第2話 真っ黒な世界に沈み込む
【適応障害】
君に名付けられた、無機質な冷たい響き。
君がいつ、君自身を終わらせてしまうのか分からない。そんな恐怖に駆られた僕は何があっても君に寄り添うことにした。嘘じゃない。君のためなら死ねる…じゃなくて、一心同体だと思っている。今までも、これからも。死なれたら困る。僕も死んじゃう、寂しくて。
君はかなりのおしゃべりさんだったけれど、一日中塞ぎ込んでろくに会話をしない毎日が続いていて。発症前、極度の不眠症に陥っていた君は薬の副作用がより強く、眠っている時間が長かった。
だからご飯もあんまり食べなかった。
君がご飯を食べる時、幸せそうな顔をしているのを見るのが僕は好きだったんだ。
言わないけど、今はね。
そうめんとなぜか塩鯖が主食な君のためにスーパーを物色。口当たりのいいものをたくさん買った。君はプリンが大好きで、ゼリーはあまり好まない。
アイスクリームはバニラ味が好きでチョコ味は嫌い。
コーヒーはブラック派で朝に絶対飲んでいるけれど紅茶は飲まない。
薬の副作用で眠くなる君は大好きな車の運転が出来なくなってしまったから。ドライブもよく誘った。君のお友達とグルになって、毎日出かけた。
在宅ワーカーであることを今は感謝している。
「今日は僕たちの大好きなとろろ汁を作りますよ。」
君にそう言えば嬉しそうな顔をして。その顔、好きだぜ。そうやって笑ってればいいのだ。
今になって言えること。
適応障害になったきっかけを作った上司の話を聞いた時は、そんなクズ男なんて絞め殺してやろうかと思ったけど君は首を横に振った。
「言っても無駄だから。あの人、自分を正当化するの上手いし、部長とかの前だと俳優ですか?ってぐらい演技じみた態度だったから。話通じないし会話してたらしてたで論点ズレるし、しかもそれを私のせいにするのがホント…はぁ、って感じで。部下を何人も辞めさせてるって社内の人から聞いていたからこうなるかもって思ってたんだよね。」
おいおい、なんつー上司だ。
会社も会社だな、すげぇ。それしか出てこん。とにかくすげぇ。
けど君を尊敬したのは。
今思えば最後の最後まで、クズ男に対していいところもあるんだけどね、と言っていたからだった。
君に言いたい。というか、言ったけど。
「クズ男、クズ会社と共に人生を歩いて幸せになれる?」
君は意外にもすぐに答えた。
「なれないね。」と。
「どうしたらいいか、分からないから、判断出来ないから、こうなったんだって思う。」
ほう。
「総務課の信用してた人も敵になっちゃったし。クズ男よりもそのアホのほうが人間としてないなって思ったのは内緒ね。あの腰ぎんちゃく、会社のイヌ。」
君はあっけらかんと笑った。
儚げに。
全て悟って、諦めたようなそんな表情で。
笑う。
世界は残酷だし、優しくはない。
「私にも悪いところあったしさ、クズ男いわく。」
「弁護士が送ってきた変なヒアリング結果書みたいなやつ?気にすんな。」
「うん。」
僕はあの文書を平然と送ってきた会社にゾッとしたけれど。
「世の中使い捨てだから。」
「それは言えてるよね。」
「私が死んだって会社が骨拾ってくれる訳でもないし。さっさとお互い見限らんとねぇ。私、仕事出来んかったらしいから。今は思う、仕事出来なくて良かったーって。辞めるタイミング逃すとこだったわ。」
ふふっ、君は笑う。楽しそうに。
「もうズブズブ真っ黒な世界に堕ちたからねぇ、人を呪わば穴2つ。パパが言ってた。」
「僕はクズ男、イヌ双方そのうち痛い目に合うと思うけど。因果応報って言うじゃない。」
「死ぬ時に答え合わせかも。」君は言った。「私も報いが来たと思ってるよ、あまり褒められたような生き方してきてないし。」
「確かに。」
「否定せんかい。」
「でもさ…」僕は言った。「呪ってはない。」
「そうね。」
「そこが君のいいところ。」
「ありがと。」
君は恨んでなどいなかった。
辞めるきっかけとタイミングをくれたことをクズ男と腰ぎんちゃくに感謝して、適応障害が治る頃には会社から手切れ金もらって。君は最後まで諦めなかったよね。
会社に追求して、傷付いても前に進んだ。
弁護士なんか出してくる会社より立派だった。
助けてくれた人達もたくさんいて。
君は背中を押してくれた人達のおかげで泣き寝入りしなくて済んだ。
会社がパワハラ認めないのに金払うって認めたようなもんだって思ったけど。
君は以前にも増して輝きを放っていた。
喜びに満ち溢れた笑顔で会社がのこのこ出してきた和解兼誓約書に実印で印を押した時は本気で笑った。
そこに至るまで、半年。
長くも短い、半年だった。
暗闇の中で僕は Edy・Sixones @yamato6162
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