さようなら日常

 害獣駆除。

 そんな話だったはずだ。

 聞いた時には多角経営だと予想外の事業にも手を出しているんだなとか、そういう業務だからこそ二流大出身の自分もこんな超一流企業に採用してもらえたのだろうなとか、自分を納得させられたのだが。

 エディダに来てから四日後。世界中から集められた同期入社の新人たちがようやく揃ったと伝えられた。

 アキラたちが案内された場所。

 そこには、およそ害獣駆除というにはあまりに異質なものが並んでいた。


「ゴー……レム?」

「そうだ、ミスタ・ホガミ。我々はこれをマギナイト・ゴーレムと呼んでいる。君にも馴染みがあるだろう?」


 カティ・ハルトマンの言葉が耳を滑っていく。

 目の前にある巨体には、確かに見覚えがあった。自分が熱中していたゲームに出てくるものに、非常に似ている。

 確かにそのゲームを作っていたのも、運営していたのもこの会社のゲーム部門だったと知ってはいたが。

 まさか、ゲームに出てきたものを現実でも造っているなんて思いもしない。

 唖然としているアキラの様子を見て、カティが苦笑しながら何かを操作する。


「ひ、開いた!?」

「ああ、確かにゲームではこの辺りは描写していないんだっけ? これは、人が乗って運用するゴーレムなんだよ」


 胸部が外に向かって開放されたゴーレムの胴体には、奇妙な空洞があった。空洞の意味を確認するまえに、用途の説明。

 衝撃的な現実を前に頭の中が真っ白になっていたアキラだったが、説明を聞いて違和感に思い当たる。

 色々と言いたいことはあるが、何よりもまずここにいる前提から確認しなくてはならない。


「あの、今日は害獣駆除の研修と聞いていたのですが……」

「うむ。害獣駆除の研修で間違っていない」

「間違ってないんですか!?」


 どうやらミリエラ代表が害獣駆除という文言を気に入った結果、その呼び方は社内でオフィシャルになってしまったらしい。

 ゲームの設定どおりならば、マギナイト・ゴーレムは七メートルほどの体高があるはずだ。高い位置から見下ろす形なので今はそれほど感じないものの、見上げる形であればどれほどの威圧感だろうか。

 一流企業の遊び心というには度が過ぎていないかと思うが、それをこの場で口に出さない程度の自制心はアキラにも残っていた。

 と言うより。もしもこのゴーレムが酔狂のたぐいではないのであれば、これで駆除しなければならない害獣が存在するということになる。

 アキラはこれまで常識の範囲で生きてきたという自覚がある。世界はそれなりに平和で、七メートル超のゴーレムを駆って駆除しなければならない害獣が存在するなんて話は噂ほどにも聞いたことがない。


「まあ、このサイズは大型の駆除に使うものだから、今日の研修には使わないんだがね。君たちにはもっと小型のものを用意している」

「そ、そういう問題ですか?」


 ここには上長のカティとアキラだけではなく、同期入社予定の仲間たちが同時に案内されている。それぞれ国籍も年齢も違うが、さすが超一流企業に就職しただけあって、みな対応が社交的で明るいという印象だった。ちょっとだけ劣等感を感じたのはナイショだ。

 アキラに代わって呆れた声を上げたのは、マルグレット・コルギーと名乗っていた女性だ。マギナイト・ゴーレムを見て目を白黒させていた仲間たちも、次々に気を取り直して目の前の現実と折り合いをつけようとしている。

 最年少のディンゴ少年は、何やらキラキラした目でゴーレムを見ている。ああいうのに憧れる年代ではあるし、彼も同じゲームのプレイヤーなのだろう。


「あの大きさで駆除する害獣って、ドラゴンとかですかね」

「そりゃいい! まあ、それぐらいの大きさだよな」


 アキラが何となく呟くと、仲間達がどっと笑う。アキラ自身本気で言ったわけではない。まだ、目の前の現実を認めたくなかったのだ。

 だが、カティが感心したような顔で頷いた。笑顔ではあるが、目が笑っていない。


「察しがいいな、ミスタ・ホガミ。あれはドラゴン級の害獣を駆除するために運用されるジェネラルタイプのマギナイトだ。それほどの大物を相手にすることは滅多にないがね」

「じょ、冗談でしょ? ドラゴンなんておとぎ話に出てくるような、伝説の存在じゃないですか」


 誰が言ったのか、当たり前のことにアキラもぶんぶんと首肯する。だが、カティはその希望を軽々と打ち砕いてきた。


「残念ながら、冗談ではない。この先には伝説の、おとぎ話の、空想の、歴史上の。色々な言葉で就職される魔獣たちが現実に存在している」

「な、何かの実験ですか? 新しい生物兵器の開発とか」

「はあ? 違う違う、そうじゃない。これはいくつもの国々が共同で行っているプロジェクトでね、極秘ではあるけど、そういう後ろ暗いものじゃない」


 カティは明るくマルグレットの疑問を否定した。何かを隠している様子もない。


「人類の未来を守るために、ずっと昔から引き継がれているお仕事さ。みんなプライドをもって業務に臨んでいるよ。まあ、職場結婚でもしない限り、家族にも話せないのが困りものだけどね」


 守秘義務は守ってもらうよと笑いながら、芝居がかった動きで両手を広げる。何度もやっているのだろう、ぎこちなさはなかった。


「ようこそプロジェクト・エディダへ。これから君たちは、世界で最も尊く苛烈な害獣駆除の業務に従事することになる。頑張ってくれたまえ」


 現実感のない話を聞きながら、アキラは一つだけはっきりと理解していた。

 要するに、これから自分たちはあれに乗るのだ。


***


 マギナイト・ゴーレム。

 ゲーム内の設定を踏襲しているのであれば、魔導師の魔力を登録することで専用のゴーレムに変貌する。動力は魔導石エーテル・ジェム

 アキラの目の前にあるのは、中央が開いた純白のゴーレム。登録前の『ポーン・タイプ』と呼ばれる種類だ。それぞれのブースで、同期の仲間達が同じようにゴーレムを見下ろしているのだろう。

 タラップが繋がれた。一歩一歩、熱に浮かされたように歩く。


「うわ」


 目の前までやってくる。現実感のないまま、これから自分が座る空間を見る。

 椅子と、無数の計器。何となく心臓がどきどきする。間違いない、興奮している。

 腰を下ろすと、開かれた部分が自動的に閉じる。一瞬だけ暗くなったが、すぐに明るくなる。きょろきょろと周囲を見ていると、どこからともなく声が聞こえる。


『あー、興味があるのは分かるが、まずは落ち着いてくれ。説明するからな』


 笑いをこらえるような、カティの声。どうやら落ち着かないのは自分だけではないらしい。


『体をシートに預けて、全身からゆっくりと魔力を放出してくれ。魔導石エーテル・ジェムが仕込んであるから魔術も問題なく使えるはずだ』


 言われるままに、指向性を持たせずに魔力を放出する。アキラの目には、自分の放った魔力がまるで吸い込まれるように周囲の壁面に引き寄せられるのが見えた。


『良いというまで放出は止めないように。……ほう、今年の新人は豊作だな』


 魔力がマギナイトに吸い込まれるにつれて、壁面の色が段々と透明になっていくのが分かる。お陰で、周囲に立っている他のマギナイトの様子も見えてきた。

 対面に立っているマギナイトはマルグレットが乗ったゴーレムだったか。白かった外装が青く染まっていくのと同時に、その形も変形していく。


『ディンゴ。君はサージェントクラスだ。ロッテとジャン、君たちもだ。大体最初はファイタークラスで留まるものだが、君たちは優秀だぞ』


 あまり周囲を見回すことも出来ず、アキラは魔力の放出を続ける。マルグレットの乗ったゴーレムの変化が止まった。


『マルグレット、君はビショップクラスのようだ。珍しいクラスだ、自慢できるぞ』


 そんな声を聞きながらも、アキラの魔力放出は続く。まるで乾いた土に水が吸い取られるように、ゴーレムはアキラの魔力を吸い上げていく。作業として特に辛いわけではないのだが、いつまで経っても終わらないのは、何だか不安になってくる。


『終わってないのは……ミスタ・ホガミだけか。さすが、と言うべきだろうな』

「え」


 どうしたら止まるのか、まったく分からない。カティの言い方からすると、何か止まる切っ掛けがありそうなのだが。

 何となく落ち着かなくなったところで、何だか目の前がゆらゆらと揺らいでいるのが分かった。自分の視界がおかしくなったのではない。どちらかというと、ゴーレムの外の部分だ。


『おいおい、最初っからここまで飛ばすか!』


 嬉しそうなカティの声。取り敢えず危険だとは思われていないらしい。

 止めろと言われない限りは続けるしかない。アキラは落ち着かない気持ちのままに魔力を放出し、ゴーレムは魔力を吸い上げる。

 揺らめいていた視界が、真っ赤に染まった。


「うわ!?」


 どうやら外装が燃え上がったのだ、と気づいた時には反射的に魔力の放出を止めていた。火の魔導師のモラルとして、自分の周囲で火が熾った時には魔力を止めるのが常識だ。

 燃え上がるのは一瞬で止まった。アキラの魔力供給が途絶えたことで消えたのか、別の理由かは分からないが。


『ミスタ・ホガミ! 君はナイトクラスだ。最初の起動でナイトクラスに届くなんてすごいことだよ』


 興奮した様子でまくしたてるカティの声に、どうやら彼女らの期待には答えられたということだけは分かったのだった。


「……何だか、とんでもないことになってきてる気がする」


 今から辞退とかは出来ないだろうか。……出来ないだろうなあ。

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