武士、天に帰れない。

「…は?」


「だから、この体から抜けれんのだ、いくら力んでも魂が体から抜けないようでな…!」


「…冗談ですよね?ただ天に帰りたくないだけですよね?ほら、茅子さんも何か言ってやってくださいよ…」


「ガチだよ、これ…!」


…本当に冗談じゃない。彩葉がイタコになりそうっていうだけでめまいがするのに、僕はこれから彩葉に会えず、彩葉の体は霊のものになるのか…やはりこのイタコは張っ倒しておくべきだった…


「何て言うか、彩葉の脳の辺りに、この武士さんの魂がへばりついてる…!」.


「じゃあこの武士が悪いんですか?それとも降霊術のミスが悪いんですか!?」


「いや、彩葉がこの武士さんを引き込んでるみたいだよ?こりゃ、当分このままかもね…」


…え?


「あ、アンタどうせ暇でしょ?せっかくなら、武士さんに今の世の事、教えてあげて」


「何で茅子さんはそんなに落ち着いてるんですか…?」


「彩葉の母親に降霊術を教える時に、こういう事がよくあったからね…それに今回の場合、彩葉に霊が執着した訳じゃなくて、彩葉が霊に執着してるみたいだから、大丈夫かなって」


教えてくれ、誰か、この状況のどこが「大丈夫」なんだ…僕の彼女に男が憑いてる時点で既に大問題なのだが、いや待て、若い男性ならかろうじてセーフかも…


「あ、あの…あなたの歳とか、教えてもらえますか?」


「歳か…確か私は四十七で死んだな」


  終わった…僕の青春、短かったなぁ。


「南条殿、私は男とはいえ、急に歳を

聞かれるのは困る、私は少々気が短い

ところがある故に、何かあると人を直ぐ

人を斬りたくなるので、申し訳ないが、

言葉には気をつけて欲しい」



「申し訳ありませんっ!調子に乗りました!

何でも言う通りにします!!」


「…それはありがたいのだが、私の刀を知らんか?」


なんか、彩葉から殺気のようなものを感じる…やばい、コイツ俺を殺る気だ。


「そ、それはですね、この時代には、刀を持ったり、人を斬ってはいけないという決まり事がありまして…」


「何、それは誠か…?」


「はぃい!大抵、人を傷つける事は禁止されているのでありますぅ!」



「…なんといい世の中になったものだ…!」


さっきまで僕を斬る気満々だった奴が何を言っている…


「私が生きていた時、人を斬るのは仕方のない事だったとはいえ、私は六十七人も斬ってしまった…!」


「すまない、お主を脅したりして、私は大部門昌…好きに呼んでくれ!」


人を斬っただと…それも六十七人?これはとてつもなく強い武士を降ろしてしまったんじゃ…


「大部門昌、オオベカドマサ…ググっても出て来ませんね…?」


「当たり前だよ。有名人を降ろすのはイタコのタブーだからね」


「…イタコとはなんだ?」


「霊の口寄せをする巫女の事ですね、オナカマとか、ワカサマとも言うらしいですけど」


「成程…ところで南城殿、柊木殿、私をそう敬わんでも良いぞ」


「え…いやぁ、一応あなた、僕にとっては人生の大先輩な訳ですし?タメ口というのも…」


「それもそうだな、しかし…わざとではないものの、彼女の体を私が奪う事になってしまったのも事実だからな、とても申し訳なく思っておる」


こいつ、さっきとは打って変わって随分しおらしくなったな…彩葉に憑いたのも、本当に偶然だったのかもしれない。


「それに、自分が迷惑をかけた相手に敬われると、少々気分が悪くなるのでな」


「…じゃあ、その代わり大部さんが覚えてる事、できる限り話してもらいます」


そう、僕はまだ大部の事を疑っているのだ、僕が大部について知っている事が少なすぎる上、彩葉から離れられない理由を大部が何らかの理由で隠している…という可能性があるからな。


「では、話させて頂こう。私の生まれは飛明国朱条坂で、二十三の時より飛明の辺りを治める大名に仕えて— 」


「待った、ひあけのくに、だって…!?」


 偶然かもしれないが、僕が今いるこの場所

 こそ、飛明国、今でいう飛明市なのだ、だ

 が、朱条坂というのは聞いた事がないな?

 この辺りにある事は間違いないのだが…


「あ、やっぱ何でもない。それで、大名に仕えてどうなったんだ?」


「戦で何人もの敵を斬り捨て…」


「それで!?」


「…この後の記憶が、ない…」

 

「…いやもうちょっと頑張ってくれよ」


「いいか?今のお前の体は、本来は彩葉の体なんだよ?僕の、最愛の人の体なんだよ!」


「やめておけコウタ、本当にこの霊は記憶をなくしてる」


 「幽霊の生前の記憶は、心が平穏だった時

 の記憶以外全て消される、幽霊の未練や恨

 みの感情を消し去る為にな」


 …待てよ、心が平穏だった時以外の記憶

 が消されるなら、何で大部は人を斬った時

 の事を覚えてるんだ…まさか、平然と人を

 斬り殺してたというのか…


 「じゃあなコウタ、アタシはこれからスーパーに行くから」


  そうか…柊木さんはスーパーに行くのか、

 なら僕は大部を一人でなんとかしないと—


「いや何でェ!!?」


「なんだい?アンタ男ならそれくらいできるだろ?」


 うん、できない事ではない、できない事で

 もないけども。僕が聞いているのは何故こ

 んな状況で平然とスーパーに行くとか言え

 るのか、って事だ。


「大丈夫、この霊大人しいし、私がここに

  いないのはスーパーに行く時だけだから

  それに、大部に色々と教えるのがアンタ

  の役目だろ?いい機会じゃないか」


「え…でも何故スーパーなんですか?」


 「買い出しだよ、3時間後にパーティを

  やるからねぇ、彩葉の初の降霊術が

  『成功』した事を祝うための」




 





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