桃と鮎
永里茜
桃と鮎
モモコん家のトイレはくっそゲロくさい。
美術史の授業で長机の端の席についたら、その隣に座ってきたコだった。
「ね、名前なんていうの?」
「え、あゆ」
「おいしくていいね。あたしも、モモコだから桃。おいしいなかま」
鮎と桃はあんまりなかまじゃないな、と思ったけど、わたしは鮎も桃も好きだから頷いた。
モモコはよく語尾にカッコワラがついてるみたいな喋り方をする。さいきんLINEとかでワラ、って打つときはみんなカッコとか付けなくて、それが主流ってかんじだけどモモコのLINEはいっつもカッコワラ、だったししかも半角カッコのカッコワラ、だった。
「いつでも来ていーよ(笑)」
ってモモコはいうけど、わたしはあんまり来たくない。そう思ってても、5限が終わってファミレスでごはん食べて、ドリンクバー注いじゃあ居座りしてるうちにけっこー夜おそくなってて、そすとわりと泊まるみたいなかんじになる。べつに家遠いし泊まれんのは嬉しい。問題はまじでゲロくさいトイレ。息止めとくだけなら実家で父親がうんちしたあとのトイレ入る時と同じだからいいけど、まあやだけど、問題はお風呂あがりに鼻のどくちをウッと突くゲロ臭。すっきりさっぱりしたのが無効化されるきがする。
でも、
「ね、晩御飯食べてかえる?」
ときかれると自分で家で作るのもめんどいしまあそうすっか、って思ってけっきょくモモコ家泊。ウッ、って思いながらお風呂からあがることになってしまう。一回こっそり化粧水のボトルのふりして消臭剤もってってしゅ、ってしてからお風呂入ったけどなぜかやっぱり誇りかに鼻をついてくるのはゲロ臭でした。ウッ。ゲロは強し。
そのうち、鮎がぐわ!と口をひらいているTシャツをモモコが買ってきた。うわ、可愛くねえな、と思ったけどモモコはぐわ!ぐわ!って楽しそうだからまあいっかと思ってパジャマに使わせてもらうことにした。半定住化が進んでいる現在いよいよゲロ臭の解決は喫緊の課題である。しかしながらいまだわたしはモモコに言うを得ない。
「お風呂ありがと~」
「ん、ごはんつくったで」
モモコはつめを真っ赤に塗りたくる作業の途上だったから、こっちには顔をむけないでそう言う。週に一度の塗り替えは、わたしがよく泊まる水曜日の夜によくおこなわれていた。終えると、つめを手元にひきよせてしろいとこが無いか確かめるけど、そのために目がぎょっとひらいているモモコの顔にいつもわたしはぎょっとする。濃いめにマスカラで延ばされたまつげと長めに引かれたアイラインの黒さにぎょっとする。モモコはなんでかおやすみして電気けすまで絶対化粧ばっちりだったし、起きるとすでに化粧つきになっていた。いつのまに?
「今日のモモコハウスは食べ飲み放題でーっす(笑)」
アパートの白いかべに沿ってごっついお酒の瓶がずらずらならんでいる。やべえことが起きたぞ、て思ったけどまあ黙ってやば~って笑った。やば~っていうよりくそやべえよ。
「はいどーん、モモコスペシャルディナー」
からあげトンカツてんぷらコロッケ豚まん肉じゃが白米パスタ、大量の料理はテープルにもはや乗り切ってないし組み合わせも超やばい。
いただきまーす、いうが早いか、モモコはあんぐりくちを開いてまず豚まんを放りこむ。わたしもなんかいろいろ諦めてトンカツをひと切れ箸で取り上げる。片っぱしから食べて食べて食べていって、モモコがいよォ! と酒瓶を掴んだからこんどわたしは盃を捧げ持って、トポトポ注がれた疑いなく度数の高いやつを飲みほす。こうして胃の中のトンカツとパスタと白米のうえにウイスキーがふりかけられたのですっ。ふらふらモモコのほう見てみたらばくばくばくばくとそれはそれはもうものすごい勢いで、うず高く盛られたからあげたちが食べられている。むっちゃむっちゃ食いつくモモコが着てるのはわたしの鮎のT
シャツだった。ぐわ!
突然のピンポーンにモモコ本体が顔をぐわ! と上げてなんとそこで取り皿にからあげだった塊を吐きだす。さすがにわたしもそれはうえって思った。そしてものすごいはやさで玄関に突進していくモモコ、
「もーう、ほんともーう!」
とドアのさきに立つにんげんにぶつかっていく。桃ってか牛じゃん、って思ったらほんとに牛にみえてきた。牛がくねくねしながら泣き出して、ぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれる。
「ほんとだめになっちゃったかと思ったモーウ、さびしかったモーウ」
牛のマスカラとアイラインがどろどろ溶けてかおがまっくろ。キッモ、て思ったらまじできもちわるくなってきた。
「ごめんきもちわるい!」
さけんでトイレに駆け込む。ゲロ臭を受けて反射的にわたしからゲロが放出される。ゲロを吐き続けるからだはゲロが出て来る胃、食道、口、の感覚だけになって、そのあと汗がどろ、ひや、と嘔吐に熱を含んだ身体の表面をつたうから、からだとからだじゃない部分の境目がはっきりする。
「あゆごめん、ほんとごめん、」
と後ろから声がしてそえられた手、の少し指がひらいた手のひらの形にむわっとあったかさが背中にひろがった。
「ももちゃん、ここゲロくさい」
ちょっとしてわたしがそういうと、
「そりゃそーだよ(笑)」
カッコワラ、とモモコはわらってた。
桃と鮎 永里茜 @nagomiblue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
倫敦日記/永里茜
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 13話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます