疑問は膨れるばかりなり
「はぁ!? エーミールに受かったって!?」
「おぉ」
「なんの冗談だ?」
「だよな、そう思うよな」
大学近くのファミレスで、アキラは悪友のノゾム・ホシに就職活動が完了した報告をしていた。
何しろ、一緒にエーミール・コーポレーションを記念受験しようと言い出したのがノゾムなのだ。報告しておくくらいの義理はある。
届いた手紙を見せると、ノゾムは驚いた顔のままじっくりと読み、怪訝な顔で聞いてきた。
「マジなのは分かった。……何で?」
「わかんね」
ノゾムは随分前に、不採用の通知が来ていたらしい。アキラもどうせ同じだろうと思って確認もしていなかったそうだが、何故かアキラだけ受かった形だ。
目の前の悪友は植物の魔導師で、記念受験のすぐ後に農業関係の中堅企業に就職が決まっていた。こちらの就職が決まるまでは自慢しないという分別はあったらしく、最近連絡がなかったのはまったくもってアキラのせいだ。
しきりに首を捻っていたノゾムだったが、同じようなことはアキラも昨日散々やった。落ち着くまではとぼんやり待っていると、ノゾムがおもむろに笑みを浮かべた。
「ま、良かったじゃん」
「おう、ありがとさん」
二人とも二流大学の生徒であり、特別優秀だったわけでもない。
言ってしまえば普通の経歴なわけで、就職活動が二十社を超えた同級生もちらほらいる。そういう意味では二人ともツいていたと言えるだろう。選ばなければ仕事はある世の中だが、それでも分かりやすく稼ぎの少ない仕事に就きたくないのは人の情と言える。
「あとはあれだな。やっぱり間違いでしたって内定取り消されるか、入ってみたけど仕事についていけなくてすぐに首になるか……」
「ヤなこと言うなよ! それ一番心配してるんだからさァ!」
実際、何かの間違いじゃないのかというのは今でも感じている。今だって魔導板に『手続きミスでした』という連絡が入るのではないかと内心ドキドキしているのだ。ノゾムの無遠慮な発言に、少しばかり過敏な反応をしてしまうのも無理はないと主張したい。
テーブルに突っ伏すアキラだったが、悪友はその程度で心動かされることはなかったようだ。逆の立場だったら、多分アキラも同じことをする。
「でもさ、卒業直前になってから連絡があるよりは今の方がよくね?」
「うぐ」
「気になるなら自分からテレパス入れてみたら? 間違いじゃなかった時にめっちゃ気まずいと思うけど」
「ぐはっ」
反論出来ない。
とはいえ、馬鹿話ばかりしてもいられないのは二人とも分かっていた。ノゾムが少しだけ感傷的に見える顔で口を開いた。
「エーミールの秋津本社って東都だよな」
「ああ。
「そうか。じゃあ中々会えなくなるなあ」
「ま、休暇には顔出すさ」
何者でもない時期の終わりは近い。これまで社会に育てられてきた自分たちが、これからは社会を育てる側に回るのだ。
日常の終わりが迫っている。悪友とこうやって騒ぎ合える日もそう長くない。
「じゃあ、ホガミの引越しまでに遊び倒すか!」
「あ、悪い。来月から一ヶ月ほど研修らしい」
「卒業してねえのに?」
「単位は足りてるし、事情を説明したら教授も分かってくれてさ。遊び倒すのは戻ってきてからかな」
「そうだな」
提案はとても魅力的だったが、いくらなんでも目の前のチャンスを手放すわけにはいかない。どれほど自分にとって疑わしいものであっても。
後は、内定の連絡が何かの間違いでなかったことを願うばかりだ。
***
東都府。
西の京洛、東の東都と呼ばれる秋津洲最大の経済都市。東の経済を成長させることと同時に、首府に御座す主上が魔獣災害から避難する際の御所としての性質を持たせるべく発達した。海外との接続も良いために人の集まりも多く、発展の度合いとしては首府圏をも凌ぐと言われている。
「さて、ここかあ」
指定された時間の一時間前に、アキラはエーミール・コーポレーション秋津本社ビルの下に立っていた。
高い。さすが世界三大企業と呼ばれるだけのことはある。
あまり高い建物を建てると周囲から驕っていると言われる、
「し、失礼しますぅ」
「いらっしゃいませ」
いかん、声が裏返った。おっかなびっくり建物に入ると、受付にいる女性が素敵な笑顔で迎えてくれた。
びっくりするほど整った顔立ちをしている。アキラはこれまでに芸能人以外で、これほど好みの女性を見たことがない。隣に座っている男性も顔が良いから、これはもう会社として狙っているとしか思えない。
「エーミール・コーポレーションにようこそ。どのようなご用件でしょうか」
「え、ええっと。アキラ・ホガミといいます。本日からこちらで研修を受けることになっているかとっ!」
声も綺麗だ。少しだけ幼さを感じさせる声の質だが、耳ざわりの良さが際立つ。こちらの返事が上ずってしまったのも無理はないのではなかろうか。
と、そこでアキラは今回の内定が正しかったかどうか確認しなくてはならなかったと思い出す。
持ってきた内定の連絡用紙を鞄から取り出そうとしたところで、二人が勢いよく立ち上がる。
「まあ、マギウス・ホガミ! お早いご到着ですね!」
「お、お会いできて光栄です! あ、握手していただけますか!?」
「えっ」
マギウスというのは、魔導師に対する最上位の敬称だ。現代社会ではほとんど使われることのない敬称で、役に立たない魔導師を馬鹿にする意図で使われることさえある。
だが、女性の様子にそういう意図は感じられない。男性からは握手まで求められているし、二人から向けられるきらきらとした目の色は純粋な好意のようで。
勢いに負けて握手すると、男性は感動したかのように顔を上気させている。
名残惜しげに手が離される。横に視線をずらせば、同じく握手の姿勢で待つ女性。おっかなびっくり手を握ると、思ったより強い力で握り返された。
「感動です、マギウス・ホガミ! 僕、しばらくこの手は洗えません!」
「そ、そうですか。いや、そんなに大したもんじゃないですし」
いやそこは洗えよと思ったが、これ程の歓迎を受ける理由がそもそもアキラには分からない。二人の様子が芝居じゃなければ、どうやら就職内定は間違いないみたいだけれど。
異文明の人たちに触れたような気分で答えるが、二人して首を激しく横に振る。
「何を仰るんですか。マギウス・ホガミは『マギナイト・ウォーダン』の世界ランカーですよ!? わが社の人間でマギウス・ホガミに憧れていない者なんていません!」
「あー、そういう」
エーミール・コーポレーションの開発運営する魔導師向けゲーム。
もしかすると上位ランカーであることが、面接に良い影響を及ぼしたのだろうか。だとすると、中々あのゲームも捨てたものじゃないのかもしれない。
二人の様子を見て、何となくアキラは自分がゲーム部門に配属されるのではないかと当たりをつけた。
新しいゲームの開発か、あるいはランカーであるプロゲーマーとして内外のイベントに参加するとか。
「で、ではマギウス・ホガミ! 社長の元にご案内しますね!」
「社長!?」
たかが新入社員の研修に、社長室への案内。
ゲームから軍事物資まで、というキャッチコピーの会社だが、いくらなんでもゲームの側にそんな待遇はありえないのではなかろうか。
二人に挟まれるように案内されながら、アキラの疑問は深まるばかりだ。
***
「ミスタ・ホガミ。あなたには害獣駆除の研修を受けていただきます」
そしてその疑問は、社長からの一言で最高潮に達するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます