ファイアブラッド・ハイエスト~貴方の業務は害獣駆除(魔獣討伐)です~
榮織タスク
どんなに非常識でも名前を当てはめることはできるらしい
「ミスタ・ホガミ。あなたには害獣駆除の研修を受けていただきます」
アキラが最初に聞いたのは、そんな話だったはずだ。
聞いた時には多角経営だと予想外の事業にも手を出しているんだなとか、そういう業務だからこそ二流大出身の自分もこんな超一流企業に採用してもらえたのだろうなとか、自分を納得させられたのだが。
目の前の『害獣』は、簡単に害獣と呼ぶにはあまりにも異質で、そしてあまりにも凶悪だった。
まず、体が大きい。生身で向き合ったら見上げないと顔が見えない四足歩行の動物など、アキラは象やキリン以外に知らない。その口と指先には、当然ながらアキラの腕と同じかそれ以上の太さの牙と角が生えている。口から吐き出される緑色と紫色の気体は、率直に体に悪そうだ。
――そして何より、頭がふたつある。
「何かの冗談だって言ってくださいよチクショー!」
駆除従事者の安全のためだからと乗せられた巨大な人型の中で、アキラはヤケクソ気味に吼えた。
ここは海上に作られた人工島の地下。職場は世界樹の根元。
世界樹から発生し、世界中に恩恵を与えるエネルギーである『マナ』。それが色々な事情で変質した『D型マナ』から生まれてくる魔獣を討伐する業務こそが、アキラに課せられた仕事である。
世界樹が日々吐き出すマナを精製し、誰もが運用できる『
マナを運用する専門事業者であった
「ホガミ! 無理するな」
目の前に、研修の引率で同行してきた先輩――が乗ったゴーレムが立つ。こちらを庇ってくれるその姿は頼もしくはあるが、その向こうにいるモンスターは先輩のゴーレムよりも頭ひとつは大きい。
先輩の口調には、しかしまだまだ余裕が感じられる。アキラは少しの尊敬と、それだけ余裕を持てるくらい魔獣と戦っていることへの大きな呆れを感じながら少し後ろに下がる。
「新人は周りの小粒をどうにかしてくれ! たしか火の魔導師だったよな、頼む!」
別の先輩の指示に従い、周囲を見回る。
大型の魔獣ことオルトロスタイプの周囲では、アキラ本人よりも小柄な小人がわらわらと走り回っている。
青い肌や緑の肌、尖った鼻と膨れた腹。髪のない頭部は瘤でボコボコとしており、根本的に種族が違うのだなと感じずにはいられない。
魔獣は、D型マナの凝集によって発生する。ゴブリンタイプは投石や粗末な弓矢でこちらを攻撃してきているが、軍用ゴーレムより強力だという触れ込みだけあり、周囲のゴーレムには傷ひとつついた様子はない。
支給品の槍を振りながら、火炎の魔術を行使する。行使された魔術と充満するD型マナが互いに干渉しあい、眼前に青白い幻想的な炎が生み出された。
「ファイアウェイブ!」
油を引いたわけでもないのに、炎が波のように地面に広がっていく。
自分の体高よりも高い炎に包まれて、ゴブリンタイプが消滅していく。魔獣はD型マナの塊であり、その結合を維持できなくなるほどの攻撃によって分解される。
アキラが作り出した炎の波は、オルトロスタイプにもそれなりのダメージを与えたものらしい。明らかに怯んだところを、囲んでいた先輩たちの乗るゴーレムが次々に攻撃してダメージを蓄積させていく。
最後に一声、悲しげに吼えたオルトロスタイプが分解されて光に変わる。この光が地脈を通じて世界樹の成長、ひいては新たなマナ放出の栄養となるのだ。
周囲を見ると、魔獣の姿はひとつも残っていなかった。残らず撃破できたようなので炎の波を消す。と、アキラの乗ったゴーレムのブースに声が届けられる。
『害獣駆除、ぶじ完了です。ミスタ・ホガミ、初陣の感想はいかがです?』
「害獣駆除……ええと、害獣駆除なんですかねコレ」
『もちろん。使う機材はちょっと特殊ですけど、これも立派な社会貢献! 害獣駆除ですとも』
なるほど、通信先の上司は何がなんでもこれを害獣駆除だと言い張るつもりのようだ。うまい話には裏がある。そんな言葉が頭に浮かぶ。
エーミール・コーポレーション。
世界に名だたる大企業がそう表現する限り、これは害獣駆除なのだろう。
たとえそれが、自分の常識を根底から木っ端みじんにするものであっても。
「辞退って、出来ます?」
『ええと、何か仰いました? 一時的な通話エラーでよく聞こえないんですが』
どうやら逃がしてもくれないらしい。
ホワイトの皮をかぶった、とんだブラック企業だ。ちくしょう。
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