巨大人工島『エディダ』
エーミール・コーポレーションの総本社施設は、大東洋に浮かぶ巨大な人工島『エディダ』にある。
害獣駆除の研修と言われて、その日のうちに乗せられた飛翔船でエディダまで。
何ともスピーディというか、せわしないというか。
大東洋の南方、南半球上に存在するエディダは、あらゆる国からの干渉を受けない二つの存在のうちのひとつだ。
欧州に存在する魔導文明の根幹『世界樹』と並び、人類の共有財産として扱われている。
そのため、エディダに上陸を許される者は極めて少ない。一国の元首であっても、理由なく踏み入ることは出来ない、そんな場所だ。
「こりゃ一生自慢出来るな。……いや、信じてもらえないか」
飛翔船から降りてもなお、どこか現実感がない。心のどこかでまだ何かに騙されているのではないかという不安がぬぐえないでいる。
硬質な地面をしっかりと踏みしめているのに、アキラ自身がこの現実を信じられていないからだ。
周囲を見ると、黒地の艶めいた地面と建物。申し訳程度に植物が植えられてこそいるものの、どことなく命の気配が薄いような気がする。
「この辺りはマナが薄いですからね。さすがはマギウス・ホガミ。感覚も鋭敏でいらっしゃる」
「いえ、そんな」
案内役として先導するのは、秋津本社から同行してきたスタッフだ。常ににこやかな笑顔を見せてくるのだが、それもまた不安をあおる一因なのだ。
エーミールの本社施設に入った時から、こちらに向けられ続ける好意やら尊敬やらの視線の意味がまるで分からない。
いや、そもそも害獣駆除なんて業務内容で、何故総本社までの直通便があるというのか。まだプロゲーマーとしての雇用という理由の方が説明がつく。
マギウスと呼ばれるのも慣れない。エーミールでは違うのかもしれないが、秋津洲の常識では本来馬鹿にするニュアンスが強いのだ。
ほら、まただ。向こうから歩いてきた数人が敬礼してくる。例外なく尊敬を顔に浮かべて、右へと折れて名残惜しそうに去って行った。
「あの、彼らは」
「エウロパの軍人です。彼らは魔導師ではありませんが、軍用ゴーレムの運用においては世界屈指と言って良いでしょう」
「軍用ゴーレム……」
「はい。彼らはエディダ島に干渉してくる外部組織から、島と施設を護るのが主たる業務です。マギウス・ホガミ、あなたのような力ある魔導師は彼らにとって憧れなのです」
「あの、僕はここで何をやらされるのですか?」
「なに、とは?」
「いえ。害獣駆除の業務としか聞かされていなくて」
困惑するアキラの言葉に、感じ入ったように頷く。
「そうですね。害獣駆除、その通りです。ミヤジマも中々うまいことを言いますね」
「はあ?」
社長を呼び捨てにしている。てっきり秋津本社のスタッフだと思っていたが、もしかすると違うのだろうか。そういえばエディダの地理にも詳しい様子だ。見るからに同世代の女性なのだが、総本社の所属であれば五十代のミヤジマ社長を呼び捨てにしていても不思議ではない、のか?
「さ、あそこに見えるのがエーミールの総本社です」
「あそこ、というと?」
示された場所には、いくつものビルが立ち並んでいる。どれが総本社なのか、と首を傾げると彼女はくすくすと笑みをこぼした。
「あの区画、すべてです」
「へぁ!?」
高台から見下ろす、町とも言えそうな区画。それがすべてエーミール・コーポレーションの施設だと言われて、アキラは目を円くするしか出来なかった。
***
迎えに来ていたホバー車に乗って、エーミール・コーポレーションに向かう。その間にアキラはカティと名乗ったスタッフから説明を受けることとなった。
エディダ島は大きく分けて六つの区画に分かれているという。まずは、中央の高台にある空港区画。中心部には火山のように巨大な穴があって、その上はどんな飛翔船も通ってはいけないことになっているらしい。理由を聞いたが、カティは「すぐに分かりますよ」と教えてくれなかった。
次が外周部。エディダ島の外周は、国際連邦が組織している国連軍が交替で駐屯している。
「先ほどの軍人さんたちは休養のために外周部から居住区域に戻る途中だったんですよ」
「そうなんですか」
空港区画と外周部の間にある円形の区画。そこを四分割して、残り四区画。それぞれを別々の組織が使っているという。
ひとつが国連軍。軍用ゴーレムの工廠と、居住区画。最も居住者が多いらしい。
もうひとつが今向かっているエーミール・コーポレーション。
残りを使用しているのが『エーギグ社』と『神樹会』。どの名前も、この世界に住む人間は誰もが知っている巨大組織だ。
国連軍をはじめとした各国の軍部に装備を販売しているのがエーギグ社。魔導師以上の能力を発揮する軍用ゴーレムの開発に世界で初めて成功した企業であり、同じく軍用ゴーレムを製造しているエーミールとは昔からライバルと言える関係にある。
神樹会は、名前からすると宗教団体のようだが、そうではない。世界樹が吐き出すマナに長期的に触れた人々に発生する『異種族化』。そんな異種族化した人々が所属する互助会が神樹会である。世界樹を擁する欧州が発祥で、参加者のほとんどが欧州人であるのも特徴だ。
「神樹会の方たちは極めて魔導適性が高いんでしたよね。マギナイト・ウォーダンの世界ランカーも大半がそうだとか?」
「ええ。ナイトウォーカーやエンジェラス、エルフィンの方たちですね。ドワヴンの皆さんは技術的な適性が高いので、神樹会に所属せずにうちやエーギグに所属している人が多いんですが」
彼らは、深刻な迫害を受けていた過去がある。神樹会という組織を作って身を守らなくてはならないほどの。カティが口にした種族以外にも、ライカンスロープやマーウォークなどが有名だ。
昔は種族名の後ろにシンドロームとつけられていた。異種族化は病気とされていたのだ。当然、差別の対象にもなっていた。今でも後進国や地方では差別が残っているというが。
「友人にエルフィンがいます。神樹会には入っていないはずですけど」
「ええ。アキツシマでは差別が少ないと聞きますね。その分、魔導師の皆さんにしわ寄せが行っているとも」
「……まあ、命に関わるものではないので」
せいぜい、職業選択の際に嫌な思いをするくらいだ。
秋津洲はマナ濃度が高くない。そのせいか、魔獣災害が他国と比べて随分と少なかったようだ。自然と、魔導師は国内の戦争に運用されることが多かった。現在の魔導師への冷たい視線は、魔導師が戦争の原因だと教える教育にも問題があるのかもしれない。
「秋津洲の魔導師は質が低いと言われていますからね。開国した時、国の誇りである魔導師が他国にまったく通用しなかったのが大きな恥として伝わっています」
「アキツシマの文化は独特ですよね。エーミールは魔導師の権利保全にも取り組んでいますから、マギウス・ホガミにもきっと満足してもらえると思います」
いや、すでにだいぶ満足しています。
そんな言葉を口にしかけて、アキラは何となく気恥ずかしくなって口ごもってしまう。
と、ホバー車が止まった。外からドアが開けられ、大柄な女性が顔を覗かせた。
「お帰りなさいませ、代表」
「!?」
「あら、カティ。気が利かないわね。せっかく隠してたのに」
「代表? カティ? ええっ!?」
混乱するアキラの様子に、カティと名乗っていた方ではなく、呼ばれた方が大げさな溜息をついた。
「またですか、代表。偽名で私の名前を使うのはやめて欲しいと何度も」
「だって、普通に名乗ったら委縮しちゃうし態度を変えるでしょ? でも、最初からマギウス・ホガミはすごくジェントルだったわ」
「それは何よりです」
大満足、と言いながら車を降りる女性。
呆然としているアキラに、本物のカティが降りるよう促してくる。
「すまない、ミスタ・ホガミ。代表は悪戯好きなのだ。私がカティ・ハルトマン。君の直属の上長になる予定だ。よろしく」
「ごめんなさいね、マギウス・ホガミ」
花咲くような笑顔で言われても、謝罪の気持ちは伝わってこない。
だが、こういう時に美人は得だ。気持ちがあろうがなかろうが、さらりと許してしまえるから。
「わたくし、ミリエラ・ユミルは貴方を心から歓迎します。これからよろしくね?」
「は、はい。よろしくお願いします」
顔が赤くなっているのは、多分気付かれているんだろうなあ。
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