武士、萌える

成功…だって?いやいや、どこが成功なんだ?

 彩葉の意識は消え、代わりに武士のおじ

 さんが彩葉に憑いているこの状況がか?

 それにパーティを開くって、まさか…


 「お察しのとおり、親類縁者から神社に

 イタコの関係者まで、結構な人数が彩葉

 と接する事になる、だから…」


「この霊に、彩葉のフリをさせろと…?」


「そ、だからお願いね」


初手から絶対絶命じゃないか、というか神社

 とイタコの関係者って…そういう人を

 相手にして、彩葉のフリってバレるもの

 じゃないのか…?


 「南条殿、私は何をすればよいのじゃ?」


ああ…そうだった、大部は武士だから言葉

 遣いは違う上に、横文字は大抵知らない

 のか、どこからどうやって、何を教えれば

 いいんだ…?


 「えーっと、要するにだ、貴方の

 体の持ち主である彩葉という子が降霊術を成功させたお祝いをするんですが、貴方が

彩葉の体から抜けていない事を理由にお祝い

を取りやめる事はできないので、貴方に彩葉

になりすまして欲しいのだよ」


「私におなごのフリをしろと…?」


「 大丈夫だよ、何とかなるって!」


無理に決まってんだろバーカ!大体、

おなごって何だよ、JKって言え!JKって!



「とりあえず喉の調子が悪いとか言って、ご

 まかせば何とかなると思うのですよ」


  大部を敬う気はこれっぽっちも無いとは

  いえ、初対面でタメ語を使うのは厳しい

  な…まだ敬語の癖が抜けてない様だし。


 「ああ、成程…いやしかし、私の事を

 祝う催しなのに、肝心の私が喋らない

 ようでは、意味がないのでは?」


 「まあそうですね、ちょっとくらい喋るの

 は良いんじゃないか?声と姿はまんま彩葉

 なわけだし、今風に口調を変える練習す る?」 



 少しタメ語を使ってみたが、大部からの反

 応は無い。いや気にするべきはそこじゃな

 い、このままいけばきっと、パーティ

 中にコイツが何らかの問題を起こすのは

 目に見えている、何とかして口調を矯正

 したい訳だが、生まれた年代がかけ離れ

 過ぎている上に性別まで違うとなると、

 どれだけの努力が必要なのか、想像も

 つかない。

 

 「賛成だ南条殿、宜しく頼む」


 「ソコぉ!殿って言わない!頼「む」とか

 賛成「だ」とか言わない!!」


 「賛成…です、南条、様?」


 「惜しいっ!!」


 大部もこちらの口調を聞いて、感覚を掴ん

 でいるのか、何時間か練習すればいけるか

 もな…いや待てよ?このままいけば僕は実

 質彩葉に南条様って呼ばれるのか?なんだ

 そのメイドカフェみたいな呼ばれ方、最高

 じゃないか!!


「やはり、南条「様」が気に食わんのか?」


 「い、いや、違う!南条様じゃ無くて、

 コウタ様と呼ぶんだ!!」


 「成程、ありがとうコウタ様」


「…あぁああぁんあぁ!!」

 

 「どうしたコウタ様!?」


 やばい、美少女に「コウタ様」と呼ばれて

 しまった、幸せ過ぎて萌え死んでしまいそ

 うだ…彩葉と付き合って3ヶ月の僕には刺激

 が強すぎる、今すぐに辞めさせよう…


 …いや、こんな機会滅多にないのだぞ?

 ここは彩葉や他人には内緒で、しっかりと

 メイドカフェ気分を味わうべきだろう…!


 「何でもない…それより、練習の一環とし

 て、言って欲しい言葉があってな?」


 「というと…?」


 「萌え萌えキュン♡って、言ってくれない

 かな…」


 「萌え…萌え、キュン…?」


 「違う!もっと滑らかに、聞く人の心に

 滑り込んで、キュン♡で仕留めるんだ!

 僕を萌え死なせてくれ!!」


 「萌え死ぬ?人はその、萌え萌えキュン…

 と言うだけで死んでしまうのか?本当にそ

 んな危険な技がこの世にあるのか…?」


 「ああ、そうだ!呪い…そう!呪いの

 呪文だ!今の世界では、護身のために

 主に女性に伝授されるものなのだよ!

 貴方は今女性なんだから、使えないと

 後々困るのだよ!!」


 「成程?しかし、南条…いや、コウタ様が

 それを聞いてしまうと、萌え死んでしまう

 のではないのか?」


 「いや、殺意が籠もってなければ、平気

 だから、あ、あとこの呪文には、もう一つ

 使い道があってな?」


「もう一つの使い道…なんなのだ?それは」


 「愛情を込めて唱えると、聞いた相手を

 元気にさせられるんだ…!」


 「愛情を込める…私が、男のお前にか?」


 「大部さん!時間無いから、さっさと

 練習するよ!さあ僕を真似して!」


 「萌え⭐︎萌え⭐︎キュゥン♡♡!!」


 「萌え!萌え!きゅん…?」


 「そう!その調子で愛情込めてもう一回!

 萌えッ⭐︎萌えッ⭐︎キュゥン♡♡♡!!」


 「萌えッ!萌えッ⭐︎きゅん♡!」


 「近い!近いぞ…!見えて来たぞォ!

 萌えの境地がぁぁあぁあぁ!!直ぐそこ

 に迫って— 」




 —その刹那、僕の目に映り込む黒い物体。


黒光りした怪しげなフォルム、幾つもの突起

が付いた脚、疾風の如く駆け回るソレ。


 漆黒絶対悪ゴキブリ、襲来—!


「うぉおぇええぇえい!?」


「どうしたコウタ様!?」


 「ちょ、ちょっ!ソレ、ソイツ!!その

  黒いやつ潰してえぇええ!お願いしま

  すからあぁあ!!」


 何て事だ、僕が地球上で何より嫌いな

生物め、僕は今最高に萌え萌えしていた

というのに、こんな時まで邪魔しに来る

とは…いやしかし!こちらには殺虫剤も

ゴキブリ用の罠も無いが、武士がいる!

大部は67人も斬ったというし、たかが

ゴキブリ1匹、すぐに斬り刻んでくれる

だろう。



「こいつは…蜚蠊ひれんではないか…」


「大部さん!やっちゃって下さい!!」


「ここに迷い込んだのか…よしよし、今、

 逃してやるからな」


——え?


「え?斬、いや、潰さないんですか?ゴキブ

リ」


「何を言っている…もしや私が人間を斬って

 いたからと言って、平気で、蜚蠊を潰すよう

 な無駄な殺生をするとでも思ったのか?」


「いや、だって六十七人の命を奪っといて、

 ゴキブリ1匹を潰せないなんて思わなかった

 から…」


 「私が生きていた時、少なくとも私の周り

 には、自ら人を殺めたいと思う奴など居な

 かった、皆生きる為に仕方なくあんな愚か

 な事を、自分の命を賭けてまでやっていた

 のだ、私も皆も、人を斬り、人に斬られる

 事など望んでいなかったのだ、本来、私は

 人や昆虫、動物を好んでいたし、殺生など

 自ら出来る筈はなかったのだよ」



 …僕はとんでもない勘違いをしていたの

 かもしれない、武士は人を斬る事を、金

 を稼ぎ、派手な鎧兜を着て、出世する為

 に喜んで行っているものだ、という恥ず

 べき勘違いを。


 「何か、ゴメン、大部さんの事を人を

 殺す事に慣れてる悪者だと勘違いして

 た」


 「構わんよ、人を殺めたのは事実、

  悪者だと思われても仕方ないしな

  …だから気に病むな、コウタ様」


 「頼むからコウタ様って呼ぶの、止めて

  くれ…」

 



 


 

 




 

 

 

 


 

 




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ヒトキリ彼女 ヒダさん @regulate

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