壱◆10

 金霊狩りの売買所にいた犯人たちは、南監獄の中でも比較的浅い層にいた。仙人であり神通力も使えれば腕力も武器の扱いにも手慣れた弓武と違い、脱走するだけの力はないと判断されてのことだろう。


 犯人たちの顔を、私はあまり覚えていなかったが、相手の方は鮮明に覚えていたらしく、私を見ると顔を強張らせ檻から離れて壁際で小さくなってしまった。


「天邪鬼。君、彼らに何をしたんだ?」

「戸を蹴破って敷地内に侵入した後、探し物の場所を聞いただけだけど?」

「一般的には強盗だね、それ」

(確かに)


 言われて見れば、まあ……。だからって、犯罪者に怯えられる筋合いはないだろ。私はズカズカと前に進み、妖術で折りの中の一人を檻のすぐ傍まで引っ張った。


「ひ、」


 情けない声を漏らした相手の口元を掴み、逃げないようにしてから催眠術の類が無いか確認する。


 探るように妖力を相手に送れば、もがく相手の身体的反応とは別で、何かの術に私の妖力が弾かれた。


「アー……かかってるな。賢者、解け」

「君も出来るだろ?」

「神力のせいで、妖術使うと地味に痛ェからヤダ」


 ちょっと強めに使っただけで、腹の奥の痛みがぶり返してきたので拒否すると、賢者は大きくため息を吐いてから、神通力であっさりと相手の催眠術を解いた。


「……?」


 続けて他の犯人たちの催眠術も解きつつも何故か不思議そうな顔をする賢者は置いて、私は犯人たちに声をかける。


「よォ。お前らのご主人様は、どこの誰だか言ってみな。本当のコト言った奴は、外に出してやってもいいぜ」

「! こら、勝手な事を……」


 私の戯言で我に返った賢者が苦言を呈するが、私はお構いなしに、妖術で檻の一部を捩じってみせた。また腹が痛んだが、ここは我慢して檻の向こうを見やれば、犯人たちが困惑と僅かな希望で芽を瞬かせる。


「名前が分かんねえなら、特徴を一つずつ挙げな。今から十数えるから、一番多く特徴を言った奴だけ出してやる。ほれ、ひとーつ、ふたーつ……」


 互いに顔を見合わせて戸惑う犯人たちだったが──。


「背は高かったような、」


 私は少し俯いて、一人の声を真似て呟いた。賢者はすぐに私の声真似だと気づいた様子で、半眼になってこちらを見つめていたが、薄暗い檻の中では誰が最初に証言を始めたのか判別はつくまい。


「ほお?」


 元の声に戻して相槌を打ってやれば、後れを取ってはならんとばかりに犯人たちは口々に証言を始めた。


「い、いや、背は低かった! 小柄な女だ!」「あれは腰を丸めていただけだ、小柄と言う程ではないはずだ」「ええと、そうだ、髪は黒く長かった、真人のように見えた」「二十代ぐらいだ」「いいや、三十代でも通ろう」「赤い髪飾りをしていた! か、形? いや、そこまでは……」「変な歩き方をしていた。左右に揺れているというか……」「顔はよく覚えていないんだ、若い女だったってぐらいで……」……。


 一通り聞き終えて、私が「とーう」と数え終えるや否やの間で、一人が慌てて更に証言をした。


「特徴的な笑い方をしていた!」

「おー、どんな?」

「ええと、コココ、とか、トトト、みたいな……水が落ちる時のような、不思議な音だった」

「なるほど。──おっと、時間切れだ」


 私は適当に一人を指さし、妖術を使ってその人を隙間に落としてから、手元にまで手繰り寄せて襟首を掴んで引っ張り上げてやった。息を止めていたのか、口を開けて深呼吸を繰り返す犯人の顔をそのまま覗き込み、私はニヤ、と笑う。


「新しく入る檻はどこがいい?」

「え?」

「“そうだなぁ、やっぱり監獄の大先輩と同じ部屋がいい。同じ大罪人として尊敬しているんだ”。へー、そうかい、南監獄の最深部の檻かァ」

「い、言っていない! 俺はそんなこと言っていない!」


 声を真似て勝手に要望を出せば、犯人は顔色を変えて激しく首を横に振った。その様が面白くてゲラゲラ笑っていると、後ろから強めに後頭部を棒状の物で殴られた。シャン、と音がしたので賢者の錫杖だろう。


「いっで!?」

「趣味の悪い遊びはやめなさい」


 妖力が途切れると同時に、思わず相手の襟首を掴む手を緩めてしまった。賢者は痛む後頭部を擦る私の横を通り抜け、乱暴に地面の上に投げ出された犯人に歩み寄り、傍で屈んで諭すように言った。


「君も、甘言に乗ってはいけないよ。ここは監獄だ。君たちの刑は法が決める。ここから出してやるだの、刑を軽くしてやるだのと言った提案は、すべからく嘘だ」

「そんな……」

「斬首や流刑が嫌なら、模範態度を心がけなさい。そうすれば、監獄内であれば多少は動けるようになるだろう」


 模範的な仙人らしいお説教に私がうんざりして、「つっまんねー」と溢している間に、賢者は神通力で檻の鍵を開けて犯人を檻の中に戻し、再び鍵をかけた。それからこちらを振り返り、むすっとした顔を見せた。


(かっわいい!!)


 以前なら不機嫌な空気に圧されるところだが、前世がこれでは効かねェな。愛しい者を見つめて笑みが零れるのと、意図せず賢者の攻撃を無効化できたのが愉快でにやつく私を見て、賢者は大袈裟にため息を吐いた。


「どうにも、君の中の信者とやらが厄介になってきた」

(認知されてるだけでも最高なんだよなぁ)

「喜んでるぞ、よかったな」

「はぁ」


 彼はやれやれと細い首をゆるやかに振って、少し離れて私たちの行動を見守っていた看守の下へ寄った。


「まあ、多少なりとも情報は得られただけ良しとしようか」

「信じてよろしいのですか。あのような方法では、嘘で数を誤魔化していてもおかしくはありませんが……」

「おおよそ本当の事ばかりだったから、大丈夫だよ」


 さとりの力で分かる、というのは公には知られていならしく、看守は怪訝な顔をしながら「賢者様が言うのなら……」と無理に納得するような言葉をぼやいていた。


 「行くよ」と賢者に声をかけられて、私は渋々その場を後にした。そのまま収監所を抜けながら、私たちは得られた証言をまとめた。とはいえ、彼らが口にした証言のなんと曖昧なことか。


「二、三十代の女で、黒髪に赤い髪飾りをしていて、特徴的な歩き方と笑い方をする……か。弓武に見えるよう催眠術をかけられていたのだから、容姿についてはこれが限界だろうね」


 賢者が言う通り、これが限度だろう。かけられていたのは妖術だから相手が妖怪なのは確定だが、それ以外ははっきりしない。……困った。これでは真犯人を捜せない。適当に犯人をでっち上げようにも、賢者相手ではそれも難しい。


 何か無いだろうか。前世の記憶も探ってみるが、そもそも『げーむ』にこんな話はないし……。


(そういえば、原作の弓武と違うよね。継承前なのかな?)

「ん?」


 気になって、弓武に関する記憶を深堀する。前世の記憶では確かに、麻幸ではなく若い男性が弓武として動いているようだ。細身で困り眉の彼は、頼りなさを強調するように、弓を持つ姿すらもどこか不安気に描かれている。


(初期実装……しかもイベントじゃなくてガチャ産だから、キャラクエぐらいしかストーリーなくってさぁ。本当は本編に出て来る予定だったんだろうけど……)


 その『げーむ』に対する恨み節は後にしろ。こめかみを爪先で叩きながら急かし、記憶を探ると、いつぞやの黒くてつるりとした板を見つめる記憶が現れる。少しぼやけた記憶を精一杯思い出そうと力めば、文字が見えて来た。


 コスト、属性、種族、スキルの他にもLv、攻撃力、行動力、防御力、体力やらに数字(読めなかったが数字だと認識はできたので、前世女の住む地の言語なのだろう)と共に書かれていたが今はどうでもいいので無視する。記憶の中で私が『詳細』と書かれた四角を指で触ると、『プロフィール』と書かれた別の表記が板に映る。通り名、趣味、好きなもの嫌いなもの、と一言ずつ色々書かれている中で、説明文に目を留める。


【急遽当代を降りた先代の後を継ぎ、当主となった若者。しかしまだ見習いの身である彼は、偉大な先代と自らを比較しては落ち込む日々を送っている。】


 ふむ。確かに、急遽継いだらしいことが分かる。麻幸はこの青年の先代弓武のようだ。


(弓武の先代、監獄にいたんだ! おぉーっ裏設定! いいねいいね、こういうの大好き!)


 嬉しそうな思考の方はさておき。なら、今の状況は僅かにだが黒妖姫の物語に関与していることになる。どんな影響があるかも分からん、変に物語を歪ませない方がいいか……いやしかし、それでは記憶封じの術が……。


(それにしても、麻幸さん強そうだったなぁ。強スキル持ってそう~。麻幸さんが実装されてれば、弓武も評価もっと高かっただろうにね)


 私の思考に被せるようにして、前世の思考が頭の中に投げ込まれる。さっきは無視してしまった『ステータス』の表記を思い出す。数値は体力を除けばどれも三桁で、高いのか低いのかも私にはよく分からない。


(コスト20だから高いステじゃないのはしょうがないんだけど、スキルが丸々1ターン使って、小ダメージ+1体拘束じゃ割に合わなくてなぁ……折角行動力高いのに、その利点が消えちゃってるんだよね。補正がかかる強い弓武器に会心力厳選したやつ持たせて、スキル無しで殴らせた方が強いのはどうかと思う。しかも結局、アプデで調整されなかったし……)


 解説されて尚、何を言っているのかさっぱり分からん。あんまり強くないってことでいいのだろうか。


(あ、でも。低レアの天邪鬼がこれだけ戦えるんだし、弓武も現実で戦えば強いのかも? わー気になる! 会ってみたーい!)


 結局どっちだったんだ? 難しい顔をする私を、少し先を歩いていた賢者が怪訝な表情で見つめている事に気づき、私はぎょっとして一歩後退した。一瞬でも可愛いと思ってしまったのは、前世女の感性に引きずられているせいだ。


「な、なんだよ……」

「唸っていたから、どうかしたのかと思ってね。何か気になる事があるなら、共有してもらえるかな」

「あー、いや……」


 少し迷う私に、前世が囁く。


(勿論原作通りの展開は見たいけど、ここで麻幸さんを見捨てるのはヤダな……。それに、弓武はキャラクエで『遅かれ早かれ、後は継ぐことになったんだ。時期が少し早まっただけだよ』って言ってたし、そこまで大きく影響は無いんじゃない?)


 どうだか。ただでさえ金策潰してんだ、これ以上物語を狂わせるぐらいなら、一人見捨てたっていいじゃないか。そもそも『げーむ』じゃ麻幸は人知れず投獄されてそれっきりだったんだろ? 前世で無視したんだ、今世で無視したっていいだろ。


 そんな言い訳が脳裏を過る。蓋をした記憶の奥が反応して、チリチリと胸を焼くような感覚がした。


 ──巫女さま! 私は無実です、何を罰すると言うのでしょうか!


 誰かの声が、私に、空従の巫女に訴えかける。必死に縋るその声に、無性に腹が立って私は前髪をぐしゃりと潰した。話の前後を思い出せないのに、猛烈な我慢と悔しさが蘇り、嫌な汗が噴き出て気持ちが悪い。


「天邪鬼」


 名を呼ばれて、顔から手を退けた。幼い少年の見目をした老人が、真剣な眼差しで私の真正面に立っている。灰色の目は怒っているようにも見えたし、心配しているようでもあった。


(格好良くて、可愛いね)


 照れ笑いをしながら、前世がしみじみと言う。


(大好きだから、良いとこ見せたいじゃん)


 現金な奴め。人並みに俗的で、楽観的で、前向きで──なのに、生きていた時はあまり幸福を感じられないまま死んだ、変な奴。……でもどうしてか、以前の私も、そんな風だったような気がする。


 言いたい事は沢山あるのに、立場に囚われて言えなくて。我慢して苦しんで、それを修行だ修練だと誤魔化して。満たされない感情を誤魔化し続けた巫女時代──。だがもう、今の私はそんな苦行から解放された妖怪だ。何を迷う事がある。黒妖姫なら多少の物語の変化ぐらい乗り越えてくれる、私がお膳立てしなくたって大丈夫だ。そう考えれば、気が楽になってきた。


 私はいつもの調子を取り戻し、切り出す。


「弓武には後継ぎがいるんだが、そいつがかなり頼りない奴だってのを思い出してな。預言者いわく、その跡継ぎが弓武になった時には、弓武はその地位を落とし、武門会同からも追放されている」

「うん、続けて」


 私の急な言い分に、案内役の看守は怪訝な顔をしたが、賢者が促したのでこれまた珍妙だと言いたげな顔になった。それが可笑しくて笑いそうになりながら、私は記憶を漁る。


 『げーむ』では、途方に暮れた若き弓武が、行き場を無くした家の者達を連れながら野宿をしていた頃、黒妖姫と出会い、事情を聞いた黒妖姫に発破をかけられ奮起するところで、弓武の物語は終わる。前世女はこの後の物語が本編……黒妖姫が神仙に再び襲撃を仕掛ける場面と交わるだろうと予想していた。しかしまあ、今はそれは端に置いておこう。問題は、あまりにも弓武の扱いが悪すぎるという点だ。


「何か大きな失敗をしたわけでも無いのに、一族郎党追い出すっつーのは違和感があるんだよなぁ。弓武が邪魔になったか、弓武を押し除けてでも会長になりたかった奴がいるんじゃねーの」

「……しかし、催眠は妖術だったのですよね? 武家に妖術の使い手はいませんし、妖怪の仕業と考えるのが妥当では」


 私が適当な事を言って混乱させようと企てているとでも思ったか、看守は眉根を寄せて疑問を投げた。確かに、妖術が絡んでいるなら武家の誰かが犯人とは言い難いか。素直に思い直す私を他所に、看守は賢者に耳打ちする。


「武家と神仙を疑心暗鬼に陥らせ、衝突を目論んでいるのでは」

「おい聞こえてんぞ。大体、衝突させるならもっと大規模になるように仕組むわ!」


 賢者は文句をつける私も更に疑念を持つ看守も無視して、数秒沈黙した後、口を開いた。


「いや、あの催眠術は妖術とは少し違う。武家に使い手がいないとは言い切れない」

「んア? どういうことだ?」


 催眠術にかかっているかどうかの確認をした時の反応は、妖術だったはずだ。賢者だってそう思って解いたはず……。


(そういえば、術を解いてた時の賢者君、なんか不思議そうな顔してたね。ソウ、キュートでした)


 うるせえ。


 脳内を黙らせてから賢者の言葉の続きを待つ。小さな手を袖で隠したまま腕を組み、彼は口を開く。


「解いた時の手ごたえが、妖術のそれと違っていたんだよ。僕も文献で知っている程度だから確証は無いが、あれは──」


 止まっていた歩みを進めて、賢者は言った。


「──魔法、かもしれない」


 途端に、前世が浮き足立った。

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与太巫女さまの言うことはっ 灯針スミレ @hibari002

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