こんにちは非日常

 最初の起動が終わったことで、この日の研修は終了となった。

 今後、アキラ達が乗ったマギナイトはそれぞれの専用となって、他の人間では使えなくなるらしい。

 ちなみにちらりと聞いた限りでは、マギナイト一体の値段はアキラの両親が人生で稼ぐ総額の十倍くらいになるとのことだ。これが無償で与えられて、修理や補給も無料だというのだから、流石はエーミール・コーポレーションだなあと感心するやら恐ろしくなるやら。


「ミスタ・ホガミ。ウォーダンの世界上位ランカーになるだけのことはある。これからの活躍に期待しているよ」


 ハルトマン上司の機嫌は上々だった。アキラのみならず、今回のメンバーはよほど粒ぞろいだったらしい。マギナイトを起動したメンバーも軽い興奮状態で、自分たちが非日常の世界に入ったことをそれぞれに受け止めている。

 問題が起きたのは、昼食の時だ。居住区画に戻るのも手間なので、工廠の食堂で昼食を取っていたアキラの前に、小柄な少年が姿を見せた。

 確かディンゴと名乗っていたか。やあ、と手を挙げると、ディンゴは表情を随分と歪めて言い放ったのだ。


「あのマギナイトを見たら思い出したぜ。お前、アキツの『いかさまチートランカー』だろう!」

「はあ!?」


 あまりの言いぐさに、アキラは思わず食べていたパスタを吐き出しそうになった。

 マギナイト・ウォーダンは魔導師に人気だが、その理由のひとつはゴーレムの躯体のバリエーションが極めて豊富だったことにある。

 個人の魔力と魔導によって、無限に近しい自分だけのマギナイトで遊ぶことが出来る。だからこそ、魔導師は自分たちの特別さを日々感じながらプレイすることが出来るのだ。


「『イグナイト』だったか? お前のマギナイト、有名だよな。攻撃無効のイカサマを使っているって。大会にも出ないから、皆がチートランカーって呼んでた」


 俺も運営にメッセージ送ったんだよ、と言い放つディンゴを強い目で見る。

 イカサマだと言われたことは何度もある。そのうちの一人がこいつか。


「ああ、何回か運営からも問い合わせが来たよ。知ってるよな、あれには自分の発明した魔導式ならひとつだけ組み込むことが出来るって」

「当たり前だろ。俺の『グレイハウンド』にも組み込んである」

「問い合わせがあったから、ちゃんと魔導式を提出してるよ。それで処分されてないってことは、イカサマじゃないって証明されたってことだろ」


 魔導師が自分のオリジナル魔導の式を人に教えるのは、昔であれば絶対にありえない暴挙だ。魔導師にとっては自分の切り札だから、精々年老いた師匠が弟子に伝える程度だった。それが変わったのも、マギ・テックが関わっている。マギ・テックの発達により、魔導の多くが再現できるようになったからだ。社会の発達のため、という理由で新しい魔導式は世の中に公開されるのが普通になっている。

 アキラとしては、不愉快な記憶のひとつでもある。オリジナル魔導の発明は、魔導師がマギ・テックの研究者として生きるための目標のひとつだ。アキラも自身の発明した渾身の魔導式を大学時代に提出している。

 しかし、結果は散々なものだった。火の魔導師の魔導式など、秋津洲ではまったく評価されることはなかった。結果、アキラはその道を諦め、発明した魔導式はマギナイト・ウォーダンに組み込むことで供養としたのだ。

 ところが、その魔導式が思った以上の効果を持ってゲームの中では活躍したのだから、世の中分からない。あるいはエーミールの中では高い評価を得ていたのかもしれない。


「じゃあ、何で世界大会に出なかったんだよ? インチキじゃないなら出りゃ良かったじゃねえか」

「あのな、秋津洲から大陸までどれだけかかると思ってるんだよ。秋津洲で大会があれば出てたさ」


 秋津洲は島国で、マギナイト・ウォーダンの世界大会はこれまで他の国でばかり行われていた。前回はエウロパ連合だったはずだ。秋津洲からすると、地球の逆側と言ってもいい。

 どれだけ金がかかると思ってるんだ、と言うとディンゴがようやく怯んでみせた。


「お、俺は信じないぞ!」

「好きにしろよ。けどな、もしも本当にインチキをしていたんだとしたら、多分ここには来てないんじゃないかね」

「っ……知るかよ! どうせお前みたいなやつ、すぐに魔獣に食われて死んじまうんだからな!」


 はい論破。などと大人げないことを頭に浮かべていると、ディンゴは表情を歪めたまま捨て台詞を吐いて立ち去って行った。

 それにしても、なんて言いぐさだろうか。嫌なことを言うなあとその背中を視線で追っていると、その視線を塞ぐように新たな一人が目の前に。今度は座る。


「凄い剣幕だったわね」

「そうだねえ。ええと、ミズ・コルギー?」

「マリーでいいわ。ミスタ・ホガミ?」

「ならこっちもアキラでいいよ」


 目的はアキラと一緒らしい。プレートの上にはそこそこ甘そうなメニューが並んでいる。

 マルグレット・コルギーはちらりとディンゴの方に視線を向けて、こちらに向き直った。


「あのゲームの話?」

「そうみたいだね。何だか評判悪いみたいだ」

「私はあんまりよく知らないのよね。ウォーダンは最近始めたばかりだから」

「そうなんだ? ここには試験か何かで?」

「いいえ、スカウト。ランクアップがすごく早かったとかで」

「そりゃ凄い」


 ビショップクラス、だったか。アキラと同様、マギナイトの中では上位のクラスと言われていたような。

 ディンゴがこちらに突っかかってきた理由には、マギナイトの初期クラスも影響していたのだろう。そうなると、マルグレットもアキラと同様に目をつけられた可能性は高い。

 彼女がアキラと仲良くしようとする理由もその辺りかもしれない。


「アキラは?」

「試験さ。ウォーダンで世界ランカーなのも確かだけどね」

「上は最初からあなたに目をつけていたみたいだけど」

「みたいだね。何故かはこっちにも分からない」


 くるくるとパスタを巻いて、口に運ぶ。鼻に抜ける貝の香りを楽しんでいると、今度は隣の席にどかりと座る音。置かれたプレートは肉のオンパレードだ。イメージ通りというか何と言うか。


「そりゃ、スカウトしようと思ったら、本人が試験を受けに来たからだよ」

「ハルトマン上司……」

「なんだその呼び方? 別に軍隊じゃないんだ、カティでも姉御でも好きに呼ぶといいさ」

「んじゃ姉御で」

「ノリがいいね! そういうのは嫌いじゃないよ」

「で、姉御。アキラもスカウト対象だったのね?」

「ああ。ミスタ・ホガミの魔導式、未だにエーミールの研究室でも再現が出来てないんだよ。ウォーダンで発動されるから理論は正しいはずだけど、現代の技術でもリアルな実証に届かない。ゲームから追放するにも、スカウトするにも判断できないってなってな。ミスタ・ホガミ。あんたの魔導式、あんた自身で再現できるかい?」


 何やら、遠い海の向こうではそれなりに大ごとになっていたらしい。

 アキラとしてはあまり実感がないのだが、取り敢えず見せればいいのかと右手を挙げる。


「ええ、出来ますよ。『化焔身かえんしん』」


 室内なのであまり大きくやるのも問題だろうと、右手だけを対象にして魔導を発動する。

 化焔身。文字通り、肉体を炎に変換したり戻したりする魔導だ。元素変換という高次の魔導の新しい理論として秋津洲の国立研究所に提出したのだが、『現実性・実現性がない』と言われて却下されている。

 不愉快なことだ、ちゃんと自分で理論を実証してから提出したというのに。魔導を切ると右手は普通の肉体に戻る。


「……まじかよ」


 カティが額を押さえた。マルグレットは目を見開いて呆然としている。

 マギナイト・ウォーダンでイグナイトが無双できたのは、躯体そのものを炎に変えたことで物理攻撃が無効化されるようになったのが大きい。一方、火になったら武器を持てないので、攻撃力が一定より高くならなかったのが伸び悩んだ理由だ。


「確認させてもらった。近々、うちの研究班が話を聞きに行くかもしれないから、それだけ了解しておいてくれ」

「分かりました、姉御」


 頷いて、食事に戻る。カティは毒気を抜かれたような顔をしていたが、すぐに気を取り直したのだろう、肉の山を豪快に口の中に運び始めるのだった。

 アキラは何となく気づいた。自分はきっと、元々こちらの非日常に適性のある人間だったのだと。

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ファイアブラッド・ハイエスト~貴方の業務は害獣駆除(魔獣討伐)です~ 榮織タスク @Task-S

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