エピローグ🍀二度焼きパンは誰の手に


「やぁイザック、お帰り。ベルミ辺境伯のの疑いが晴れて良かったよ。嫡男のマティアスも、レヴァンケル王子との友人関係があるだけで、ナヴィア王国とおかしな繋がりはなかったようだね」


 イザックが王子の執務室に一歩足を踏み入れた途端、ヴィクトール王子がねぎらいの言葉をかけてきた。

 王子の傍らに立つ護衛騎士が、無言で一礼をする。彼はイザックの副官アランだ。


「はい。レヴァンケル王子も無事に国へ帰りました。テオはもうしばらく療養が必要ですが、良くなり次第こちらへ戻します」

「ああ。彼には十分な報酬を与えなければね。それからキアにも。ベルミ伯の疑いが晴れたのも、レヴァンケル王子を害されずに済んだのも、彼女の活躍のお陰だからね。優秀な部下を持ってイザックは幸せだね」

「その事ですが……」


 眉間に皺を寄せてイザックが何か言いかけると、アランが一礼して部屋を出て行く。


「キアにはもう、黒狼隊の任務はさせません。今回は間に合ったので事なきを得ましたが、訓練もしていないただの侍女に、大切な任務を任せることは出来ません」

「ふぅん。イザックがそんなに彼女のことが心配だって言うなら、仕方がない。諦めるか」

「殿下、俺は任務の心配をしているだけですが?」

「わかったわかった」


 ヴィクトール王子は、ちっともわかっていないような顔でひらひらと手を振る。

 イザックは苦虫を嚙み潰したような顔のまま、彼の傍らに立った。



 〇     〇



 黒狼隊隊舎の調理場に、ぷ~んと香ばしい匂いが立ち込める。

 キアがいない間に溜まっていた食材は、大半が痛んで使い物にならなくなっていたが、救済できるパンを見つけたキアは二度焼きパンラスクを作っている。


「あっ、いい匂い! オレの好きなやつだ!」


 魔導士のようなマントを身に纏った男が調理場に入ってくる。化粧師のオーギュストだ。

 キアは彼の姿を認めるなり、オーブンの前に立ちはだかった。


「あんたにはあげないわよ! 前に作ったの、ひとりで全部食べたくせに!」

「ええーっ、そんなのないよ! 確かに全部もらったけど、リベリュル隊長だって食べたんだよ! ねっ、隊長?」


 化粧師が振り返ったので、キアは二の句が継げぬまま彼の視線を追った。


(まさか、ここに、リベリュル隊長が?)


 そう思った時、長身の男が調理場の扉をくぐるように入ってきた。私服姿でいつもよりリラックスしているが、イザック・リベリュルに間違いない。


「ああ。あれは美味かったな。また作っているのか?」

「へ? リベリュル隊長? 本当に、食べたの、ですか?」

「なんだ、ダメだったか?」

「いいえ、滅相もございません」


 キアはフルフルと首を振る。


「おまえの作った食事予定表、明日から始動だ。食堂の入口に貼っておこうと思うが、どうだ?」

「は、はい! では、後で貼っておきます」

「ついでだ。俺が貼っておく。おまえは茶を淹れてくれ。食堂でその菓子を食べてゆく」


 のっそりと調理場を出て行くイザックを見送っていると、勝ち誇ったようなオーギュストと目が合った。


「じゃあ、焼けたら持ってきてね! オレの分のお茶もね!」


 黒いマントを翻して出て行く化粧師の後ろ姿を見ながら、キアは両手を握りしめ、唇を噛んだ。


(くぅぅぅぅー。一度ならず二度までも~っ!)


 残念ながら、キアの心の叫びが彼らに届くことはなかった。

 焼き上がった二度焼きパンは、二人の男の腹の中に消えていった。


                 END



──────────────────────────────────────

 〇最後まで読んで下さってありがとうございました!

 少しはクスッと笑って頂けたでしょうか? まだまだだったかな(^▽^;)

「シリアス」なものを書いていると、時たま笑えるものが書きたくなります。

 またいつか続編を書くかもしれませんが、その時はよろしくお願いいたします(*^^*)



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甘くないお仕事 ~初めてのお使いは陰謀の香り~ 滝野れお @reo-takino

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