バレンタイン博物館(変な話)

 バレンタイン博物館。各国でのバレンタインの風習や日本におけるバレンタインの歴史など様々な資料が展示された施設だ。

 隣接されたカフェやショップには季節ごと特色のあるチョコレートが並ぶのもあって、一日だけのイベントを看板に掲げた施設にしては年中客が絶えない。

 カフェのコーヒーがやたらに美味しいと話題に上る。ショップの店員は某アイドルに似て可愛いとバラエティ番組で紹介される。運が良いのか、盛り過ぎたデコレーションのごとく付加価値が折り重なり今や立派な観光名所として名を馳せているのだ。

 そんな順風満帆なバレンタイン博物館だが唯一客足が遠のく時期がある。三月だ。そもそもバレンタイン当日が過ぎると客は減りがちだが、それでも三月の比ではない。

 三月にはホワイトデーなるイベントがある。それに合わせてオープンするホワイトデー施設があるのだ。期間限定というのもあって、対となるバレンタイン施設は蹴られてしまう。仕方がないと割り切ってしまえばいいものをそうもいかないのが資本主義の宿命……とカフェのバイトは広々とした店内を見回した。

 店長は優雅に食後のコーヒーを楽しんでいるが内心では焦りがあるに違いない。カレンダーが三月に突入してからは常連が足を運ぶくらいで店内は閑散としたものだった。

 ただのバイトでしかない自分の立場的には空いたテーブルを拭くだけで給料が貰えるので文句はない。あの、一月末から二月十四日までの地獄のような忙しさをまた味わうくらいなら首でも吊ってしまいたくなる。そうしたらきっと店長は天国へ行ってまでバイトを連れ戻そうとするだろう。「俺のコーヒーを運ぶ以上の天国がどこにある?」とか定番の苦笑い対応台詞を吐いて来るに違いない。

 店長はプライドが高く几帳面な男で、仕入れた豆を決めた期間中に消費しないと気に食わないらしい。何事もぴったり終わらせてきっちり始めたい主義だという。

 バイトも決めた人数しか雇わない。面接は店長だし「目が良い。力強い」とか常人には分からない理由で従業員を決める。愉快な事にカフェの人気は自分の人気だと思っているらしい。バイトを始めて一年半の自分にも断言できるが、八割以上は博物館のお陰だろう。

 ほとんどチョコレート博物館と化しているが、あれでいて季節ごとの催しはしっかりしているしリピーターが多いのも納得できる。そもそも“バレンタイン”なのに季節ごとのイベントがあるのはどうかと思うが。

「店長」

「何だ」

「客来ませんね」

「俺の所為だと言いたいのか?」

「そんな事言ってません」

「大体バレンタインだの訳分からん施設にするのが悪いんだ」

「はぁ」

 じゃあ別の場所にカフェを建てればいいだろうに。しかし絶対にそんな真似はしないのが彼だ。責任転嫁。さすがは彼女いない歴数十年のベテラン店長だ。

「そういえばバレンタインチョコ貰いました?」

「今更何を言っているんだお前は。カレンダーを見ろ」

「いやー、忙しくて聞いてなかったなぁと思いまして。ちなみに自分は貰ったんですけど」

「馬鹿馬鹿しい」

 店長はぴっちりしたオールバックを撫でつけた。この仕草は話題を変えたがってる時だ。己の姿が完璧か不安になるのだろうが、それを見る度に勝ち誇った気分になってしまう。にやける顔を抑えつつ何でもないように店長の表情を見た。鼻の穴が広がっている。

 零れそうになった笑いを咳で誤魔化しながら言ってやる。

「バレンタインって変な文化ですよね。博物館作るとか館長は何考えてるんだかさっぱり分かりませんよ」

「そうだな。こんなその場しのぎのようなイベントが長続きするとは思えん。と本人も言ってた」

「館長が? 意外ですね」

「気が狂ってるんだ。こうして専用の施設を作り専門的な展示でもしてしまえば廃れるものと思ったらしい」

「そんなわけない!」

「でも本気だったんだ。ここでバレンタインを一年中やってれば皆飽きるだろうと言ってな。こういう異性間のイベントごとが嫌いなんだ。なんせ恋愛沙汰に報われない奴なんだ。昔からな」

「ふーん」

 館長と店長は長い付き合いらしい。更に言うとショップの店長もだ。ここの施設で働く者達は一様にバレンタインを嫌っている。働き始めると嫌になる気持ちも分かるが、彼らの確執はもっと深いのだろう。

 嫌いと言いながら年中付き合い続けているなんて、イベント自体よりよっぽど性質たちが悪い。

「来年はバレンタインチョコあげましょうか」

「いらん。気色悪いことを言うな」

「ですよねぇ」

 店長はいそいそと店の厨房に引っ込んでしまった。

 窓際から外を眺める。隣のショップの看板が風に揺れていた。

 某アイドル似のショップ店員はバレンタインにトラウマがあるらしい。そう言いながら今年は市販のチョコレートをプレゼントしてくれた。

 しかし実際、このバレンタイン空間でそれに沿った事をされても何の感慨も湧かないものだ。或は館長たちの狙いはこんな単純なものなんだろう。




お題『三月の博物館』 にバレンタインをミックスしたもの。

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1500~3000文字程度の短編たち 波伐 @wanwanowan

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