人生はままならない

「うげ、また不採用通知だ」


 九月中旬。

 秋津洲アキツシマの首府から東に二十里、首府圏の東端にある青海オウミ市。

 大学近くの小さなアパートの一室で、来春に大学卒業を控えたアキラ・ホガミは頭を抱えていた。

 開いた便箋に記されている、柔らかくも冷たい文字列。溜息交じりにゴミ箱へ。


「これで十三社不採用かあ。……あとは二社、実質一社ってわけだ」


 それも今年に入ってからの数だ。昨年の連敗記録については思い出したくもない。

 二社のうち一社は、記念受験のつもりで受けた身の丈に合わない超一流企業だ。大学の仲間に誘われて受けたものの、流石に受かるはずもないと最初から諦めている。

 次の入社試験の準備もあったが、やめた。今のアキラに必要なのは勉強ではなく癒やし、あるいは現実逃避の時間である。


「魔導師なんて、今どき役には立たないってね」


 魔導技術――マギテックの発達した現代において、個人が使える魔導というのは人の価値として重視されない。かつては力と繁栄の象徴とされ、国が抱える魔導師の数がすなわち国力とされていた時代は遠く昔。

 今では魔導師は、マギテックを使わずとも魔導を使える、ちょっとした専門技術を持った一般市民に過ぎない。

 無論、その専門技術への需要は少ないながらも存続はしている。魔導師不遇の時代とはいえ、適性次第では特別な就職先もないわけではない。

 たとえば雷の魔導師は、マギテックの根幹である『魔導石エーテル・ジェム』の製造に必須の人材である。つまり雷の魔導師というだけで、少々実力はまずくても国営の魔導石工場に就職することが出来るわけだ。

 単純作業を続けるだけの業務に魔導師としてのプライドをへし折られさえしなければ、定年まで働き口を保障された国家公務員になることができる。

 他にも水の魔導師や土の魔導師にはそれなりに働き口があるが、それ以外は本当に一般人と変わらない。いや、あるいは一般人より不利かもしれない。

 魔導師の仕事をマギテックが奪った、などという言説はもう百年以上前の話。現代秋津人であるアキラにとっても、マギテックのない生活など考えることも出来ない。

 アキラはベッドに寝転がると、マギテックの産物である魔導板モノリスを起動する。

 マギテレパスを利用して離れた相手との会話や文字のやりとり、ゲームなども出来る優れた生活必需品だ。魔導師でなくとも少ない魔力で起動でき、各家庭に繋がれたエーテル線で魔導石への魔力の充填も簡単。

 空気中に漂うマナをエーテル素子に変換する『エーテル精製局』は現代の魔導師にとって最高の就職先だが、当然倍率は高い。

 二流大学に通う普通の大学生であるアキラにとっては、高過ぎる山だ。

 とはいえ、このまま技術開発が進めば、魔導石もエーテル精製も魔導師が関わらなくても良くなるだろうと言われている。事実、年々新卒募集は減っているのだ。

 何ともままならない世の中である。


「さてと、ランキングは……よしよし、抜かれてない」


 魔導板モノリスで起動したゲーム『マギナイト・ウォーダン』は、魔導師以外には人気がない。何故なら、このゲームでは魔導師はその生まれ持った性質によって大きなアドバンテージを得られるからだ。


「よっし、行け! 『イグナイト』!」


 炎そのものとなったゴーレムが、相手の攻撃をものともせずに突進して撃破していく。『マギナイト・ウォーダン』はゴーレムを駆使してモンスターを撃破し、ゴーレムとその使い手を成長させるのが目的のゲームである。

 魔導師はその魔力を登録することで、一般のユーザーよりも強力なゴーレムを最初から活用することができる。魔導師の承認欲求を手軽に満たせるからか、このゲームは一般人のユーザーは少なく、逆に魔導師の利用率は驚くほど高い。

 アキラは火の魔導師なので、ゴーレムも炎を操る。炎そのものに変化するという魔導はアキラがオリジナルで創造したものだが、残念ながら現代社会では何の役にも立たない。

 どの会社でもそうだった。オリジナルの魔導を創造したことも、実際にそれを見せても、何の感慨も与えられなかった。

 火の魔導師など、現代ではゴミ焼却場での仕事で重宝されるのが関の山だ。

 今でも思い出す。プライドを捨てて、青海市のゴミ焼却場に就職活動で訪れた時のこと。


――ホガミ君。君の資料は拝見いたしました。魔力形質A+、魔力量B+。残念ながら弊社では魔力量A以上の方でないと採用は厳しいんです。

――魔力形質の高さは、魔力の効率運用に向いています。確かに量はB+ですが、私の魔力形質であれば、魔力量A以上の方にも引けをとりません。

――そうなんですか? すみませんね、私どもは魔導師さんに詳しくなくて。どちらにしましても、弊社にはすでに十分な数の魔導師さんが所属しています。そんな優秀な君であれば、ここでなくとも引く手数多でしょう。ありがとうございました。


 ゴミの焼却を行う魔導師を、まるで備品のようにしか考えていない役員たち。かつて魔導師が一般人を見下していた、なんて歴史の授業で習うせいか、昨今は魔導師こそが見下されるべき存在という言説もある。ごみ処理施設で向けられた視線は、まさにそんな冷たさを持っていた。

 その日は悔しさで眠れなかった。二流大学の、普通の成績でしかないアキラにとって、魔導師であるという事実はむしろ足枷にしかなっていない。

 だが、隠すわけにもいかない。魔導師は自分が魔導師であると表明することを法律で義務付けられている。これは秋津洲だけではなく、世界中で義務付けられている常識だ。罰則もある以上、魔導師であることを隠して就職活動を行う度胸はアキラにはなかった。


「あー、くそ! 嫌なことばかり思い出すなァ!」


 頭をがしがしと搔きながら、魔導板モノリスを放り出す。国内のみならず、世界ランクでも上位に入るアキラではあるが、所詮はゲームだ。

 ゲームで一時だけ良い気分になっても、止めてしまえば待っているのはままならない目の前の現実だけ。

 数百年前の魔導師達しょせんぱいがたの頃に生まれていればと考えるのは、現代の魔導師であれば誰もが通った道だろう。

 しかし当時の魔導師は、得体の知れない魔獣たちから人々を守るために戦い、その多くが若くして命を散らしていたという。魔獣災害が少ない地域では、国と国との戦争にも駆り出された。

 尊敬や崇拝を受けるのには、受けるだけの意味や理由があったということだ。当時なら火の魔導師は相当有難がられただろうが、その行きつく先は戦場だ。自分がそんな時代に生まれていたら、今の年齢まで生きていられただろうか。

 戦いなんて、ゲームの中だけで十分だった。そもそも軍隊に入ろうと言ったって、軍用ゴーレムと魔導師の実力は五十年も前にひっくり返っている。魔導師だからと甘い顔はしてもらえない。

 八方ふさがりとはこのことか。


「寝よ」


 夜には早いが、こんな時にはフテ寝の一択だ。

 前に進むためには、足を止める日も必要。そう自分に言い訳をしながらアキラは布団に潜り込んだ。


***


 その三日後。

 アキラの部屋にいつも通りの不採用通知と、念願の採用通知が同時に届いた。


「う、嘘だろ」


 アキラの目が点になる。

 不採用通知と採用通知が逆ではないかと何度も見返すが、どうやら逆ではないらしい。


「え……エーミールに、受かってる」


 悪友と一緒に記念受験をした、超一流企業。エーミール・コーポレーション。

 ゲームから軍事物資まで、を社是とする世界的巨大企業。アキラがプレイしていた『マギナイト・ウォーダン』の開発運営から、軍用ゴーレムの開発までその事業は多岐にわたる。

 その秋津支社の入社が認められたというのだ。


「な、何で!?」


 その問いに答えられる者は、残念ながらアキラの部屋にはいなかった。

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