブルの上に置かれた蒸気機関を指でなぞりながら、ビーは理解していく。


「あぁ、昔からある。実用化したのは、17世紀後半だから、今からおよそ三百年前だ」

「三百年、えぇと、太陽が昇って落ちてまた昇るまでが一日で、それが三百六十五で一年、でしたっけ? それが三百回か。すごいな」

「蒸気機関そのものは、現在ではあまり使われないが、そのしくみはより効率的に変化して受け継がれている」


 “科学技術とは伝えるもの”、御厨教授は日頃からビーに語ってきた。先人の知恵を活かし、後世に伝える。それが科学技術であると。その流れが断ち切られてしまえば、科学技術は廃れ消えてしまうと。


「まぁ、は、私の世界あちらで使われているものとは少し違うがな。わかるか?」

「えぇ。この魔石ですね」


 地球上であれば、石油や石炭、ガスなどを燃焼させ、その熱で液体を蒸気に換える。異界こちらでも、同じ手法をとることは可能だが、それよりもっと効率的な方法がある。魔石に火属性魔法を組み込み利用すれば、わざわざ化石燃料を燃やす必要はない。


「これなら、コンパクトで効率の良い蒸気機関が作れると思ってな。試しに作ってみた。ほら、ちゃんと動くだろう? おそらくガ=ダルガでも、魔石を利用しているはずだ」


□□□


 蒸気機関の有効性を認識したからといって、蒸気機関をそのまま流用するなど彼女の流儀ではない。マッド・サイエンティストは、さらなる高みを目指す。

 ちょうどその頃、蓬莱村を研究者と技術者の一団が訪れていた。


「JAXAの北沢です。御厨教授、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 かねてから計画されていた、電動旅客機の試験機が異界に持ち込まれてきたのだ。もちろん、パーツ毎に分解され異界こちらで組み立てる計画だ。

 余談だが、異界を訪れる人間に対するブリーフィングでは、してはならないことが数十項目挙げられているのだが、その中でも御厨のことを必ず“御厨教授”と呼ぶことは上位に記述されている。それを怠れば、何が起きるか判らないとも。


 公募で決まった「スカイマンタ」という愛称を持つこの航空機は、全長約四十メートルに対し全幅が約四十五メートルと、横に広いブレンディットウィングボディと呼ばれる機体構造で、一般的なチューブ&ウィング構造の航空機に比べるとずんぐりとした印象を受ける。尾翼がないことも、拍車を掛けているのかも知れない。


「御厨教授のお陰で、モーフィング翼の方はなんとかなりそうです」

「あぁ、異界こちらの職人も張り切っていたからね」


 モーフィング翼は、翼を内部構造によって変形させることで、一体化した翼を実現する技術だ。ラダーやエルロンといった方向舵や補助翼が別部品ではなく、翼の一部が変形してその役割を果たす。これにより、飛行中の抵抗を大きく減らすことができる。日本のみならず、海外でもかねてから研究されてきた技術だ。

 そのモーフィング翼技術を実証段階まで持って来られたのは、魔法・魔石の存在によるところが大きい。日本の技術によって管制した、魔素マナを多く含む軽量合金を翼に使用し、土属性魔法を組み込んだ魔石によって変形させる。これが異界風モーフィング翼だ。


「フライ・バイ・ライトと魔石の連携に苦労しましたが、なんとか上手くできましたよ」


 かつて航空機の制御は、油圧によって行われていた。やがて、大型機を中心に信号によってアクチュエーターを駆動するフライ・バイ・ワイヤへと置き換えられ、さらにケーブルワイヤーはより軽量な光ファイバーへと変わった。異界こちらでは、さらにアクチュエーターが魔石を利用したシステムへと変更されたことで、大幅な軽量化が図られている。


 モーフィング翼だけでなく、「スカイマンタ」にはさまざまな新技術が取り入れられている。予算があるうちに、いろいろ試してしまおう。日本の研究者にありがちな、貧乏性とも言える考え方だ。予算の少なさを創意工夫で乗り切る美点とも捕らえられるが……。


「水素システムの方も問題ないようですし、数日後には初飛行できそうですね」

「それなんだけれどね、北沢博士。少し相談があるんだ」


 御厨は、北沢の前に金属の塊のようなものを取り出した。ゴトリと音を立てて机の上に置かれたそれは。


「異界型スターリングエンジンだ」


 スターリングエンジン――加熱と冷却による気体の膨張を利用した駆動機関であり、理論上、熱効率の高い優れたエンジンである。燃料の爆発を伴わないため、静音性が求められる潜水艦などで採用されている。しかし、実際には素材や加工技術などさまざまな理由からそれほど熱効率は良くない。地球あちらでは。


 だが、異界こちらでは、魔法を用いた加工により熱損失を抑えることが可能で、かつ熱源(冷却源)も魔石を使えば簡便となる。


異界こちらの技術で作った。これをあの伝導航空機に組み込みたい」

「これを、ですか――う~ん、実績は?」

「連続試験で実働二千時間を越えている」


 現在組立が行われている電動航空機は、元々タービンエンジンによる発電も利用するハイブリッド型として設計されていたものだ。そのため、エンジンを設置するためのスペースや外気を取り入れるためのエアインテイクもある。計画では、空いているスペースには、バッテリーか水素タンクを設置することになっていたが。


「やってみましょう。諸元をメーカーさんに渡してもらえますか?」

「もちろん」


 バッテリーや燃料電池での飛行には、モーターの駆動時間というネックがあった。機体上面に設置する薄膜太陽電池から電気を補充する設計ではあるものの、エンジンによる――しかも燃料が不要な――発電が可能になれば、一気に飛行時間を延ばすことができる。北沢としても願ってもない提案だった。こうして、電動旅客機<スカイマンタ>には、異界こちらの魔法技術を用いたエンジンが搭載されることとなった。


 数日後。


 順調に組み上がる<スカイマンタ>を、御厨と北沢は並んで眺めていた。この調子なら、明日には地上での駆動試験、あさってには初飛行もいける。異界こちらで十分な試験データを得ることができれば、それをフィードバックすることで日本の空を電動旅客機が飛ぶ日も近くなる。

 ふと、北沢の視界に、奇妙な構造物が映った。


「御厨教授、あの巨大な籠のような構造物は?」

「あぁ、あれかい? あれは硬式飛行船だよ。ガ=ダルガの飛行船を真似て作ったんだ。<スカイマンタこっち>がだめなら、あっちで例のエンジン試験をするつもりでね」

「ほう、飛行船ですか。いいですね」


 北沢も航空機に関わる研究者である。空を飛ぶものであれば、興味が湧く。JAXAは実験用航空機として、レシプロ機とジェット機、ヘリコプターを所有しているが、飛行船はない。


「ぜひ、乗って感想を聞かせて欲しいな」

「楽しみですね」


 程なくして、ふたつの趣が異なる航空機は、異界の空を飛んだ。それを見た王国や帝国の人間は、新しい時代の到来を実感したのだった。



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完全に趣味の回です。

え~、実際に日本でも電動航空機は計画されています。JAXAが中心にとなってÉCLAIRというコンソーシアムが作られ、省庁やエンジンメーカー、電機メーカーが検討を行っています。


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異界調整官 外伝Ⅲ 水乃流 @song_of_earth

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